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2010年5月

イチローのあの日

   愛工大名電高を卒業してプロ野球オリックスに入団したイチロー

  (当時は鈴木)は、その才能をなかなか認めてもらえなかったという事も

  あって、必ずしも順調な滑り出しではなかった。

   入団1年目のある日、彼は突然2軍行きを命じられた。

   仕方なく彼は荷物をまとめて1人 2軍の所在地に向かうのであったが、

   駅のホームで、高校時代の恩師(野球部監督)に電話をしている。

   プロ野球選手といえ、まだ高校出たての若者である。

   ショックを隠しきれない小さな声で2軍落ちを報告したらしい。

   このことを当時の中村監督が話されていたのを聞いたことがある。

   彼の華々しい才能は、4年目の仰木監督との出会いで開花する。

   その後の大打者としての歩みは皆が知るところであるが、その

   活躍ぶりを聞くにつれ、ぽつんと1人、駅のホームで高校時代の

   恩師に電話をしている彼の姿を思い浮かべるのである。

   彼がどのような気持ちで電話をする気になったか、2軍落ちを

   どのように報告したか、高校時代の監督と巣立っていった選手との

   電話のやりとりをつい想像してしまうのである。

   大打者に至るある人間の1つの姿として。

   

愚行論

   「愚行」という言葉を聞くと、ああ、あのことかと連想してしまうことが

   2つや3つ出てくるご時勢である。困ったものである。

   ところでこの愚行には「愚行権」が存在する(らしい)。

   「愚行権」の学問的解釈は専門家に任せるとして、要は人に迷惑を

   掛けなければどんなに愚かなと思われることをしても、第三者は

   それを阻止したり罰則したりすることは出来ない。逆に言えば

   「人は愚かなことをする権利」がある。ということのようである。

   元々倫理学分野での考察対象らしいが詳しいことは解らない。

   愚行権という権利を有することから、たとえ愚かと思われる行為で

   あっても、そのことのみで阻止、罰則は出来ないというのが通例らしい。

   精々、忠告、説得、懇願程度である。

   昨今の愚行事例を顧みるに、隣の国も含めいわゆる権力者の

   愚行が目に余る。

   権力者はそのポストに付いた時から『愚行権」はありえない。

   何故なら、権力者の愚行は必ず多くの人々に迷惑を掛けるから。

   まあ一市民の純な思いであるが・・・。

「通念」を疑ってみる

   電車内の7人掛けの座席は、スペースの有効利用ということもあって

   大人が7人座るとかなり窮屈というか、隣の人の腕や肘がぴったりと

   くっ付くような状態になる。

   つまり7人全員が窮屈な思いを強いられるように出来ている。

   乗客はそれでもあまり文句を言ったり改善を求めたりはしない。

   それよりも全員が多少窮屈な思いをしても、それによって1人の人が

   座れるのであればその方が好ましい社会という倫理観が優先するから

   であろう。

   したがってこの状態にクレームを付けること自体が大人気ない行為だと

   いうのが日本人の平均的な社会通念となっている。

   それはそれで日本人の好ましい倫理観ではある。

   決してそれに風波を立てるわけではないが、されど・・である。

   隣の人とぴったりと腕や肘がくっ付かないと座れないで7人掛けと

   いうのがどうも生理的(?)に馴染めないのである。理屈抜きにである。

   

   話を大きくすれば、7人全員が窮屈な思いをしても、7人が座れる

   社会がいいのか、1人座ることが出来ないが6人がゆったりと座れる

   社会がいいのかということである。

   後者の場合、階級社会であってはならないという前提が必要になる。

   つまり1人座れない人が今後も座ることの出来ない社会、では比較に

   ならない。

   一定の状況下において、偶々座れない人も出てくるという想定である。

   別のケースを考えると、一定の年月を経ると誰もがある程度のポスト

   に付けるいわゆる年功序列型官僚的社会がいいか、一定の競争下の

   もとで、限られたポスト(定数)に付く人と付かない人(座れない人)が

   出るのはやむをえないとする社会がいいのかということになる。

   1人でも多くの人が座れるようにというのは、心情的にも倫理的にも

   好感できる考えというのは誰もが否定しない。

   ただその感性とは別に、現実の社会のありようは、時として冷静に

   客観的に考えることも「あり」かなと思う。

   たかが電車内の座席であるが、されど・・の問題が内包して

   いるものである。

   足を拡げて2人分の座席を占めているようなケースは

   「社会」の問題以前に、しいていえば「躾」の問題であろう。

   

   

   

   

   

職業としての政治家

   久しぶりに『職業としての政治家」という言葉を思い出させた。

   その本の中身はとっくの昔に忘れてしまったが、例の『二束のわらじ」

   問題である。

   金メダリストの参院立候補に際し、現役を続け『金」を目指すとの

   宣言がなされた。

   これに対する各方面の反応が興味深い。

   二束のわらじはとても無理、と批判的な意見の多くは、政治に直接

   関わっていない一般市民の声が占めている。

   これに対し、現役の政治家諸氏(特に推薦の党に属する政治家)からの

   とても無理という声はほとんど聞こえてこない。

   ということは十分やっていけるということなのか?

   本来なら政治家の仕事はそんなに甘くないと与野党に関わらず、 

   現役政治家から大ブーイングが起こってもおかしくない筈だけど・・。

   つまり、何百人もいる議員のうち半分くらいは、寝ていても体勢に

   影響はないと勘ぐって仕舞いかねない静けさである。

  

   少し発想を変えてみる。

   本来政治家は、本業の傍ら必要に応じ政治に関わる。

   これが原始社会における政治の原点であった。

   もしかしたら、今回の『二束のわらじ」宣言は、金メダリストの

   もう1つの隠れた挑戦なのかもしれない。(という事にしておこう)

   今回の選挙も多方面の有名人が今までの「仕事」の実績を背景と

   して立候補するようであるが、新しい仕事(政治)の下地があるか

   どうか。その見極めが悩ましいところである。

   なにせ諸君が目指す新しい仕事場(「国政」)は、

   憲法、外交、防衛等を扱うところですから。(!)

   

港の見える丘

   何年振りであろうか、横浜の中華街から港の見える丘公園目指して

   散策した。神奈川近代文学館の『城山三郎展」が主目的である。

   夜景は港を彷彿させる美観なのだろうが、昼間展望台からみる景色は

   多種多様な建物の出現で、海の香りは希薄になった。

   ただ、流石にこのあたりは、ありふれた表現ながら『異国情緒』溢れる

   雰囲気は以前のままである。

   さて『城山三郎展」であるが、幼年時代から亡くなられるまでの

   時代毎の貴重な資料や写真が数多く収集、展示されていた。

   『気骨の人」らしい一生を、改めて感じさせ納得させる催事であった。

   帰路ローズガーデンのバラが見頃であった。

   このあたりは、半日ゆったりとした非日常の時間を過ごせる格好の

   場所であることを改めて確認した。

   夕方から横浜でいつものメンバー諸氏と懇親。05120002

       港の見える丘公園 ローズガーデンのバラ 

パフォーマンス

   パフォーマンスを手元の辞書で調べると、

   実行、履行、成就、仕事、興行、演技 等々とある。

   

   事業仕分けは所詮パフォーマンスである。という声がある。

   この場合の意図が、『仕事」と解する人はまずいない。

   しいて言えば、興行、演技といったところであろう。

   事業仕分けの成否はさて置き、それをパフォーマンスと否定的に

   捉えることには少し抵抗がある。

   そもそも政治にパフォーマンスはつきものである。

   所信表明しかり、党首会談だってパフォーマンスの要素がなければ

   成立しない(二人だけで密室でやってもいいのだけれど・・・)

   その都度、パフォーマンスだ!、と言っていても「なるほど鋭い指摘」

   というほどのこともない。

   それなりの成果(ムダ排除)があればそれでよしとしてやりたい。

   ただ事業仕分けで1つ付言しておきたいことは、

   仕分けの本筋は、あくまで各省のトップである大臣がその責務を

   負うということであろう。

   政権交代の期待の1つもその点に集約される。

   事業仕分けはあくまで助走期間の補助作業である。

   その本筋を忘れていつまでも事業仕分けに頼っているようでは

   『特別興行」と批判されても仕方がない。

ブログ1周年

   この『曲視曲言」も立ち上げて1年が経過した。

   丁度昨年の5月1日に『狼煙」を挙げ、いままで約90のよしなし事を

   書き綴ってきたことになる。

   もとより日記の類を書くつもりはなく、日々頭の中に彷徨う事柄を

   出来るだけ論理的に短文化することで、なにか得るところが

   あるのではと始めたものである。

   始めるにあたり、一定のルールを定めた。

       社会人として当然のことであるが、個人的な誹謗中傷の類、

       批判、攻撃はしないこと。

       特定の団体、組織に組した、意見、立場は採らないこと。

       常にウイット、ユーモアの精神を忘れないこと。

   

    1年経過し、なんとかそのルールは保持しているつもりである。

    「もう少しお前らしく毒のある、切れ味をみせろ」という声も頂く。

    有難いことである。

    まあぼちぼちと暫くはこのまま今の調子で歩ませていただく。

    元気なうちが華。さて何時まで続くことやら。

    なんとか可能な限り続けていきたいものである。   合掌

   

   

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