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山本長官の想い

   今、「山本五十六」の映画をやっている。

   偶々、先般 東郷平八郎のつながりで、山本五十六の墓にも

   赴いたばかりということもあって、関心の熱冷めやまぬうちに、

   映画を観にいくことにした。

   それなりに見応えのある映画に仕上がっていた。

   役所広司も適役であった。

   勿論、メディアを通じてしか知るよしもないが、本人の人間性も

   あるのであろう抑えた演技がかえって重厚感を滲ませていた。

   とまあ、素人なりの感想である。

   「山本五十六」については、常識の範囲で、その「人となり」、生涯に

   ついて、知るところではあったが、改めて確認が出来たことも

   映画の持つ良さであろう。

   山本五十六という人物(思想)を、描くことが主眼ではあるが、

   その背景として、その山本五十六をしても、日本を妥当な落し処に

   持っていくことが出来ず、「敗戦」という悲惨な事態に到る、ある種の

   「勢い」というか、「流れ」を描きたかったのであろう。

   一旦歯車が廻りだすと、止めることが困難な、「暴力的」ともいえる

   力が生まれ、呼応して、メディアも国民すらその流れに乗り、あるいは

   乗せられ、その空気がさらに歯車の回転に拍車を掛ける・・・。

   世論の持つ、危うさという一面である。

   そんなことを考えさせられる映画であった。

   観客は年配者が多かったが、若い人達にも観て欲しい映画でもあった。

   

   

   

   

   

   

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