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2010年10月

国際ターミナル

   羽田国際ターミナルがオープンし、30日第一号が飛び立った。

   羽田からの国際定期便は32年振りとの事である。

   関係者はほっとしたところであろう。

   落ち着くところに落ち着いたというのが第一感である。

   結果論であるが、やはり都心からのアクセス、乗り継ぎ等からみて

   成田での国際線化は、長年不満がくすぶり続けていたのであろう。

   成田の建設については、当時羽田のキャパシティ、環境問題等から

   それなりの事情があったのであろうが、結局長い遠回りの結果

   羽田の拡充(国際線)に落ち着いたということになる。

   勿論、成田についても、今後とも国際空港としての役割は持続される

   ことになるのであろう。

   新国際ターミナルは壮観である。

   私も早速1時間ばかり見学して廻った。

   流石、経済大国(だった・・)空港の趣はあった。

   一部に江戸情緒を取り入れたのも、それなりに知恵を出しあった

   のであろう。

   当分搭乗客よりも見学者で賑わうことになるが、

   喧騒に惑わされること無く冷静にハブ空港へのタッチアップ推進が、

   なによりも重要である。 

お茶にする

   今、「お茶にする」と言えば、一寸お茶でも飲んで一休み、という

   意味合いで使われるのが通常であるが、

   ある高名な文筆家の文章に次のような言い回しがあった。

   「江戸の町人はまじめな話を真顔でするのを野暮だと恥じた。

   すべてを茶とした」 というものである。

   ここで言う「茶とした」というのは、「バカにした」というようなニュアンス

   なのであろう。

   元々の使い方であったようである。

   「茶にする」 一寸遠回しで洒落ている。

   「茶色」という色は渋くで落ち着いたイメージがある。

   「茶色の小瓶」なんていかにもハイセンスである。

   ところが面白いことに「茶」のついた言葉には、当て字も含めて

   結構マイナスイメージのものが多い。

     茶番、茶化す、茶化場 等々である。

   「茶とした」というのもこの流れなのであろう。

   ことばの持つ面白さである。

   という事で、今回はこの辺で「お茶」にしますか。

   「お茶」にされないうちに・・・。

   

   

ネクタイと名刺

   ビジネスマンにとって象徴的な必需品は、ネクタイと名刺という事に

   なろうが、その世界から離れて数年も経つと見事と言うほど縁が

   切れるものである。

   ネクタイは、今では年に数回結ぶくらいのものである。

   それもほとんどが「冠婚葬祭」ということになる。

   我ながらなんとも「微笑ましい」限りである。

   名刺は、戴くことはあっても持ち合わせていないので当方から

   差し上げることは無くなった。

   長い現役生活で、それこそ1千枚台の名刺を戴いたことであろうが、

   リタイアー後、全て処分させて頂いた。

   残していたら、著名人の名刺もちらほら混ざっていたので、

   コレクション価値でも出るのであろうか、と つまらない事を考える。

   今も時折、パソコンで手作りの名刺を戴くことがある。

   趣味の会とか、ボランティア関係、あるいは似顔絵付のものとか、

   それはそれで微笑ましいものである。

   

   同窓会などで、積極的に名刺をばら撒いている人の名刺は、

   大概、重い肩書きが付いている。

   人間というのは、幾つになっても・・・「可愛い」ものである。

我々の世代

   私事ながら、この10月で67歳になった。

   立派!なものである。

   「無事」にこの年まで元気に生き抜くことは大変なのである。

   無事とは「事も無く」という意味もある由。

   同期、同窓 等の会で、よく出る話題は、

   我々の年代は案外幸運な時代、恵まれた時代を過ごすことができた

   のではないかという話である。

   少なくとも半世紀以上、銃を持つこともなかった。

   多くの者が飢えに苦しむこともなかった。

   戦後は全体が貧乏暮らしだったが、結構明るかった。

   その後経済復興という目標を持つことができ、高度成長も経験した。

   バブルも経験した。皆浮かれすぎたきらいはあったが。

   勿論、紆余曲折、人様々な浮世のこと、地獄をみるような事も

   皆無ではなかったものの・・・。

   あくまで「総じて」ということである。

   さて問題はこれからという事になるが・・・。

   答えは誰も分からない。

   ならばくよくよしないで、分相応に、

   「面白おかしく」過ごすことにしたいものですネ。 ご同輩!

   

   

桜田門

   ある件で東京大手町に出掛けた日、急に思い立って皇居前広場から

   桜田門の方に足を向けた。

   過日、映画「桜田門外の変」を観た影響であろう。

   単純といえば単純だが、「現場主義者」としては自然に現場を押さえて

   おきたいという想いであろう。

   丁度150年前(1860年)の出来事である。

   2010年の桜田門外は、極めて日常的な都会の風景であった。

   広い道路の先には国会議事堂も鎮座している。

   はたしてこれから150年先の東京はどのように変貌しているのか。

   そんなことを想いながら周辺を散策した。

   映画の出来はまずまずという程度、あくまで個人的感想だが・・・。

   ただ2時間ほどで歴史的事件のあらましを教えられるのは、

   「費用対効果」としては立派なものである。

   準備段階から始まる、人的、資金的コストの総和を考えると

   映画は(その選択を間違えなければ)安い娯楽(教養提供)ではある。

   本映画のラストシーン、西郷隆盛のセリフが意味深であった。

     

スポットライト

   ある小さな新聞記事に接して、はっと気付かされたことがある。

   例のチリ鉱山事故に関してである。

   救出された33人の人達にはその忍耐と勇気に対し、多くの人々が

   感動し、メディアも英雄の如く彼らにスポットライトを当て、詳細を

   報道した。

   このこと自体、極く自然なことではある。

   

   「小さな記事」は、これらスポットライトが華々しく当てられている影で、

   この事故による鉱山閉鎖から300人以上の人々が失業状態にある。

   という現実を記していたのである。

   救出された33人の人達も極限的な体験を経たのであり、単純に比較

   すべきことではないが、事後、この33人と他の多くの従業員(失業状態)

   達に対するスポットライトは文字通り光と影の様相を作り出している。

   我々は、ややもするとこの事故に限らず、スポットがあたっているところ

   しか目が届かず、その影の部分の実態を見落としがちになる。

   何事も光と影、その両方を捉えてはじめてその現実を知ることになる。

   それをこの「記事」は教えてくれた。

裏技的興行

   興行主サイドから見ると、実に巧妙な仕組みではある。

   プロ野球のクライマックスシリーズである。

   世の経営者達も参考(?)になるかもしれない。

   長いペナントレース上位3チームで再度短期決戦をさせリーグ代表を

   決める。 なかなかの知恵者ではないか。

   ビッグゲームを増やすことで、興行的にも、ファンにとってもプラス、

   選手達も別にサッカーやバレーをやれと言われるわけではないので

   表だって反対はできない。決められた以上、その規定に従って

   頑張るしかない。 事後のあれこれは見苦しいということになる。

   かくして興行は成功と相成るわけである。

   

   他方、そうは言ってもなんらかの違和感、残尿感が残る。

   あたかも長いマラソンレースのあと、上位3名による短い100m走

   代表を決めるという仕組みの所以である。

   長いマラソンレースは何だったのかという、これぞ裏技的興行の

   面目躍如ではないか。

   まあ世の中の体勢に別段影響はない、と言ってしまえば

   身も蓋もないことになるが・・・。

   

大学のランク付け

   高等教育世界ランキング(タイム紙)によると、日本の大学の

   ランクダウンが目立つようである。

   どのような指標によって格付けがされているのか、詳細は知らないが

   少なくとも日本のレベルダウンに対し、中国はじめ東アジア諸国の

   大学の台頭が特徴的だとのことである。

   同紙によると、「日本の場合は、高等教育における最近の財政削減」を

   理由の1つに挙げている。

   国内教育関係者のコメントも、大半が教育予算の削減を指摘している。

   そういえばスポーツ界においても、躍進国(オリンピック等)の年間

   スポーツ予算との比較を問題にしているのをよく目にする。

   高校野球においてすら、予算潤沢でナイター設備等整っている学校ほど

   強いということらしい。

   恐らくそれらの指摘は正しいものなのであろう。

   それが真実で現実であればあるほど、学問の世界もスポーツの分野も

   結局 金(カネ)次第なのか? という感慨!に陥る。

   時代が、志(こころざし)だけでは太刀打ちできない世の中になった

   ということなのだろう。 (予算配分の適正化の問題は別に置く)

   腹を空かしながらも世界新を出した水泳の古橋の時代が懐かしい。

   これも旧い人間の時代遅れの郷愁なのか・・・。

   

仕分けの始末

   特定の新聞、マスコミに肩入れしているわけではないが、

   「東京新聞」の特集記事は関心を持ってフォローするようにしている。

   今朝の特集で「塩事業財団 仕分け後は」と題して、先般の事業仕分けで

   「見直し」とされた当財団のその後を取上げていた。

   残念ながら危惧していた通り、遅々として「見直し」がなされていない

   実態が明らかにされていた。

   逆に当財団の正味財産は969億円と仕分け後も7億円増加している

   とのことである。

   そもそも、市民感覚としては、平成の今日、塩の供給のための財団

   そのものが必要なのかという疑問がある。

   記事によると、相変わらず法律改正が必要だ等々の財務省を中心とした

   抵抗が強いとのことである。

   マスコミも次々と新しいニュースに追われ、どうしてもそちらに

   エネルギーが傾斜される。

   一般市民も、日々の暮らしの中で、その時は関心があり、かつ重要な

   事柄も時間が経るにつれ一過性で過ごしてしまうことが多い。

   こうしたなか、どこかでしっかりとフォローする

   マスコミ、メディアの存在は貴重である。

   

   

全員救出

   チリ共和国は、日本語で「智利」と表記するらしい。

   そのチリ鉱山事故、全員救出との由。世界が注目し感動の作業であった。

   今後暫く、各国のメディアから種々の「感動物語・秘話」が報じられる

   ことであろう。

   今年最大のビッグ(グッド)ニュースの1つに違いない。  

   出来うるならば、これを「情」の世界(感動物語)だけに終わらせたくない。

   「智」の世界でのアプローチが是非とも必要である。

   今回の救出作業は1つのシステムであり、プロジェクトでもあった。

   その成功という結果をもたらしたプロセス、要因等をしっかりと分析し、

   今後の世界的災害の教材とすることである。

   今回の作業はそれだけの要素が多々あったと思われる。

     各分野での専門家の意見収集とその統一化

     具体的作業の決定と責任体制、

     政府並びに関係者の役割、指示系統

     適切な情報管理(デマ、パニック防止)

     そしてなによりも33名の生活体制、ルール リーダーの役割

     有効な情報、物、                 等々

   これらによって、かれら33名及び救出作業に携わった人々、

   家族関係者達は、全世界に深い感動と同時に大きな社会貢献を

   提供してくれることになる。

    

     

ハガキの表裏

   はがきの両面に次のような文章が書かれていたとする。

     表:  このハガキの反対側に書かれた文章は真である。

     裏;  このハガキの反対側に書かれた文章は偽である。

    表の文章が正しければ、裏も正しいことになる、ということは

    表の文章が間違っていることになる、ということは裏の文章が偽である

    ということで正しいということになるが、そうなると表の文章が

    間違っていることになる、

    ということは・・・・・・???。  

    これは「郵便はがきのパラドックス」と呼ばれているもので、

    フイリップ・ジョウダンという人が考案したらしい。

    「冗談」からコマで思いついたのであろうか?

    

   

梅棹と司馬

   梅棹忠夫は、「司馬遼太郎は私が出会ったなかで最も知的会話を

   楽しめる人で、30年来の友人である」と言い切っている。

   一方、司馬遼太郎も、「梅棹忠夫は、学問と思想の間を時々刻々に

   往復してきた。このような思想家を私どもが生きている時代に得たと

   いうのは、大きな幸福の1つである」と書いている。

   この短い言葉だけで、二人の豊穣な人間関係を伺い知ることが出来、

   二人の丁々発止の知的会話まで聞こえてきそうである。

   1つのエピソードがある。

   ある時、梅棹が大阪ミナミの料亭で宮沢喜一(当時通産大臣)らと

   飲んでいて、(恐らく呑み助のメンバー、盛り上がったのであろう)

   宮沢喜一が司馬遼太郎を呼べないか、となって梅棹が司馬に連絡、

   司馬はすぐに駆けつけたというのである。

   司馬はてっきり梅棹が1人で飲んでいるのだと思っていたところ、

   政治家がいたので驚いたというオチがついている。

   因みに司馬は政治家との付き合い(酒席)をしなかったことや、

   特定の政治家の応援や推薦は一切しなかったことで有名であった。

   酒の席から突然呼び出してすぐ駆けつけてくれる友人といっても

   そういるものではない。

   二人の関係を彷彿とさせるエピソードである。

   因みに梅棹が3歳ほど年上のほぼ同世代、同時代を

   関西で活動基盤とした。

   

     

教育あれこれ

   監督、コーチの役割は、教え育てる事だと思っていると大概失敗する。

   重要な役割は、選手が気持ちよくプレーに打ち込める環境を作る事

   である。  元プロ野球監督の言である。

   プロに入ってくる選手はそれなりに素質に恵まれた素材である。

   早く「プロの鋳型」にはめようとして「教え魔」の虫が動き出す。

   よくある失敗例である。

   「あの選手は俺が育てた」というのは大概「そのような選手と巡り会えた」

   からである。そう思う位で丁度良い。

   企業をはじめ、どの世界にも通用する話かと思う。

   

   幼児教育はまた別の要素が必要になる。

   実績のある先生の共通して言われる事は、

   いかにそれを「好き」にさせるか、ということのようだ。

   確かに好き嫌いというのは、大人にとっても常に根底にある

   動かし難いものである。

   首相がころころ変わるということは、それにつれて閣僚(大臣)も

   変わるというのが通常である。

   教育行政に関してみると、たとえば平成10年以降、文部(科学)大臣は

   14~5名就離任している。

   1人平均1年以内で、文字通り入れ替わり立ち代わりの様相である。

   長ければいいというものでもないが、少なくとも国の骨格とも言うべき

   教育行政が、平均1年以内のトップによって舵取りが為されてきた

   ことになる。

   このような状態から急に掛け声勇ましく「政治主導」だけを1人歩き

   させるから、悲惨なことになる。(他省も同様)

   「計画、企画、立案」にはヒト(人材)、モノ(組織、体制)、カネ(資金)

   の調和、調整検討を経る段階は必修である。

   どうやら再「教育」が必要なのは・・・・。

   

   

   

   

   

   

「笑点」の焦点

   「笑点」というテレビ番組がある。何十年と続いている長寿番組である。

   他愛のない娯楽番組だと言ってしまえばそれまでだが、長寿の秘密に

   ついて、先代の円楽(長年の司会者)が、面白い事を言っていた。

   今のバラエティ番組の芸人達は、クビを切られないようビクビクしながら

   なんとか目立とう、認めてもらおうという気持ちが先に出て、なんだか

   競争社会のサラリーマンのように見える。

   テレビを見ているこちらの方が疲れてしまう。

   どうしても笑いが「ギスギス」してしまうのである。

   その点、「笑点」は、「終身雇用」のサラリーマンみたいなものである。

   自分の事情で止めるといわない限り、突然交代なんてことはまずない。

   それが一種独特のチームワーク、雰囲気を醸すことになる。

   芸人だから、多少の欲や見得もあろうが、俺が俺がというところも

   薄れてくる。

   これが長く続いているわけである。

   何らかの「考課表」で次々とメンバーが交代させられるような番組なら

   1年も持たなかったであろう。  というものである。

   厳しい視聴率競争の下、次々と新番組が出ては消えるなかで

   「ゆったり」した「終身雇用」の笑点が長寿というのも

   なんだか皮肉でかつ面白いところである。

   流石に先代円楽、笑点の「焦点」を押さえていた。

   

   

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