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手負いの獅子

   一昔前の元総理が、海外で「トランジスタのセールスマン」と揶揄された事がある。

   このエピソードを今日の視点で考え直してみると、

   当時の国内空気は、マスコミも我々国民も、「苦笑」する程度で受け流して

   いたのではなかろうか。

   「言われちまったョ」と、自虐ネタでまぎらす程度という事である。

   少なくとも、ギスギスする国際問題にもならなかった筈である。

   「自虐は余裕・自信の裏返し」という面もある。

   当時の日本は、高度成長への助走期、国中が将来に何がしかの夢を持ち、

   苦難を超えて立ち行かん、の季節である。

   そうだとすれば、総理の「トランジスタのセールスマン」のニュアンスも

   今日の我が国を見るとき、卑下することもないように見えてくる。

   現状、発展途上国に対する、中国、韓国の 「巨大経済プロジェクト」の

   売り込みは目を見張るものがある。

   官民共同チーム、それこそ国を挙げての営業活動の前に、日本は

   ジリジリと後退しているのが実態である。

   今はなんとか「昔の名前(信頼と実績)」で、つながりを保っている。

   一頃は、「総合商社」が、世界隅々を席捲、とまで言われた日本であるが、

   世界市場で、各業種とも追いつかれ、追い越されつつあるのが現状である。

   このままではホンモノの「自虐」に至る。

   1つの「経済モデル」を想定する。

   たとえば、ある工場が閉鎖、跡地を駐車場に転用とした場合。

   単なる1つのミクロ的な経済事情(行為)に過ぎないが、

   経済(国民所得)的には、次のような影響をもたらす。

      生産(所得)減

      雇用減

      消費減      等である。

   雇用面で言えば、

     たとえば、その工場で100人の人が働いていたとして、駐車場になれば

     精々数人の管理人で済むことになる。

     極めて明解な話である。

   さらに注目したい点は、実は、経済的な範疇からはみ出る話である。

   工場(モノ作り)では、通常競争原理のなかで、常に技術革新、新製品

   開発に、日々チャレンジしており、それが働き甲斐や活力源にもなっている

   という、「精神性」を無視することが出来ないということである。

   しかるに、駐車場(経営)ではどうであろうか。

   多少の競争はあるとして、「立地」そのものに左右されるところが大きく、

   どちらかといえば、日々事故もトラブルもなく、安寧に、の経営スタンスで

   済むところがある。 守りの経営とでもいうのであろうか。

     ( 駐車場経営そのものが悪いという話ではない)

   この経済モデルから、言いたいことは・・・、

   なんだか、今の日本、大勢として「駐車場経営」のような空気が蔓延して

   いるのではないか、 という事である。

   あらゆる業種の工場が海外に移される。

   パナソニックも主力工場の1つを海外に移すと言う。

   経済モデルさながらに、まさか跡地が駐車場・・・ まあ悪い冗談であるが。

   企業の経営判断としては、最適であるのかもしれないが・・ 

   マクロ的には如何。

   これが日本の現状である。

       さて、これからの 日本  「処方箋」は・・・。

       それを書けるのは誰だろうか。

       - 立ち上がってくれ  手負いの獅子よ -

   

   

   

     

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