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2011年4月

戦後66年

   大震災の前から、わが国の様相は漠然とではあるが大きな曲り角に

   あるという思いを抱いていた。

   誰もが多かれ少なかれ感じる閉塞感に通じるものなのであろう。

   我々は何か最も肝心な事を見落としているのではないだろうかという

   焦燥感でもあった。

   今般の原発事故も、単なる物理的な災害という面だけではなく、

   わが国の長年に亘る硬直的社会システムの欠陥が露呈したといえる。

   個人の不安や緊張感が、社会全体の総和とならず、何時のまにか

   誰もが口を挟むことが出来にくい空気、と安全神話の一人歩きによって

   緊張感が薄れてしまっていた。

   さらにその最も硬直的な分野が、「政治システム」であることも

   露呈してしまった。

   民間企業や個人が、「バブル崩壊」や「グローバル化」、「リーマン・

   ショック」といった荒波に必死に立ち向かい、改革を進め、もがき

   苦しんでいた間、政治分野では一体何を行い、どのような改革を

   してきたのであろうか。

   我々国民も、ころころとトップが代わる都度、一喜一憂、期待と

   落胆を繰り返してきたという苦い思いがある。

   政権交代すらその延長線上であった。

   何かもっと根本のところで何かが抜け落ちているのではないだろうか。

   

   手元に今から20数年前に書かれた司馬遼太郎のものがある。

      「今の社会の特性を列挙すると、行政管理の精度は高いが、

      平面的な統一性。また文化の均一性。さらにはひとびとが

      共有する価値意識の単純化。たとえば国をあげて受験に

      熱中するという単純化へのおろかしさ。

      価値の多様状況こそ独創性のある思考や、社会の活性を

      生むと思われるのに、逆の均一性への方向にのみ走り

      続けているというばかばかしさ。

      これが、戦後社会が到達した光景というなら、日本はやがて

      衰弱するのではないか」   ( 「この国のかたち」 1986年 )

   

   24~5年経た今もその主旨は的を得たものであり、示唆的である。

   何かが大きく変わる時である。

   また大きく変えていかなければならない時である。

   そんな中で、誰に請われたわけでなく、自発的にボランティア活動に

   勤しむ多くの若者達の姿を見るに付け、この国の「底力」を感じ、

   この国も捨てたものじゃないと力付けられるのである。

   世の中を変えていくのは、常にこれら若者のエネルギーであり、

   真摯な市民パワーなのかもしれない。

   

   

   

   

 

   

       

   

素人の直感

   原子力関連の専門家と称される人達が次々とマスコミに登場される。

   この分野にも多くの人達が日夜研究されていることに改めて思い知る。

   我々門外漢は、やはり専門的なことは専門家に聞くしかない。

   そこで彼らの解説なり、説明に耳を傾けるのであるが。

   どうも核心のところを掴めないもどかしさを感じている。

   自らの非力を棚に上げるわけではないが、彼ら原子力関連の

   専門家達は、概して我々素人に判りやすい説明や解説に不慣れと

   いうか、経験が乏しいことに気付くのである。

   恐らくこの分野では、日常的に仲間内にしか通用しない専門用語

   だけで間に合う世界なのであろう。

   なかなか門外漢が口出しできる世界でないということである。

   こういう背景を踏まえると、小宮山氏(元東大総長)の次の発言は

   示唆的である。

   原子力学会は、その専門性から、あまりにも特定の専門家によって

   議論され、方向付けがなされてきた。

   他の分野の人達との意見交流を通した総合的な開発

   (防災面も含め)が欠けていたのではないか。というものである。

   確かに特定の専門家や関係者だけで成り立つ組織は、いつの間にか

   その世界だけに通用する「常識」が生まれ、それが組織を蝕む事が

   ままあるものである。

   相撲協会などはその典型であった。

   無責任な素人意見に迎合する事もないが、

   常に他に発信する姿勢と、他から受信する感受性は

   どの分野においても大切なこと。

   素人の直感も時には本質を突くことがある。

   

都市の再構築

   今から10数年ほど前、東京都の行政モニターをやったことがある。

   当時の都政策に関し、与えられたテーマについて簡単に意見をまとめて

   提出するというものであった。

   その中で、ある再開発事業(跡地利用で高層マンション計画)についての

   設問があり、次のように記したことを覚えている。

   「少子化傾向にある中でのマンモスマンション計画は、20年、 30年先を

   見越すと果して如何なものか。それよりも地域住民のための憩いの

   広場(都市空間)や公共施設主体の計画が好ましい」と当時としては

   ユートピアのような内容であった。

   その時点では「防災」を意識した考えというわけでもない。

   バブル崩壊後といえ、土地神話が完全に消えたわけではなく、あくまで

   経済的に見た最有効土地活用が「最善」とされた時代の話である。

   狭い土地でも如何に有効に活用するか、逆に空き地(空間)として土地を

   遊ばせておくことは「悪」という考えが主流であったことから、この計画も

   都の方針通り進められ、今 高層マンション地域を形成している。

   こんな古い話を持ち出したのは、都政の批判ではなく、ましてや

   自画自賛のためでもない。

   今回の大地震との関連である。

   この大惨事により、今後の都市計画構想は根底から転換されるに

   違いない。

   一言でいえば、「経済性」のモノサシから「安全性」のモノサシへの

   完全シフトである。

   それはまた、単に都市計画という一分野に留まらず、あらゆる

   行政の分野において基軸となるに違いない。

   今回の大地震・原発事故は、今までの常識、通念、経験を全て

   ご破算にさせるような鋭い刃、でもあったのである。

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