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2009年8月

遠い夏の日

   今夏もソフトクリームを食することが出来た。

   

   世の中にこんなに旨いものがあったのか。

   誰もが1度位この思いに触れる経験を持つ。

   私はそれが「ソフトクリーム」であった。

   今からもう半世紀以上も前の話である。

   当時の子供にとって、冷菓といえば1本5円のアイスキャンディが 

   精々である。アイスクリームはもとより、ソフトクリームは特定の

   場所に行かないと売っていない、そんな時代であった。

   ある日、母と二人してデパートに行った折、母が「ソフトを食べようか」

   と言い、私を店のベンチに座らせた。

   そこで母と並んで初めてソフトクリームを食べた。

   「世の中にこんなに旨いものがあったのか」

   その思い、感触を今もなおしっかりと覚えている。

   そして今も、夏を迎えると、ある感慨をもってそれを食べる。

   今年も、平和で元気でソフトクリームを食べることが出来た。

   遠い夏の日と、母との思いをぼんやりと浮かべながら・・・。

   その母も来春三回忌である。

   

   

    

なにかとは何か?

   「長年野球を(第一線で)やっていくためには、単に野球の技術だけで

   なく、プラスなにかが必要である。」

   これはあるプロ野球OBの一言である。

   輝かしい球歴を誇る選手だっただけに説得力のある一言である。

   確かに歌が上手い、絵が上手というだけで皆が一流の歌手や画家に

   なれるわけではないことに思い知る。

   ではこの「なにか」とは一体何なのであろうか?

   目に見えない力、持って生まれた特質・体力、人間性(力)、(人)徳、

   知恵・知識、邂逅(人の出会い)、人間関係、不思議な偶然性・・・・。

   様々な要素が絡み合って、この「なにか」を形成しているようにも

   思える。

   また別の人、長年プロ野球の二軍で指導者の立場にある人の話。

   「プロで活躍するような人は、多かれ少なかれ皆血の滲むような

   練習、努力をしている。ただ、同じような練習、あるいはそれ以上の

   練習を今も二軍でやっている選手はごろごろいる。でもその連中が

   皆、上(一軍)に上がれるわけではない。上を目指している選手の

   技量に大きな差があるわけではなく、数少ないチャンスをものにして

   一軍に定着する奴、ものにできず二軍に戻りそのまま消えていく奴。

   あるいは偶々招聘の特別コーチの一言で選手としての雰囲気が

   違ってくる奴。いろいろな選手を長年見ていると、野球の技量以外に

   なにか目に見えない力の作用を感じることがある」

   これもまた技術以外のプラスなにかの話である。

   このなにかが、「何々」と断定できないことが案外妙味なのかも

   しれない。計算された通りに結果が出たり、こうすればこうなると

   言った世の中ではかえって味気ないのかもしれない。

   でもやはり「なにかとは何?」永遠の宿題である。

   

往復はがきに見る世相

   時折興味のある講師、あるいはテーマの講演会やイベントに

   申し込んで出掛けることがある。

   その場合、今は便利になったもので聴講申込みをインターネットで

   できるケースが多くなり、必要事項を入力して送信すると場合に

   よっては 瞬時に了解の返信が届くこともある。

   ところが今もなお応募を「往復はがき」のみで受け付けている

   ところもある。

   一概に往復はがきを悪者にするつもりはないが、インターネットの

   利便性に慣れると、この往復はがきがどうもかったるく感じられ、

   たとえば忘れた頃、選外の返信はがきを受け取ったりすると、

   その後態々100円のはがきを買って応募することが億劫になる

   ことがある。

   ところで、この「往復はがき」にも時代の反映が伺われるようで、

   たとえば役所主催や、○○振興協会等々公的機関など

   お堅い団体ほど往復はがきに固執している傾向があることに気付く。

   公の立場が濃い程、未だ全てにインターネットが行き渡っていない

   という保守性が強く働くからかもしれない。

   逆にテレビ、新聞など時代に敏感な組織ほどインターネットでの応募

   があたり前の時代になっている。

   勿論、往復はがきがダメといういうわけでもなく、また1つの傾向という

   ことに過ぎないかもしれないが、「往復はがき」と「公的機関」なんだか

   いかにも相性がいいと感じるのは考え過ぎか。

   応募形式にも主催者の性格が表れるということなのであろう。

  

  

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