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霊気漂う

   霊気とか霊感といった類には鈍感な方であるが、今まで訪れた所で

   普段の空気とは明らかに違うと感じたところが3ヶ所ある。

   その1つが伊勢神宮である。

   霊気そのものが明確に解っていないので、短絡的には言えないが、

   明らかに空気が違うのである。

   見えない世界の様相なのか、歴史の重みを伝える佇まいなのか、

   参拝する人達が醸し出す精神の総和なのか私には解らない。 が、

   やはり何かが違うのである。

   本殿に向けての写真撮影は禁止と記されていた。

   「何故?」と教えを乞うた。勿論クレームの質問ではない。

   難しい教理をやさしい『言葉」で確認したかったためである。

   そんな当たり前のことを質問する人は珍しいのであろう、怪訝な顔を

   されたが、親切に説明して頂いた。

   私なりに、『人間は神の前ではただ頭(こうべ)を垂れる」という

   一言と理解した。

   後年、明治神宮や平安神宮ではあえて禁止していないのは

   『人間」のお祭り処だからか、と考えたのは全くの独断である。

   それにしても伊勢神宮はやはり空気がどこか違うのである。

   2つ目は奈良の橿原神宮である。

   ある冬の小雨降る早朝に参拝した。人影は全くない。

   広い本殿の前に我ひとりである。

   この時も、確かに冷気だけではないある種の空気に全身を包まれた

   ように感じた。不思議な経験であった。

   これが霊気というものかも知れない・・・。

   本殿の背景は、大和三山の1つ、畝傍山である。

   小雨降る山道ではあったが、山頂を目指した。

   途中ひとりの老人とすれ違った。朝の挨拶を交わし少し立ち話をした

   その老人は毎朝,雨の日も山頂まで登っているとのことであった。

   山頂でもなんだか冷気と霊気が私の身体を包んだように感じた。

   3つ目は鎌倉建長寺である。

   方丈の奥、山に向かって半僧坊に至る道が連がり、途中道幅が広場のように

   なっている所を通ることになるが、左右が高い木々に覆われているため

   昼なお暗い雰囲気が漂っている。

   ある時そこを歩いていると、急にゾクゾクっとするような寒気を感じた。

   誰もいないのに、木々のうしろからじっと見つめられているようなという

   表現がぴったりする感覚である。

   大のおとなが怖がるのも変だが、おもわず足早にそこを通り過ぎたことを

   覚えている。

   

   それらが霊気と呼ぶものかどうかは私には解らないが、

   夫々不思議な経験、感覚であったことは間違いない。

   

   

   

   

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