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安政の大地震

   安政2年(1855年)の江戸大地震については、4300人の人が亡くなり、

   1万戸の家屋が崩壊したという記録がある。

   水戸の藤田東湖もこの地震で亡くなっている。

   さて、この地震に関して、モノの本によると、

   地震直後(午後10時頃)、江戸城下に居た諸大名、幕閣首脳達が

   まず取った行動は、なんとかして我先に江戸城に駆けつけ、

   将軍(家定)に拝謁することであったという。

   誠に麗しい将軍思いの発露(?)であるが、要は彼らにとって「有事」に

   おける優先順位はなによりも「将軍」であったということである。

   まあ時代背景としては、そういうことであったのであろう。

   ところが、その城内で幕府首脳が集まりながら、あまりの突発的な

   出来事に、事態が定まらずおおやけに出された対応指示命令が、

   二転三転したということである。

   一方、実際に江戸住民にとって役に立ち、頼りになったのは、

   町の奉行所、とその下部組織で、日頃は見張り、取り締まる立場だが、

   それだけに「現場(土地、住民)」に精通しており、指示、救援が

   的確で大いに活躍し、助けになったようである。

   今回の各市町村首長の「頑張り」を彷彿とさせる。

   時代は変わっても、この人間社会、いざという場で、目先誰が

   頼りになるのだろうか。

   なんだが「暗示的」な話ではある。   

     

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