« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »

2012年12月

古都論争

   年の瀬を迎えると、古都京都の、年末から正月にかけての風情が想い

   起される。

   そんなある日、偶然にも京都に関して2つの対立する見解に遭遇した。

   1つはあるテレビ番組で、1つは新聞(特集)記事である。

   京都の在り様に関しての2つの見方である。

   分かり易い方から触れると、ある新聞の記事で次のような記述が目に留まった。

     「冬支度の京都を訪ねて感じるのは夜の輝きだ。

      街の方々でライトアップのイベントがあり、イルミネーションが輝く。

      まばゆい夜は都会の師走の風物詩」 

     ではあるが、古都の佇まいとしては・・・ として

     ある方の見解が続く。

     「櫻の季節も紅葉の季節も、寺社がこぞってライトアップというのは

     いただけない。

     サクラだってモミジだって夜は静かに休みたいはず。

     足るを知って、程ほどで 事をおさめていくのが 本来の京都らしさ」

     とあり、 昨今の伝統の薄れていく傾向に警鐘を鳴らす記述が続く。

   古きよき京都を守りたいとする、オーソドックスな意見ともいえ、

   一応、これらの見解を 「保守派」と捉えておこう。

   これに対し、偶然BSテレビで、京都寺社のライトアップの経緯について

   放映(賛同の立場)していたのである。

   それによると、初めて京都の寺社でライトアップを行ったのは、

   10数年前、「高台寺」とのことである。

   きっかけは、従来寺社は夕方には閉門するため、夜は何もない街という

   いう声が多く聞かれ、なんとか活性化のためにもと、同寺住職が導入を

   思い付いた。

   ところが、当初は苦情、クレームが殺到、お寺も大赤字で、頓挫の

   手前まできたが、次第に観光イベントとして注目され始め、他の寺社も

   次々に行い始め、今では観光都市京都の風物詩として定着した。

   高台寺住職の革新的英断が観光業界等からも喜ばれ、京都の活性化に

   大きく貢献したというわけである。

   寺社の姿勢に夫々賛否あろうが、革新には否定が付いてまわるものである。

   この立場を、前の「保守派」に対し、「革新派」ということにする。

   さて、古都におけるこの「保守」「革新」の論争は、このライトアップに

   留まらず、古都の宿命とも言うべき、永続的論争の形態なのである。

   京都という都市発達の歴史は、この保守・革新の論争の歴史でもある。

   唯、一概にこの論争を否定するわけにはいかない。

   京都が今も千年の都としての地位を保っているのは、「革新」的気運が

   旺盛な風土でもあったから、ともいえるのではないだろうか。

   一方で、「保守の重石」が利いていることで、なんとか古都の風情を維持

   していることも否定できない。

   保守・革新の程よいバランスが今後とも古都・京都の進展の鍵となる。

   個人的には、革新6分、保守4分というバランスが頃合だとおもうのだが、

   果たして京都在住の諸兄には如何なものであろうか・・・・。

   

      

        

人物を視る眼力

   大胆な仮説だが・・・

   我々現代人は、昔の人に比べて人をみる目が退化した、というところが

   あるのではないだろうか。

   情報が在り過ぎて、かえってその情報に振り回され、その情報の色メガネに

   洗脳され、直接、その人物を見定めるという体験や鍛錬が乏しくなってきて

   いるのではないか。

   昨今、企業においても、能力主義、実力主義が主流になってきているが、

   今1つ曖昧さがあるのは、その能力、実力を正しく見定めるという企業サイドの

   「眼力」が呼応して育っているか、という面があるためであろう。

   旧態依然のモノサシで人材を測っていては、能力主義・実力主義も半端な

   ものになってしまう。

   戦国時代の武将達(リーダー)は、武力、戦術に長けているだけでは、

   戦国の世を生き抜いていけない。

   リーダーとしての資質、能力のなかで、敵、味方それぞれの人物を

   いかに適格に見定めるかが、いかに一族の存亡に影響しているかの

   多くの歴史的事実を読み取ることが出来る。

   徳川(江戸)の世になっても、その重要性は益々増している。

   各藩の経済、財政運営は、幕府の強力な規制下に置かれてはいるが、

   ある意味今日の地方行政よりも、一面独立色は強く、自給自足の

   自己責任体制が敷かれていたようである。

   こうしたなかから、米沢藩の上杉鷹山のような名君も生まれた。

   名君、暗君の差はもろに藩内の経済、生活 しいては生命に係ることになり、

   全般に、名君といわれる藩主ほど、後日名を残すような人材を多く探し出し

   登用しているところが面白い。

   文字通り、藩の存亡は人材如何という面も歴史が教えるところである。

   昨今言われる「適材適所」も、言うは易しだが、この人物を正しく

   見定める「眼力」があってこその「適材」である。

    さて、現在に目を向けると、

   あたらしい「組閣」の最中である。

   多言を要しないが、 組閣の巧拙はその内閣の存亡に係る。

   残念ながら過去10年ばかり、不適任といわざるを得ない大臣が

   短命内閣に絡んだ点は否めない。

   さて、今回の組閣は如何なものであろうか。

   そして、総理の「眼力」は・・・・。    我々国民の生活に係る。

   

   

   

政治談議

   A氏と久しぶりに懇親。 時節柄選挙について言いたい放題。

   と言っても、ほとんどA氏の独壇場。

   相変わらず 氏の話はありきたりでないところが面白い。

   因みに、氏は無党派層で、「縦横無尽」派。

   まず、選挙は 「面構えで選ぶ」 ときた。

   政治家には政治家の面構えが必要。 その面構えの出来ていない奴に

   天下国家を論じる資格はない。

   候補者のうちまず大半の無資格者を振るい落とす・・・と一刀両断。

   結局 人間なんだよ・・・ というわけである。

   政党の政策(公約)なんてクソ食らえというから凄い。

   面構えのしっかりした奴は、つべこべ言わないでやることはやる。

   優柔不断で勇気のない奴ほど、出来もしない「政策」を連呼する。

   そんな奴が集まっても世の中変わらん。

   しかもそんな奴らに限って、あれもこれもと欲張って並べ立てて、

   政策の「バラマキ」をやるんだね。

   顔(面構え)が出来ていないから、言葉で誤魔化す。

   本当の改革なんて、1内閣に1つか精々2つできればオンの字。

   制度を変えるのは頭脳じゃなくてパワー。

   それもへとへとになるようなパワー。

   パワーのない人間に改革は無理。

   当たり前の話じゃないか。

   腹が据わっているかどうかだよ。

   その点、K氏(元総理)は、一流ではなかったけれど、まあ政治の

   セオリーを弁えていた、ということ。

   政策を並べて何になる?

   その政策を比べてみても何になる?

   要は人間なんだよ・・・。

   苦労しらずの頭デッカチも困るけど、すぐカッとして喧嘩ッ早いのが、

   平和を守る と連呼しているのも笑えるね。

   アノ人は平和を守ってくれる・・・・から一票・・・ というものかね。

   アノ人は生活を守ってくれる・・・・から一票・・・ まあこれは

   あるかもしれないね 利益代表として。

   そもそも 「戦争反対、平和を守る」 というのは「政策」かね。

   「生活を守る」というのは「政策」?

   100%誰もが異を唱えることがありえない「政策」ってアリなの?

   一体政策って何なんだろうね・・・  考えたことある?

   ・・・・・・

   とまあ 破天荒といえば破天荒。 

   A氏の 独演会は絶好調。

   さらに面白い話が続くが・・ ほろ酔い機嫌も増して

   残念ながら実況中継もこの辺で・・・・・。 

   

   

 

山坂多い旅の道

   先年、我が家の愛犬「ラブ」が亡くなった折、あるお寺に納骨した。

   今も、年に数度ではあるが、ふらっとお寺に立ち寄り手を合わせてくる。

   そのお寺で、一寸した書き物を頂いてきたので、ここに書き留めておくことにする。

        人の世は 山坂多い 旅の道

          年齢(とし)の60に迎えがきたら

          還暦   60歳    とんでもないとつっぱなせ

          古稀   70歳    まだまだ早いと追い返せ

          喜寿   77歳    せくな老楽はこれからよ

          傘寿   80歳    なんのまだまだ役に立つ

          米寿   88歳    もう少しお米を食べてから

          卒寿   90歳    年齢(とし)に卒業は無い筈よ

          白寿   99歳    百歳のお祝いを済むまでは

                      茶寿   百八歳   まだまだお茶が飲み足らん

          皇寿   百十一歳  そろそろゆずろうか日本一

    さすがにお寺さん、 こういうのもあった。

         日常の五心

            ハイ       という素直な心

            スミマセン    という反省の心

            オカゲサマ   という謙虚な心

            ワタシガシマス という奉仕の心

            アリガトウ    という感謝の心

                  なんとも耳の痛い言葉ではある。     合掌    

初冬の海

   12月2日 今年最初にして最後の温泉。 伊豆伊東温泉への旅。

   粋も甘いも弁えた熟年 6名での気侭な旅である。

   小田原での合流前、 少し早めに家を出て小田原の浜辺(御幸の浜)を歩く。

12020006

   歌の歌詞ではないが・・・・

        冬の浜辺は寂しくて・・・  人1人としていない浜辺を暫し歩く。

      12020003   

              押し寄せる海の波は絶えずして

                 返す波もまた 絶えることなし

              悠久の鼓動の前に

                 人は皆 一瞬の今と 存在を考える

   浜辺からほど近いところに 小田原文学館がある。

   小田原は 白秋をはじめ 詩人、文人の似合う城下町でもあるようだ。

   庭はまだ、名残りの紅葉が美しい。

       12020007  

            12020008

   小田原といえば、やはり小田原城。

   今回は、天守閣には登城せず、仰ぎ見るだけとした。

   城というのは、どの角度からみても それなりの風格を

   持ち合わせているものだ。

          12020010

           12020001     

   さて、今宵は、温泉と酒と料理

     まずは ボドォレ・ヌーボーで乾杯。 ・・・純米・・・・そして夢の中。

                               今日のよき日に感謝。

            

 

« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »