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2010年9月

国体の維持

   奇を衒ったわけではないが、「国体」といってもスポーツの

   「国民体育大会」の方の話である。 あしからず。

   目下、国体が千葉県で開催されている。

        ゆめ半島千葉国体という(らしい)

        マスコットキャラクターはチーバくんという(らしい)

  

   正直この程度の関心しかない。

   今は年中、あらゆる種目で1流アスリートが出場する大会が目白押し、

   テレビ放映しており、相対的に国体の魅力が低下しているのであろう。

   今年も出場資格問題が起こっているらしい。

   例の開催県が天皇杯、皇后杯を獲得するという「伝統」の維持に

   関連した「選手寄せ集め」問題である。

   2002年に開催県となった当時の知事の決断でその伝統を断ち切ったが

   次年からまた逆戻り、再び開催県が獲得し続けている。

   県責任担当者のプレッシャーは相当のものと同情申し上げる。

   一旦定着した伝統は強固である。今では言い疲れたのか、

   批判めいた話もあまり聞かない。

   逆に開催県が選手をかき集めてでも頑張らないと、毎年東京が

   獲得してしまうというすっかり諦めた意見もあるらしい。

   (因みに2002年は東京が獲得した)

   国体をスポーツのお祭りと考えれば、まあ楽しくやってもらえれば

   いい事だが、65回も続けているとなにかと垢や埃が溜まるものである。

   国体も大掃除の時期にきているのではないだろうか。

   まさかスポーツの世界に利権は関係ないだろうが、

   2013年、東京開催(名称 スポーツ祭東京)がいい契機でもある。

   

   

   

国のチカラ

   「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙なきや」

       聖徳太子の中国(当時は隋の陽帝時代)に宛てた書である。

       対等の立場を堅持するこの書に対して、周囲の国を属国と

       看做していた中国(陽帝)は激怒したという話が伝わっている。

   例の中国船長開放について、この逸話を思い浮かべた。

   今もなお、考え方の根底が違うのである。

   千年以上経とうが、中国の根っこに在る物は変わらないものらしい。

   我々一般市民は、出来事の99%をマスコミ(テレビ、新聞、ネット等)

   の報道を通して知ることになる。

   開放の是非は置くとして、今回マスコミ報道で興味深かったのは、

   船長開放前は、大半の報道(コメンテーターの解説も含め)が

   双方の旅行中止、イベント中止等どちらかといえば被害(ダメージ)

   状況の説明に終始していたものが、開放後は、一転「弱腰外交」との

   批判報道が大半を占めるようになったこと。

   もし「粛々」と対応して被害状況が長引き拡大していっても、

   じっと耐えてそれに同調する論調を維持しただろうか。

   案外、「妥協点を見出せ」とのトーンに変わり身の早さをみせるのでは

   ないかと想像するのである。

   また、たとえばここ数日の新聞記事は、政府の対応に対する

   バッシングが大半である。

   あまり度を越すと、批判の内容云々ということではなく、もともとの

   批判対象は身内の政府ではなく、中国(政府)ではないのかと

   チャチャを入れたくなるほどの揺れ動きである。

   他者に優しく、身内に厳しいのは麗しい美徳ではあるけれど・・。

 

   今回の出来事を出来るだけ冷静にその背景を考えてみると、

   残念ながら、わが国の「国力の劣化」が一方に在るのではないか。

   国力とは軍事力だけではない。平たく言えば、一目置かれる国か

   どうかということである。

   政治、外交、経済、文化、教育 どの分野においても一目置かれる

   という実態が希薄になってきているのではないだろうか。

   「弱腰外交」の批判が的を得たものであったとしても、事の本質には

   至らない。また「ブレ」を起こせば最悪のパターンとなる。

   「弱腰」か「強硬」かの次元ではなく、要は「一目置かれる国」である。

   

   

   

   

   

   

   

   

   

彼岸花 雑想

   「暑さ寒さも彼岸まで」

       時代を超え、申し送られる言葉には、

      「言われてみれば・・・」の含蓄がある。

   「あの世を信じない」という人でも、

   お彼岸にはお墓まいりに行ったりするものである。

   まあまあそう固いことをいわないでの 融通無碍。

   日本人の良さでもある。

   富士には月見草が似合うと書いたのは確か太宰治。

   お墓には彼岸花である。

   この花の持つ毒性(球根)が虫や獣を寄せ付けないためという。

   昔の人の知恵である。

   彼岸花の花言葉は、「再生」  (他にも色々あるようだが・・・)

   彼岸と再生  なんだか出来すぎた輪廻の世界。

   秋分の日、 流石にもう暑さもこの辺で終結してほしい。

   彼岸花にはやはり「秋の風」がよく似合う。

   

雇用だ!

   経済政策において、完全雇用はどの為政者にとっても常に念頭から

   離れない究極の目標である。それは歴史が教えるところである。

   ここに1つの寓話がある。

   ある時代の為政者が、職のない人々を集めて、穴掘りの仕事をさせた。

   失業者対策である。

   彼らに報酬を与えることにより、廻りまわって消費増にも結びつき、

   景気浮揚効果ももたらした。

   ところが、穴掘りも限界に達し中止せざるをえなくなったが、むやみに

   止めると再び彼らが失業してしまう。

   そこで為政者は考えた。

   大きく掘られた穴を今度は「埋める」ことに切り替えてその仕事を

   彼らに与えたのである。

   人々は自分達が掘った穴をまた埋めにかかった。

   いわゆるケインズ理論の落とし穴というヤツである。

   (別にケインズが悪いわけではない)

   この落とし穴にわが国も長年嵌っていた。

   「箱物行政」という落とし穴である。

   穴掘りの代わりに無駄な箱物や、安易な道路、橋を一杯作った。

   景気浮揚のための公共投資という御旗を掲げて・・・。

   雇用政策の成否は為政者としての生死に関わる。 

   これもまた歴史の教えるところである。

   目先の手当も必要だが、藁をも掴みたい人々にただ「藁」を

   与えるような施策では困る。

   雇用政策こそ、長期的な視点と政治家としての「力量」が問われる

   課題である。政局の片手間でできるようなものではない。と

   考えている。

   

   

   

   

「敬老」に寄せて

   65歳以上の高齢者は2944万人(総人口の23.1%)とのことである。

   3千万の大台は時間の問題である。

   因みに80歳以上は826万人でこれも1千万台は目の前である。

   

   「敬老」の対象になるのかどうか、我々60代というのは微妙である。

   孫のいる世代でもあり、60代後半にもなると社会的には高齢者という

   範疇に入れられるのであろうが、少なくとも自分が「老人」という

   感覚は未だ皆無である。 如何であろうか? ご同輩!

   それはさて置き、過日 80歳の方と二人きりで数時間懇談する

   機会を得た。

   当然酒を酌み交わしながらの肩肘の張らない時間であったが、

   タイムリーな政治談議から、司馬遼太郎、クラシック音楽と 話題は

   多彩を極めた。

   その中で、このブログにも触れたことがあるが、氏の方から

   「先日、ハーバードの授業をテレビで見た」という話が出た。

   これには驚いた。驚くというのは氏に対して失礼かもしれないが、

   80歳にしてこの「姿勢」に対する畏敬であった。

   あとは何をか言わん。 我未だ若造なり!

   東京の夜景を眺めながらの酒談義、至福の時であった。

   

 

会見の印象

   管改造内閣が発足した。

   「有言実行内閣」との由である。期待を込めて見守りたい。

   会見について、中身云々の前に少し気になったことは、総理の顔と

   声に張りが感じられなかったことである。

   言葉は幾らでも繕えるが、顔や声は繕えない。

   全勝街道を歩む堂々たる横綱の顔というよりも、かど番大関の悲壮感

   溢れる顔付きといったら言い過ぎか。

   それほど問題山積の船出ということであり、総理が一番分っていると

   いうことでもあろう。

   よほどの楽観者でもない限り、様々な難問が頭を過ると自信も揺らぐと

   いうのが本心、それをなんとか見せまいとする顔付きと声のトーンと  

   いうのが印象に残った。

   「有言実行内閣」が「言い訳上手内閣」にならないよう

   願うばかりである。

   

   

退屈の効用

   ある方が、『子供には退屈な時間が必要である」と言われていた。

   一般的には、忙しく動き廻って退屈する暇などない、というのが美徳と

   いうか、あるべき姿という考え方がある。

   今の子供達もその流れの中で、学校から帰ると塾とか習い事で

   スケジュールが一杯というのが珍しくないようである。

   それをこなしている子供達には頑張っていると褒め言葉が掛けられる。

   それも否定はしないが、その方は、大切なことは自ら考えるという

   クセというか習慣を子供の時に付けさせることが重要であり、

   そのためには『退屈な時間」が不可避である、と言われる。

   確かに、退屈な時、何をして過ごすか、頭は全回転である。

   自らの考えで答えを出すしかない。

   あるいは改めてじっくりと廻りを見廻したり、ふとあることに疑問を

   感じたり、小さな発見や新たな興味を見つけたり、とするものである。

   なるほど言われてみれば納得である。

   確か佐藤優氏だったと思うが、今80歳、90歳の人と話をしている

   (聞く)のが最も面白いとどこかで書かれていた。

   長年の実体験という裏づけに加えて、達観した状況で芯から興味の

   あるテーマについてじっくりと内的吟味の時間を持たれている事も

   大きいのではないだろうか。

   少し「退屈」とはニュアンスが異なるが、『退屈の効用」と似通った

   ところを感じさせる。

   より重要なことは子供でも大人でも「退屈な時間」に

   勝つか負けるかは本人次第。

   高齢化社会において『退屈の効用」は隠れたキーワードになる。

   

政党の骨格

   民主党代表戦が終わった。

   まずは民意の思惑通りの結果というところか。

   日本の政治が一歩前進したということではなく、

   もとの位置に戻ったというだけであるが・・・。

   選挙中その結果よりも、ずっと考えていたことがある。

   この政党の旗印は一体何なのだろうか、と

   旗印が見えてこないというのが、現時点での結論であった。

   厳密に言えば、旗印は有ったがその旗印も使えなくなり、

   新たな旗印を必死に摸索している状況ということである。

   当初の旗印は「政権交代」であった。

   この旗の下に、左右から人々が結集し見事達成したのはいいが、

   いざ政権与党になった民主党が何を旗印として政治に取組んで

   いるのか現状見えてこない。

   個々、あるいはグループとして、それらしきモノがあるとしても、

   それらを寄せ集めて『マニフェスト」にしているだけと見えてしまう 

   のである。

   旗印を達成(目指す)するためにどうするか、が政策論争である。

   肝心の政党としての明確な旗がないのだから、具体的な政策論争は

   期待できない。これが今回代表戦を通しての印象であった。

   新聞各紙が選挙結果を大きく報じている中で、東京新聞が

   『代表戦の隠れた焦点」として『民主党綱領」が12年間、今もなく

   その経緯、事情を細かく特集していた。

   はからずも綱領を作る前に政権与党の座を獲得してしまったという

   のが本音ではないだろうか。

   いずれにしろ、「与党」としての真価はこれからが再スタートである。

   管総理には頑張ってもらうしかない。

   組織はリーダーの器以上に大きくならない、という。

   もしそうなら、日本の国は総理の器以上に大きくならないのだから・・。

   

   

   

   

   

   

早朝点描

   午前5時過ぎに目覚める。早朝散歩。

   寝苦しい夜が続いたこともあってか、久しぶりの早朝散歩である。

   今日もまた残暑厳しい暑さになるとのこと。

   それでも、早朝は秋の気配。

   若い頃の夏キャンプ地でのひんやりした朝を連想する。

   想像以上の太陽の大きさである。

   遠くでその大きな日輪に向かって拍手を打つ人がいた。

   古代人は皆そうしていたのではないだろうか。

   女性(中高年)の散歩人が目立つ。

   元気で長生きする筈である。

   世の男共は、昨夜の深酒でまだ寝床の中。

   日曜日位寝かせておいてくれ!  I see!

   見知らぬ人からも時折、『おはよう御座います」と声が掛かる。

   こちらも自然に応答する。

   そういえば、山道でも登山者は自然に挨拶を交わす。

   都会では、見知らぬ同士が挨拶することはまずない。

   早朝と山道、挨拶をし合う共通点はなんだろう?と

   どうでもいいことを考える。

   帰路、大きなマンションから若い女性がゴルフバッグを担いで

   出てきた。街路に同じ年頃の男女の車。

   乗り合いでゴルフに出かけるのであろう。

   一昔前なら、早朝のゴルフバッグ姿はおじさん族と決まっていた。

   時代は移り、今はディズニーシーに行く感覚で若者がゴルフに行く

   ようになったのであろう。

   プロも含めてゴルフの世代交代は目覚しい。

   思いつくままの早朝風景である。

   

   

   

現実の社会

   振興銀行が破綻した。

   当然の成り行きかと考える。

   そもそも論として、設立の発端からして脇の甘さがあった。

   新東京銀行も何とか持ちこたえているが、同類である。

   中小企業に対する「支援」というコンセプトだけでは成り立たないのが

   金融業務の難しさである。

   『中小企業(正義)の味方」の如く振舞った途端、相当のリスクを覚悟

   するのが金融業務というものである。

   振興銀行と新東京の共通点はここにある。

   大半の中小企業は真面目に日々幾多の試練と戦っている。

   そういった真面目な弱小企業にも資金的な手を差し伸べることは

   1金融機関としても、社会制度的にもないがしろにしてはいけない

   視点ではある。

   唯、残念な事ではあるが、脇が甘いと知れ渡った途端、悪徳の

   借り手が次々に潜り込み、食いモノにするのも現実の社会である。

   その辺の修羅場を越えた知恵の集積の上に金融が成り立つ。

   素人の『正義の味方」的発想では通用しない現実がある。

不思議な国 その2

   今から10年近く前、北朝鮮に行ってきたあるジャーナリストの講演を

   聴いたことがある。

   一歩街の裏に入ると悲惨な市民の生活レベルで、あと数年もしないうちに

   国としての体制行き詰まりは不可避である、と断言していた。

   国内の情報通と言われる評論家諸氏も当時から同様に深刻な食糧難、

   エネルギー不足からなんらかの体制変化は避けられないという論調が

   主流であった筈である。

   そのうち、そのうちと我々は思い続けていたように思う。

   あれから10年近く経ち、まだ金正日体制が続いている。

   ちゃっかり後継者選びも進んでいるようである。

   中国の援助が主因なのであろうが、後追いの説明はどうでもよい。

   一体何なのだ、この不思議な国は!

   勿論、これを容認、同調する立場ではないが、

   小国でありながら、米、中、露、等の大国にも簡単に追随しないこの

   政治権力者としてのしたたかさ、タフネス振りは只者ではない。

   病魔に冒されているという噂もあるが、自らトップ会談のため中国に

   赴くなどやるときはやる。文字通り『命懸け」なのであろう。

   2世ながら容易に政権を投げ出すようなこともせず、なんとも

   やっかいで手の妬ける『不思議の国の金正日」ではある。

   

   

      

不思議な国

   今朝の新聞である大学の教授が次のようなコメントを寄せていた。

   「歯応えはあるが中身がスカスカの西瓜と、へたに噛むと中から何が

   出てくるか分からない不気味な西瓜のどっちがいいかといわれて

   一体どう答えていいのか・・・」 というものである。

   相当辛口ではあるが云い得て妙であり、案外多くの国民が共感する

   感覚ではないだろうか。

   小沢、管の一騎打で「OK牧場の決闘」と洒落ている場合ではない。

   3ヶ月前に新総理が就任したばかりで、その総理の座を巡ってまた

   争っている愚! 政党(民主党)の規定という事情はわかるが、

   これでは海外メディアも「?」と発信せざるを得ない。

   我々も『なんだか変!」である。

   別に現総理に組するものでもないが、もしまた今回総理が変われば

   一体この1年日本は何をしてきたのだろうか?

   余計なお世話かもしれないが、当選したばかりの有名新人議員を

   引き連れて挨拶廻りをしているテレビ画面を見せられて、ある人が

   見ているこちら側が恥ずかしくなってくる、と言っていた。

   政治家と一般国民の感覚、感性が離れてきている。

   なんだか不思議な国になってしまった。

   

   

   

   

   

皇居参観の記

   9月1日 午後1時30分 宮内庁の『皇居参観許可通知」を携え、

   皇居桔梗門の前に立った。

   月が替わったとはいえ、この日も34度の猛暑である。

   門の中に一歩踏み出すと自然と気持ちが変わるように感じるのは、

   理屈抜きに日本人の血というものであろうか。

   思想的な主義主張云々とは全く関係なく、大きな歴史の現場に

   足を踏み入れる、そんな感覚であった。

   簡単な参観の説明を受けた後、宮内庁職員の案内で予め定められた

   コースに沿って見学が始まる。写真撮影は可能である。

   勿論、建物の中には入れないが、1時間ばかりの拝観で、皇居の持つ

   独特のたたずまい、雰囲気は感応することができた。

   よくテレビでみる一般参賀の宮殿東庭も、今は人影もなく、夏の

   日差しが石畳を照らしているだけである。

   周知の通り、皇居は旧江戸城の西の丸にあたるが、無血開城とはいえ

   旧幕府の居城に、京都から明治天皇をお迎えし、そのまま今日、

   皇居となっているのも、歴史の面白いところである。

   皇居から見える丸の内全景は東京の中でも絶景ではないだろうか。

   二重橋(鉄橋)も渡り、そこから見える皇居広場を写真に収めた。

   『現場」は常に何かを語りかけてくれるものである。

   09010031

              二重橋(鉄橋) より宮殿方向へ

09010026  

           二重橋 橋上より丸の内方向へ  

   

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