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2011年1月

シンメトリー

   雑駁な知識だが、西洋の建築、絵画などではシンメトリー(ここでは

   特に左右対称)に対する美意識がその根底にあるとされる。

   確かに西洋の古い宮殿や庭園の写真で、見事なシンメトリーに

   出会うことがある。

   日本人のこころの中にも、端正なそれを好む一面もあるが、一方で

   茶碗の名品に見られるように、独特の「ゆがみ」に味を見出すところや、

   微妙なアンバランスのなかの調和に美を感じる繊細なところがある。

   独断と偏見だが、「心」という文字(表形)がいかにもそのイメージを

   表わす象徴的な漢字といえる。

   これに対し、西洋哲学のイメージが影響するのか、真理の「真」という

   文字はいかにも西洋的な雰囲気をもつ表形にみえる。

   ここでふと気付くことだが、「真」の字(表形)がシンメトリーなのに対し、

   「心」という文字は非対称ということである。

   思いつくままにシンメトリーな漢字を並べてみる。

             真         心

             善         良

             美         侘 寂

             画         書

             黄金       宝物

             田園       農村

             大小       上下

             英         和

             王         殿 玉

             華         花

   細かい理屈ではなく、シンメトリー(左右対称)の漢字がなんとなく

   西洋的な匂いがするのに対し、右側の非対称の文字が東洋風な

   趣を持っているように感じるのである。

   漢字も、感情を持つ人間が作りだしたものである。

   もしかして、漢字生成の段階でなんらかの感情移入、意図が

   働いたとしても不思議ではない。

   漢字も1つの造形とするならば、なんらかの法則性が・・というのが、

   まあ他愛のない「遊び心」である。

   生真面目な学者からは一笑に付されるであろうが、そこは「遊び」。 

   瓢箪から駒で左右対称の漢字について、隠された法則が発見

   されるかもしれない・・・。

   「しゃれ」の分かる若き学者諸君、どなたか研究テーマにしませんか。

   

   

   

   

   

制度と執行能力

   今朝(1月29日)の 東京新聞 「筆洗」 にはいたく共感した。

   私なりにその論旨を要約すればこうである。

   制度が機能するためには、それが機能する一定のレベルが前提となる。

   たとえば二院制。これを採用するということは、その主旨からいって

   「ねじれ国会」は想定内である。

   「ねじれ」現象で国会の機能が行き詰まり、「まっすぐ」の時でなければ

   機能しないというのであれば、本制度はわが国の政治には高級すぎる

   ということになる。というものである。

   またそのために、国民がそれを避けるために「気を使って」投票する

   ようになれば本末転倒。といい、そうならないためにも、政党や政治家

   制度の想定に合う能力を備えること。と締めている。

   なんとも明快な論旨ではないか。

   これは政治の世界に限らない。

   あらゆる分野でこころすべき指摘でもある。

   兎角こうあるべきと理想的な制度策定が先走り、それを執行する能力が

   不足し、機能不全に陥るケースがよくあるものである。

   制度を作ってしまえば一安心。耳の痛い話ではある。

議員の座席

   通り慣れた小路も、逆方向から入ると、いつもの景色とは異なり、

   新鮮な心地がすることがある。

   一寸した会議でも、いつもの定席ではない席に付いたりすると、

   いつもと勝手が違い、変に緊張したり、場合により発想まで違ってくる

   こともある。

   「いつもの通り」から一寸変えてみるのも、脳の働きということからは

   時には必要ではないだろうか。 

   そんなことを思い浮かべたのは、テレビで国会中継(代表質問)を

   見ていた折である。

   他愛のない話だが、テレビに映し出される議員席。これを試しに

   「自由席」にしたらどうだろう。

   議員達は日頃使わない脳の一部を活性化すること請け合いである。

   どの議員がどういうメンバーと何処に座るか、案外面白いではないか。

   議員達の裏の人間関係や素が見え隠れするかもしれない。

   「あいうえお」順に座ってもらうアイデアもなかなかのものである。

   各政党関係なく、ばらばらに席に付く。案外「異業種交流」のような

   効果で新鮮な発想やアイデアが生まれるかもしれない。

   結果的に安倍、麻生、小沢といった大物が最前列に座るのも

   偶には見てみたい。

   ついでと言ってはなんだが、国会というところは、途中で休憩時間

   設けないで通しで審議が続けられる。

   その代わり、適宜退席、退入室自由とお見受けする。

   1度国会内を見学したことがあるが、一般議員席のスペースは案外

   狭く、ここで4時間も座りっぱなしでは、苦痛そのものである。

   時には大きな声(野次)でも出さないと堪らないという気持ちも分かる。

  「いつもの通り」から離れて、しっかりと休憩時間を取り、審議に集中する。

  またスポーツ関係者、その道の専門家の議員もおられることだから、

   途中全員起立させ、簡単な「ストレッチ」なんて柔軟性のある国会に

   なれば、「いつもと違う」新鮮な国会が生まれるのだが・・。

   退屈しのぎに思いついた空想話である。

   

   

   

   

   

「ウオーキング」いま昔

   自宅から近くの公園の遊歩道を1周して帰ると大体4K強歩くことになる。

   できるだけ毎日この程度の距離を歩くことにしている。

   100Mは私の歩幅で約130歩なので、これでも精々5千歩であるが。

   それでも毎日のように続けていると、以前は駅の階段を急いで駆け

   上がると、暫くゼイゼイしていたものだが、最近は左程でもなくなった。

   それなりに効果はあるものである。

   何よりウオーキングはコストが掛からず、自由気ままにできるので

   我々庶民派には有難い。

   また、歩きながら考え事をするのは、専門家に言わせると能率がいいと

   いう事らしく、別段高尚なことを考えているわけではないが、それでも

   時折、あれこれ考えていたことがまとまり出し、帰ってすぐパソコンに

   向かいメモにしたためるということもある。

   ところで松尾芭蕉の「奥の細道」だが、江戸深川から歩き始め

   全行程 約2400K 150日と モノの本にあった。

   1日平均15~6Kである、あくまで平均なので、時には20~30K

   歩いた日もあるのではあるまいか。(詳細な全行程表があるらしいが)

   現在の我々とは比較にならない健脚振りである。

    (これを理由の1つとした彼のスパイ説もあるやに聞く)

   何処に行くのも歩くしかない時代の彼らにとって、恐らく4K程度は

   一寸そこまでといったところであろう。

   何よりも、現代人のいう「ウオーキング」というものについての

   感想なりを聞いてみたいものである。

   あるいは発想の転換で、「奥の細道」こそ広義の元祖「ウオーキング」

   かもしれない。健康や運動不足解消には少々長い距離だが・・。

   今、「歩く」ことも無目的地を、意図的、意識的に行う時代になった。

   もし「ランニングマシーン」の上を走っている人々を昔の人が見れば

   どう思うのだろうか。

   想像するだけで奇妙な心持になるが、そう思いつつ今日もまた

   「ウオーキング」に出掛けるのである。

   

   

   

   

富の分配

   「政治は富の分配である」という言葉がある。

   ここで言う富とは金銭的なものだけとは限らない。

   富の増減に応じて、その時々の適切な配分を行うこと。

   それが政治の要諦というわけである。

   人間の欲望には限りがないだけに、富が潤沢な時もそれなりに、

   ましてや富の減少時には、分配ではなく、何処から削るかという

   ことになるだけに余計に厄介となる。

   万人に同等に分配(削減)したからといって、必ずしもそれが実態として

   平等、公平とはならないところに、政治が政治たらしめるところとなる。

   文字通り政治的差配が必要になってくる。

   人為的要素が不可避となるため、万人が満足する分配というのは

   容易ではない。満足の一方で不平、不満が付いてまわる。

   元々、「悪の辞典」風にいえば、「選挙」は夫々の利益代表を送り出す

   ための制度であり、政治はそれら利益代表による富の奪い合いである。

   まあそう言ってしまっては露骨過ぎるが、良識ある政治家ほど、

   その片足にはより適切な分配をという責任感、正義感の足枷と

   もう片方の足には利益代表としての足枷があり、そのハザマで

   思い悩むのである。

   さて、年度予算も、税制(消費税)も、行き着くところは、何処を増やし

   何処を削るかの「富の分配」論に繋がる。

   その成否は、単純にして平凡な事だが政治に対する「信頼」が

   大きく左右する。

   あの政治家、あの政党、あの内閣がやるのだから多少の不平、不満

   は我慢しよう、となるかどうかである。

   信頼なき政治は、所詮富の奪い合い、不満だけが残る。

街のビュースポット

   最近ちょっとした小さな奇跡にめぐり合った。

   直線空間が作り出す奇跡である。

   「東京には空がない」と綴ったのは高村光太郎である。

   都心ではますます高層ビルが乱立し、空が小さくなるばかりである。

   数多くあった「富士見坂」も、今では実際見えるところは数えるばかりに

   なったらしい。

   その東京で今年スカイツリーが完成する。

   すでに550M以上積みあがり、現状世界第二位の高さである。

   これだけ高いタワーだと、相当離れているところからでも見ることは

   珍しくもない。見えたところで奇跡でもない。

   話はこれからである。

   我が街は、このスカイツリーの場所から、定規で線を引いたように、

   真西、約35キロ離れたところである。

   35キロ離れていても、天気がよければ高層ビルの上からなら

   見える場所は幾らもあるに違いない。

   これ自体も左程驚くようなことでもない。

   ところがである。小さな奇跡というのは、近くの公園の歩道橋から

   みることが出来るのである。

   普通の高さの歩道橋から、35キロ先のタワーが見えるという事は、

   その間に一切遮るものがない直線空間が有るという事になる。

   歩道橋の上といっても、見える場所は限られていて、ほんの5,6歩

   左右に移動するだけで見えなくなるという文字通りのビュー

   「ポイント」なのである。

   このようなスポットがある、ということを地元のご隠居から教えて

   もらった。

   ご隠居は昔のことだけでなく、地元のことならなんんでもご存知

   なのである。

   私も早速その場所に行ってスカイツリーを確認した。

   誰か親切な人が、歩道橋の欄干に「ここから見えます」という

   ステッカーを貼ってくれていた。なんとも和む話である。

01180004             この道路先遥か真正面に見えるのである。

01180005            ビューポイントのある歩道橋全景               

国会議員の減員

   先日のブログで、現状の閉塞感打破の一助として、思い切った

   「国会議員の減員」をしてはどうか、と書いたところである。

   一部現職議員の中にもこれの実施を発言する人が出てきている。

   これに対しあるベテランの政治評論家が、議員の減員など軽々に

   言うのはなんの根拠もあるわけではなく「無責任」である。と

   批判されていた。

   単なるパフォーマンスで言っているのであろうというニュアンスでの

   「お小言」である。

   

   私のブログなど埒外であり、この「お小言」に対し口を挟むことなど

   小門違いであることは承知の上だが、

   偶々書いた時期と、評論家の批判のタイミングがあまりにも一致

   していたので、一言感想めいたことを触れずにおけない。

   少々引っかかったのは、「軽々に言うのは、なんの根拠もあるわけ

   ではなく・・・」というところである。

   逆質問だが、現状の議員数はいかほどの根拠に基づいて定数が

   決められ、また明確な根拠があるとして、その根拠は今日の現状を

   適格に反映した正しい根拠であり、その結果として適正な定員数が

   維持されているのかどうかという疑問である。

   ベテラン評論家は、これらのことを十分踏まえた上で批判されて

   いるのであろうが、

   現職国会議員が、「減員」を軽々に言うのは「無責任」と言われると

   私にはいま1つ納得できないのである。

   確かに私の場合は、「軽々」もいいところである。

   論理的な裏付けに基づいて、適正な議員数はこうあるべき

   (現状は多すぎる)と言っているのではない。

   いわば「ショック療法」としての減員である。

   賛否は兎も角、ある元総理の「自民党をぶっ壊す」というセリフを

   思い出す。

   閉塞感打破には、論理の練り合わせよりも

   「ショック療法」なのである。

   但しこの療法を多用すると副作用を伴うことがあるけれども。

   

   

地元の話その2

   年始来快晴続きで、毎日の散歩も快適である。

   出来るだけ4~5Kのコースを歩くように心掛けている。

   コース途中、自宅から数分のところに小さな池がある。

   鎌倉時代の伝説が今も残る池である。

   現役時代は、この池の小道が最寄り駅に至る近道ルートであった。

   といっても、当時は風情を楽しむ余裕などなく、朝は黙々と駅に向かい、

   夜は夜で、薄ぼんやりした灯があるだけの単なる夜道であった。

   現役時代というのは全てがそういうものかもしれない。

   リタイアーした今日、改めてこの池を取り巻く四季折々の風景を

   味わう余裕がでてきたように思われる。

   毎日のように、望遠カメラを構えたバードウオッチャーの人達が居る。

   桜の季節、紅葉の季節、時々の自然の美しさを教えてくれる。

   身近なところに案外貴重なものがあることを見逃しているものである。

   人生もそれに似たところがあるようだ。

   今朝は近傍の天満宮で「どんと焼き」があった。

   梅にはまだ早いが、梅林の高台から富士山がくっきりと見える。

   本日も天気晴朗である。

11300002

   

地元の話

   あの「村上春樹」なら、以前ここに住んでいたことがあるよ、と

   地元の長老からその場所まで教えてもらった。

   私がこの地に住む前の話であるが、我が自治会のエリアの中に

   その場所はあった。

   同郷(京都生まれ)のよしみからも一寸調べてみた。

   確かに1973年から4年間ほどこの地で住まわれていたようだ。

   氏はすでに結婚されており、74年に駅前近くにジャズ喫茶(夜はBar)

   を開店されている。24~5歳の頃である。

   店名は「ピーター・キャット」といい、以前に飼われていた猫の名前。

   当時はまだ無名のジャズ喫茶のマスターであるが、氏にとって

   その頃は貴重な小説家としての助走期間というか、「麦踏」の

   季節であったのであろう。79年に作家としてデビューされている。

   その店も今は引き継がれていることなく、当時のビルが残っている

   ばかりである。

   さて現在、氏は最もノーベル文学賞に近い作家の1人と言われている。

   もし受賞されたら、ゆかりの場所に、ノーベル文学受賞者の

   「旧居跡」の掲示板でも架けられるのであろうか。

   地元にまつわる一寸した井戸端話である。

   

     

村上と北野

   村上春樹の小説、北野武の映画、どちらも海外で高く評価されて

   いるようであるが、正直なところいま一つ分からないでいた。

   どちらも少しかじった程度で、のめり込むこともなかった。

   ある時、ヨーロッパ発信の短編映画を2~3本観る機会があった。

   その時なんとなく北野武の映画とよく似ているように感じたのである。

   勿論内容やテーマのことではない。

   セリフが無く、カメラだけが執拗に追う、沈黙から突然衝撃的な画面。

   この独特のテンポとフレームワークが実によく似ているのである。

   もしかしたら、高評価の鍵はこのテンポ、リズムにもあるのではないか、

   とふと思った。

   小説の世界にも各々作家独特の文体とリズムがある。 

   内容とは別に、読者にとってはこのリズムに相性の良し悪しがあり、

   波長との相性で、すらすらと読めるものと、ギクシャクするものが

   あるようである。

   村上春樹は、どうも私にはリズムが合わないままにある。

   少なくともわが国の作家にはあまり見かけない独特のリズム感を

   有する小説家のように思われる。

   この為か、ベストセラー作家のわりに、私の周りにもアンチ派が

   結構いるのである。

   

   こう見てくると、海外における村上、北野の高い評価は、

   作品としての水準は当然としても、彼らの作品が、海外の

   人達の感性(テンポ、リズム感)との相性がいいという側面も

   あるのではないかというのが私なりの「独断」である。

   もし村上、北野両氏が、それらを意識して海外でも通用する作品を

   作っているとすればそれはそれなりに流石の大家ではある。

   

   

人材の活用

   明治新政府は、薩長出身者を中心とした薩長連立政権といえる。

   その成果、功罪には種々の見方があろうが、少なくとも大改革を

   断行し、様々な分野で今日のわが国の骨格を形成したことは

   間違いない事実である。

   ここで1つ注目しておきたい点は、新政府の執行課程で案外多くの

   旧幕臣を登用していることである。しかもかなりのポジションに任じ、

   大きな仕事をさせていることである。

   特に今風に言えば、テクノクラートの人材活用である。

   それらの人材の背景には、徳川幕府長年にわたる多くの知識、

   経験、技術の蓄積があり、それらの活用を意味する。

   人材不足からやむにやまれずという側面もあったであろうが、

   当時の「政権抗争」は文字通り命を懸けた戦いである。

   一口に登用といっても、敵方の人間を迎え入れることは、今日の

   我々が考える以上の「英断」が必要であり、何より味方を納得

   させる「力」も必要であったことであろう。

   この人材登用の橋渡しを担った1人が勝海舟だと言われている。

   海舟は幕臣でありながら、新政府に身を売ったという批判を

   浴びながらもいわば旧幕府と新政府との間の「のりしろ」の

   役割を果たしたことになる。

   世の改革時には、出身派閥に囚われない「のりしろ」的人材も

   不可欠なことが解る。

   さてこれらの「歴史」を踏まえ、今日の政治情勢を眺めてみると、

   様々な問題が浮き彫りになる。

          「政治主導」の本来のあり方

          官僚を初めとした人材の有効活用

          党派を超えた無私の長老政治家の存在

   歴史は我々の問いに対し、常になんらかのヒントを用意している。

   

   

   

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