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2013年2月

グレコの「青」

     東京都美術館の 「エル・グレコ展」を観てきた。

     赤と青の調和、格調 がその全体的な印象であった。

     特に、 全ての作品が、 青の色調がベースになっているように感じた。

     「青」といえば、東山魁夷の 「青」が有名であるが、自然の風景を

     専らとするのに対し、 グレコのそれは、宗教画、肖像画が中心であり、

     自ずから、同じ「青」でも 全く違った印象をもたらすところが面白い。

       ・・・・とまあ、 素人鑑賞の感想である。

     以前、テレビで 「倉敷・大原美術館」の番組を見たことがある。

     今も強く印象に残っているのが、同館が、エル・グレコの 「受胎告知」を

     入手した時のエピソードである。

     渡欧中の児島虎次郎 と 大原孫三郎との 連携、決断の話である。

     目利きの勝利がもたらした結果であった。

     いわゆる「成金」ではなく、 文化の真髄を理解したパトロンによって

     築かれた文化遺産は 永続する好例であろう。

     今、我が国にある グレコの作品は この「受胎告知」と、

     国立西洋美術館所蔵の「十字架のキリスト」の2作品のみとの

     ことである。

     その事からも 今回の「エル・グレコ展」 好機であった。

    

     

「よく」を欠く

   「聞く力」がよく売れているとの由。

   家人まで、買っていたので、その拡がりが想像できる。

   ある書評によると、大上段からの説教じみたところがないのと、

   平易で、なるほどと頷くところも多く、ツボを心得たところが好感されている・・・。

   といったところらしい。

   二番煎じでもないだろうが、最近も 「○○する力」 という題名の本が目に付く。

   これらも同じ路線の読み物なのであろう。

   余計な想像だが、これらの「~する力」を統合させ、人間として最も究極的、

   総合的な「力」は、「生きる力」 ということになるのだろうか。

   さて、それではこの 「生きる力」というのは、果してどういう事なのであろうか。

   かの「文科省」では、 「生きる力」を次のようにまとめている。

     「 知 ・ 徳 ・ 体 のバランスのとれた 力」

     「 今日の変化の激しい社会を生きるための 資質・能力 」

   まずはあたりさわりのない 教科書的模範解答ではある。

   ただ、現実の実社会で 「通用」している 「生きる力」は、よりストレートで

   もっと泥臭いような気がする。

   端的に言えば、「競争社会を勝ち抜く(生き抜く)力」 とでも言えようか。

   このような考え方が浸透し定着して「基軸」となる社会では、どうしても

   「他を押し退けてでも・・」といった殺伐とした風土へとエスカレートし勝ちである。

   今日のある程度成熟した社会において、それでは 真の「生きる力」とは

   どうあるべきなのか。

   ある人が、1つの解答を示された。

   それは、「生きる力」というのは 「よく生きる力」である。

   「よく生きる力」でなければならない と。

   言われてみれば極く単純なことだが、私なりに なるほどとガッテンがいった。

   「よく生きる」 「よく生きた」かどうかを「基軸」にすると、オレがオレが・・・の

   世界と一寸景色が違ってくるのである。

   時には自己犠牲まで、内包してしまう「力」が 「よく生きる力」には

   あるように思うのである。・・・・・・・・・ (内省)・・・・・・・・・・。

   人間、「よく」を欠いてはイケマセン。という話。

   

   

   

昭和は遠く

      平成もいつの間にか25年。

      「四半世紀」も、このような速度で過ぎていくのかと思うと、

      歳をとる筈である。

      我々の世代にとって、横綱といえば大鵬。 その大鵬も亡くなり、

      昭和の時代を彩った名優たちが次々亡くなっていく。

      明治は言うに及ばず、いよいよ 「昭和も 遠くなりにけり」 である。

         ・・・・・・・。

      新宿の住友三角ビルの48階に 「平和祈念展示資料館」がある。

      同館のパンフレットによると、

        「 さきの大戦における兵士、戦後強制抑留者および海外からの

          引揚者の労苦について、親から子へ、子から孫へ、 そして

          次の世代へ語り継いでおくことを目的として、様々な実物資料、

          グラフィック、映像、ジオラマなどを戦争体験のない世代にも

          分かりやすく展示」   とある。

      ここでは、日頃意識的にしろ、無意識にしろ 忘れつつある昭和の

      悲劇を、思いおこざずにはいられない 数々の展示物が目の前に

      拡がる。

      単に、過去を振り返るということだけではなく、未来に向けての

      文字通り、 「平和祈念」の 場 としての意味合いも強い。

      1人の老人が、老眼鏡を頼りに 分厚い「引揚者名簿」らしきものを

      閲覧されている。

      夫々 様々な想いが去来する場でもあるのであろう。

          ・・・・・・・・。

      一歩 館を出ると 新宿高層ビルの上層階。

      平成の世に舞い戻るが如く、眼下に新宿の、 いや東京という

      大都会の 躍動 が拡がる。

      西方に傾いた 太陽が こころなしか いつもより こころに沁みる。     

      

   

補佐の威力

   拍手(カシワデ)の妙なる音も、両の手のひらがあってこそ、 と

   極く当たり前の事を改めて思い知らされることがあった。

   私事ながら、左手首が急に腱鞘炎のような症状になったのである。

   使えない程でもないが、力を入れるとピリリと痛む。

   自ずから 右手(利き手)に頼ることになる。

   利き腕があれば、大して不便でもなかろうと思うのは、

   大きな誤解であった。

   これが結構、細々したところで影響するものなのである。

   たとえばの話、 釘を打つのは、 利き腕1本あれば・・・ という

   わけにはいかないものなのである。

   やはり、左手で釘を支えて、はじめて目的が達成される。

   なるほどと、 改めて様々な行動や作業を思い浮かべてみると、

   確かに、左手(補佐)の役割は 侮れない。

   目立たないところで、きちっとといい仕事をしているのである。

   それでいて、さりげに右手に華を持たせる心配り。

   あれこれ考えてみると、政治やビジネスの世界も、案外見えないところで

   「補佐役」の力量が左右するところがあるのではないだろうか。

   野球の女房役(捕手)もしかりである。

   世の中、スポットの当たるところばかりに、目を取られていては

   真実を見逃す事になる・・・。

   左手の痛みという思わぬことで、「補佐」について考えが及んだ。

   これも「ケガの功名」という奴か。

   

会津の源流

   NHKの大河ドラマの影響もあってのことか、 今、会津が「旬」である。

   先般も、BSで 「保科正之」を取上げた番組があった。

   会津藩 初代藩主である。

   周知の通り、 三代将軍 家光の異母弟で、家光の死後、幼い4代将軍家綱の

   後見として、倒れ掛かった徳川幕府を守って、次代に繋いだいわば 徳川

   2百数十年の最大の功労者の1人である。

   大体、長年続いた老舗でも、3代目位から屋台骨がグラ付きだす時期であり、

   そこで適格な対応なり、改革ができるかどうかが、生死の分かれ目となる。

   そういう意味からも、

   もし保科正之なかりせば、 歴史は大きく変わったといわれる人物でもある。

   ところが、歴史は勝者によって作られるとは、よく言われる話。

   この保科正之も、その人物、功績に比し、いわゆる歴史上の人物として、

   後年記憶に上ることが少なく、どちらかといえば、マイナーな存在におかれている。

   これはやはり、明治維新の後遺症というか、最後の最後まで幕府に殉じ、戦った

   会津魂(正之の唱えた家訓)が、歴史の皮肉にも、「朝敵」として、敗者の

   立場に置かれた悲劇性と深く関わるものなのであろう。

   ただ、1つ間違えれば、会津藩を悲劇に陥れた元凶とも看做されかねないが、

   今もなお、会津では畏敬の念をもって保科正之の名が受け継がれている。

   そのことからも、彼の人物像、その思想を改めて見直す必要がありそうである。

   歴史を学ぶことは、単に過去の出来事をなぞることではない。

   今、我々はどう考えるべきか、 そしてどう行動すべきか・・・・。

   それらの  「教材」の宝庫が歴史というものなのだろう。

   保科正之のことで、ある有名な話が言い伝えられている。

   今も江戸城に天守閣がないのは、保科正之の考えによる、という話である。

   焼失した天守閣を再築しようした大勢のなかで、

   「今、そんなことに労力(労費)を使っている場合か」と断固反対して作らせ

   なかったという。

   これを単に、物質的な事柄と捉えるだけではなしに、当時、武士の

   精神的象徴でもある天守閣の否定は、ある意味、武士の精神面の改革

   でもあり、長年続いてきた武家(戦国)時代からの決別宣言でもある、と

   捉えると、正之のやった事の凄さというか違った世界が見えてくる。

   いづれにしろ、大河ドラマがきっかけだとはいえ、

   「保科正之」という男、もう少し掘り下げてみたい人物に見えてきた。

  

      

フーバー監督作品

    久しぶりにというか、今年に入って初めて映画館に足を運ぶ。

    ヴィクトル・ユーゴー原作 「レ・ミゼラブル」

    興行収入で、ミュージカル部門としては、歴代最高になった由。

     (42億円。 それまではオペラ座の怪人 41億円であった)

    今も記録更新中で、ささやか(?)ながら、小生も貢献したことになる!

    どちらかといえば、従来、ミュージカル(セリフ→歌)は、好みではないが、

    この映画は、予めストーリーに馴染みがあるので、あまり抵抗もなく、

    観ることが出来た。

    感想は人様々、 好みも様々、感性も様々である。

    もとより、作品の出来について評論めいた事を言う任にはあらずである。

    しいて一言申せば、「映画作りに熱意が溢れた大作」といったところか。

    少なくとも 観て損はない映画・・・ということは言える。

    まあ、関心のある御仁には、直接観てもらうしかない。

    さて、この原作者 ユーゴーに面白い逸話が残っている。

    この作品の出版時、出版社に「?」と 問い合わせ、 出版者から「!}という

    返事を受け取っている。

    「売れているか?」 「売れてる、売れてる!」  の意である。

    世界で最も短い手紙のやり取り、としてのエピソードである。

    後の「文豪」もやはり本の売れ行きには冷静でいられなかったらしい。

    古今東西、今も変わらぬ人間の心情として、微笑ましい話ではないか。

    まあ、今もなおジャン・バルジャンの物語は世界中の人々を酔わせている。

極端に流れる空気

   嫌な予感が当たってしまった。

   今回の柔道連盟監督の辞任会見を見ての感想であった。

   なんだか漠とした違和感を覚えたのである。

   15名の選手達の勇気ある行動との対比において、監督1人の辞任で、

   決着するような問題なのか、という疑問でもあった。

   監督本人も、なんだか謝罪会見ではあるが、「1人」被告席に引っ張りだされた

   ような雰囲気をもっていたようにも思えたのである。

   およそ「暴力」は、如何なる場合においても 「絶対悪」である。

   容認される「暴力」はありえない。

   特にスポーツの世界においては、絶対的なものである。

   ただ、あらゆるスポーツの場において、「指導」の名のもとに 「暴力」が

   跋扈していたことも、疑うことの出来ない事実のようである。

   今回、様々な団体、組織の暴力実態が、露見してきていることからも

   明らかである。

   これを機に、スポーツのあり方そのものを見直すことが必要、とする気運が

   高まり、またそういう時期に来ていたという事でもあったのであろう。

   その流れ自体、賛意だが、その際1つ思うところを付記しておきたい。

   まず、今回の一連の騒動を、「体罰」という名で内包し、全ての

   体罰は「暴力」であり、したがってすべての体罰は否定すべき、という

   極端な流れになってきていることについてである。

   別に「体罰」を容認、肯定するわけではない。

   が、 一体体罰とは何なのか、 体罰はすべて暴力か 念のため再確認

   しておくことも無駄ではないように思うのである。

   1つの例として、たとえば 幼児教育(躾)において、時には「体罰」も

   必要という説がある。

   但し 頭や顔は論外、 叩くのはお尻だけ・・ というわけである。

   これも「躾」と「児童虐待」の境界がよく論争にまでなるところである。

   「指導」と「体罰」も同様、結構複雑にして、困難なテーマではある。

   要は、軽々に取り扱えるようなものではないシロモノであるという事である。

   ところが、今 

   全ての「体罰」は =暴力 の空気一色に 簡単になってしまった。

   そのことに少し戸惑いを感じるのである。

   そのことと「体罰」を肯定するというのとは別問題であるが・・。

   

   また、世の中の変わり身の早さにも少々違和感を覚える。

   メダル至上の風潮のなかで、メダリストだけを追い求めたマスコミ

   (我々自身も含めて)が、 一転 嘉納治五郎を持ち出し 「講道館柔道」

   との対比において昨今の柔道界の批判する。(この極端な論調!)

   柔道連盟も、監督の辞任によって収束・・という姿勢が見え隠れ・・・。

   こうした一連の流れは、この際、手っ取り速く、全ての「体罰」は悪(暴力)

   という空気に至り、そのモノサシを振りかざし、現場を厳しく「取り締まる」

   ことが、抜本改革の中身・・・となっていく。

   果してこれで一安心、一件落着なのか・・という戸惑いである。

   極端に流れる空気に対する違和感と それに伴い

   真に優秀で真摯、こころある指導者まで駆逐することがあってはならない。

   そのことが少し気になるのである。

   

   

   

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