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2010年1月

受賞スピーチ

    2009年朝日賞、大佛次郎賞等受賞者の受賞スピーチの

    一部をここに記させて頂く。

    人はみな人間のことを考えているので世界中みんなが人類学者です。

         自然人類学者         諏訪 元 氏

    今の日本は将来の夢を描けない時代です。このような時代に、建築で

    ごのような夢を描けるのかと、考えています。 

         建築家             伊東 豊雄 氏

    学生時代から、どう言えば書の本質をつかみ、多くの人に理解して

    もらえるかと考え続けています。

         書家              石川 九楊 氏

    創造性やモノ作りは、幼児性と深くかかわっています。

         劇作家・演出家       野田 秀樹 氏

       各氏各々、流石に含蓄のある言葉である。

       一見何気ない話、聞き手が「油断」すると

       そっと聞き流してしまうような話のなかに

       どっしりと重いものがある。

       言葉の裏に、長年の真摯な研鑽を感じる。

       如何なものであろうか。

    

         

酒呑みの論理

    流儀というほどの大袈裟なことでもないが、

    たとえば週に1日休肝日を設けるというのはどうもせせこましくて

    私には馴染まない。

    酒は飲みたいときに飲み、一寸空けるかと思ったときに

    飲まないというのが私の「流儀」である。

    特に現役時代以来、お誘いがあれば喜んではせ参じる方である。

    今日は休肝日だから・・・というのはありえない。

    何事も声が掛かるうちが華である。

    ところで、1月はなにやかやで飲む機会も多く、ある日から3ヶ日

    飲むのを止めようと決めた。

    1日目、2日目は休み、3日目になってある考えが過り、

    3ヶ日の休肝計画も挫折、酒を口にした。

    ある考えとはこうである。

    3日目の今日、酒を飲まなければ確かに身体(肝臓)には

    プラスかもしれないが、精神的にはマイナスではないか・・・。

    つまり人間は心身のバランスが肝心で、それが偏っては

    真の健康とはいえない。という極めて高尚な論理である。

    これを論理というか、言い訳と捉えるかは議論の分かれる

    ところではあるが・・・。

    

    まあ酒飲みの言い訳と思われてもいいが、

    心身のバランスこそ健康の原点!

    身体の健康にはなにかと気を使うが、精神面(こころ)の

    健康には案外無頓着ではないかという1つの警句として・・。

    勿論、酒がなければ困るというようになるのは論外。

    不肖私、1週間位飲まないことがままあります。

    くれぐれもご安心を・・・。

    

   

    

「文句顔」

    世に「文句顔」というのがある。「不満顔」といってもいい。

    廻りの事がことごとく気にいらず、常にぶつぶつ文句を

    言っているうちに、いつの間にか普段もそんな表情になっている

    顔付のことである。

    電車の中でも、前に座っている人達の中で、1人や2人は必ずと

    言ってよいほど、なにをそんなに怒っているのと聞きたくなるような

    顔付きの人がいる。

    公共の場や、店等で怒鳴っている人に出くわし、それとなく観察すると

    なかには正当なクレームも勿論あるが、結局「自分の思い通りに

    ならない」ことへの苛立ち、怒りが底辺にある。

    幼い子供は、「自分の思い通りにならない」と、泣き喚いて意を

    通そうとするが、流石に大人はそういうわけにはいかない。

    それが怒りや苛立ちになって表れる。

    大人になるということは、この世の中、自分の思い通りには

    ならない。と感知すること。我慢するところは我慢すること。

    大人になるということもなかなか大変なことなのである。

    今年成人を迎える人達にあえて言えることは

    「この世の中自分の思い通りにはならない。

    それが判ることが大人になるということ」の一言。

    偉そうなことを言ってしまった自分の面は果して・・・。

    反省を籠めてじっと鏡を見る。

      

懲りない業界

    政界も1つの業界というのが私の見方である。

    業界内では、過酷なシェアー争いが演じられるが、

    当事者が考えているほどユーザー(国民)にとって利得に結び付く

    競争にはなっていないことが多い。

    また、業界外からの批判に対しては、あっさり共同戦線を張る。

    業界とはそんなものである。

    与党、野党といっても所詮同じ業界内での主導権争いである。

    気品も倫理も野望も似たりよったり。

    「金」の問題を、通常国会で徹底追及するという声がある。

    まだそんなことをやっているの?

    大多数の国民の感情である。

    別に、どちらの肩を持つつもりもない。

    国会で証人喚問したところで世の中良くなるの?

    大多数の庶民の声である。精々欲求不満が残るだけである。

    この際、すっきり司法(検察)に任せませんか。

    追求はプロに任せ、通常国会では「本業」に徹しては?

    業界内の争いで、相手の首を1つとったからといって

    懸案が解決して将来に希望が持てるようになるのだろうか?

    心ある国民は覚めた目で君たちの争いを見ている。

    今、この国は何を為すべきか?

    業界内の争いで勝った負けたの状況ではない。

    君たちが考えている以上に深刻である。

    コップのなかで争っている場合ではないだろう!

    

温暖化?

    前々からなんとなく違和感を持っていた。

    地球・温暖化という「単語」である。

    「温暖」という単語の響きはどう考えても私にはプラスイメージの言葉。

    穏やかで、過ごし易い気候のイメージなのである。

    温暖化と聞いて、皆はさあ大変なんとかしなければ・・・という

    気持ちになるのだろうか?

    「地球温暖化」という言葉が定着してしまったので、いまさらという

    感もあろうが、やはりなんだか変なのである。

    あまり刺激的な言葉を使って国民に不安感(パニック)を与えては・・

    という配慮(?)があったのかもしれない。

    それにしても・・である。

    世論がなんの違和感もなく「温暖化」を受け入れたことに対し

    今も疑問を持っている。

    最近、劇作家の倉本さんが、同様の主旨のことを言われているのを

    聞き意を強くした。(当初より発言されていたのかもしれないが)

    言葉に敏感な人なら絶対疑問に思いますよねとやや我田引水。

    因みに氏は「高温化」を提案されていた。

        まあ言葉の問題、実態が変わるわけでもなし。

        体勢に従い静観することにしますか。

        決して地球温暖化対策に無関心、反対ということでは

        ありません(念のため)

    

    

    

歴史に思う

    学問の業績に年齢は関係ないことは承知している。

    ただ、素人レベルの「つまみ食い」程度の探求の場合、

    「歴史」はある程度年をとってからの方が面白いというのが、

    私の見方である。

    若い頃の歴史に対する興味と、熟年時代のそれとは、なにかが

    違うような気がしている。

    一区切りとしての「50年」という時間の程度を、実感として体験

    していることが結構大きいというのが私の独断である。

    2倍すれば100年(1世紀)、なんとなく想像できる期間である。

    たとえば   

           1600年   関ヶ原の戦い

           1651年   三代将軍家光死去

      年表ではたった2行の史実の列挙であるが、50年という歳月を

      経ての時代の大きな流れである。

      そこに思いを馳せる時、50年という期間の程度を体感している

      者が、ただその間の史実を辿るだけでなく、50年という

      歳月でどのように世の中が変わるのか、現在と対比させて

      歴史をみることも興味の1つとなる。

    たとえば

           若い頃の 秀吉

           最晩年の 秀吉

      時々で出合った人の秀吉に対するイメージは全く異なった

      ものであろうが、夫々が後世の秀吉像を作り出す。

      50年の風雪、それを現在に置き換えてみれば、

      1人の人間の50年がもたらす人生の浮き沈み。

      という視点でみると、歴史は色々と考えさせられ、

      教えてくれる教材でもある。

    まあこれらは私ひとりの歴史の思いかも知れませんが・・・。

         

最初の本

  10010021

         暗い世相にこそ、華やかな花を。

         哀しい時にこそ、和ませるユーモアを。

    今年の最初の1冊は藤原正彦氏の「遥かなるケンブリッジ」

    あくまで私の独断だが、氏の一刻者気質が馴染めないという

    温和な日本人気質の方もおられるが、私には面白く読めた。

    以下は読後小感想。

      氏がまだ国内でベストセラーを出す前の当初の著作で、

      彼の原点ともいう位置づけの本。

      今から20年ほど経ているが、色褪せてはいない。

      数学者だからこそと言うべきか、論旨が明快で名文。

            イギリス人気質と伝統

            学会内の人間関係

            家族との海外生活

      等々すんなりと読み進められる。

      イギリス人、アメリカ人気質の対比も平易ながら、

      本質を突いており、説得性がある。

      また、経済学者とは一味違ったイギリス経済の見方、その

      観察眼にも朱線(アンダーライン)したいところであった。

  

           

初富士

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           初富士

              全国的に荒れ模様の天候であったが、関東は今年も晴天。

              早々、多摩川サイクリングロードを走り、高幡不動まで。

              風冷たくも、天気晴朗。

              こんなにもくっきりと富士の山が見えるのは珍しい。

                         2010年 元旦

              

          

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