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2013年3月

さくら伝説

           世の中に たえて桜のなかりせば

                   春のこころは  のぞけからまし

    周知の通り、古今和歌集 在原業平の歌である。

    意味するところは、

        世の中に 一切桜というものがなかったら

        春ものどかな気持ちで過ごせるだろうに・・・

                            と、 いったところであろう。

    これを、単に 桜をめでる歌 というに留めず、

    識者によっては、この世の哀歓、 栄華の末の滅び、 仏教的な無常観

    さらには、業平の美意識・人生観にまで拡げて論じられているところでもある。

    「渚の院にて、さくらをみてよめる」 とあるが、単に、桜見物での一興で・・

    という「軽さ」だけではなく、何がしかの「深み」を秘めたもの・・という感じはする。

    もしかしたら、「さくら」そのものに対する感受性が、現代人のそれよりも、

    もっと鋭く、深いものがあったのではないか、とふと思ったりするのである。

    一説によると、 「さくら」の 「さ」は 神を意味するという。

    「くら」は 馬の鞍、 座、 場所の意である。

    すなわち、 神のおわす場所(さくらの園)である。

    (現在の季節感 と少しズレがあるが・・)

    春の息吹の頃、神がやってこられる(降りてこられる)。

    人々は謹んで迎える。

    神を迎える季節、 これを皐月(さ・つき)という。

    「さ・くら」は満開にして神の座を設ける。

    酒(さ・け 気)を呑み、豊穣(神の恵み 早苗 さ・なえ)を祈り、感謝する。

    花見は、神と共に・・ の儀式でもある。

    やがて、すぐに神はお戻りになる。 人々は送る。

    「さ・くら」も、たちまちのうちに散り、またもとの世界に戻る。

    1年のうちほんの僅かの期間しか花を咲かせない桜に、昔の人々も、

    華やかなその影に潜む、神秘性、物語性を感じ取り、様々な「伝説」を

    残したのではないだろうか。

    業平の歌も、「桜」への想いを巡らせることで、また違った一面が

    浮かび上がるかもしれない。

    他愛のない夢想のうちに、今年もあっという間に、桜の季節が

    通り過ぎていく。

野球よもやま話

   中日ドラゴンズの往年の大投手 杉下 茂氏の話を聞く機会があった。

   現在88歳とかで、その壮健振りにまず驚愕した。

   今も公の場に出られることが多いのであろう、細かい数字(年号や野球データ)も

   よどみなく出てきて、若・壮年顔負け、全く年齢を感じさせない話振りは流石。

   さて、その話の内容であるが、やはりまず先頃の「侍ジャパン(WBC)」の話題から。

   氏は、 あのチーム力で、よく頑張って決勝リーグ(準決勝)まで進めたものだと

   まず 評価(!)。

   試合前の予想では、まず進めないと見ていた由。

   その理由として、技術面からは次の2つを挙げられた。

     打者の練習(打ち込み)不足。

       WBCのために早めに準備したくても、野球協定のため、自由に合同練習の

       日程が組めず、どうしても練習不足の状態のまま試合に臨むことになる。

       さらに、選手達は所属チームでは、主力として気兼ねなく、納得のいくまで

       たっぷりと時間を掛けて打ち込みができるが、合同練習ではそういうわけ

       にはいかない。何時もと勝手も違い、不完全燃焼に陥りやすい。

       明らかに練習(準備)不足が露呈。

       という うがった指摘もされた。

     投手は使用球の違いの影響

       昔、ボールは卵を持つように軽く握れと教えられたが、今は、高校から

       強く握って変化球を多投することが主流になってしまい、使用球の

       違いに、より影響を受け易くなっている。

         (変化球は強く握る方がキレのあるボールになる)

       投手というものは、元来 ボールの重さが1g違っても違和感を

       感じるほど敏感なものである。

       慣れるための投げ込みが必須だが、投手もその投げ込みが不足した。

       (逆に今回の代表投手は、ペナントレースに間に合わないという事が

        起りうる。それほど使用球の違いは微妙)

   

   さらに話は・・・

       入団当初のプロ(職業)野球の状況

       野球の神様 川上との対決

       プロ野球隆盛の諸は やはり長嶋の登場

       フォークボールの会得の経緯 その投げ方。

   と、続くが 内容は(略)。

   1つだけ、オールドフアンにも一寸興味のある話を付記。

      現在、ほとんどのプロ投手は、両指にボールを挟んで投げる

      球種を持ち、これを 「フォークボール」と称している。

      まあ、間違いではないだろうが、実は厳密にいえば、本来の

      フォークボールとは微妙に違うものなのである。

      本来の(本格的な)フォークボールを投げていた日本の投手は、

      氏の知る限り、3人だけという話である。、

      その3人とは、 野茂英雄 村田兆冶 佐々木主浩  である。

            

       

防災力

   過日、地元で懇意の「防災士」から、東日本被災地の実態や、

   身に降りかかるあらゆる災害に対する防災、減災について話を

   聞く機会があった。

      因みに「防災士」というのは、

        特定非営利法人 日本防災士機構認定の民間資格で、

        自助・互助・協働を原則として、防災の意識・知識・技能を

        持っていると認められた人。

        地域の防災意識啓発・防災力の向上に努め、災害発生時には

        避難誘導にあたる。 

        現在、防災士認定者数 約61000名。 防災士会 会員5400名

   彼は、東日本被災地にボランティア支援活動として何度も足を運んでいる。

   その体験レポート(日誌)を読ませてもらったが、「防災士」として、より過酷な

   場所、現場での作業が中心だけに、その生々しい実態、事実には

   圧倒される。

   改めて、震災・津波の残酷さを思い知ることになる。

   それらの体験をも踏まえた様々な防災についての話には、説得力もあり、

   考えさせられ、教えられる事が多々あった。

   特に彼の強調するところは、災害そのものの発生は阻止できないが、

   「減災」は可能であり、まず出来る事から1つ1つやる。という姿勢が肝要。

   たとえば、地域社会、身の回りをよく観察し、よく知る、ということから

   取組む。

   街の消火器は何処にあるか。公衆電話は・・。井戸 池等の有無。

   家の近くの電信柱の表記番号。「災害用伝言ダイヤルの番号(171)」

   交番・消防・公共施設・学校の所在。避難場所までの経路。

   これらを偶々知っていたかどうかで、生死の分かれ目になりうるのが

   「防災」「減災」である。 との由。

   なお、別途 「時折、どーんと家が震動することがある。地震かと思って

   テレビ等で確認しても地震情報がない場合がある・・・」という疑問には

   「恐らく空振(震)」と教えられた。

   火山活動等地殻変動による空気振動 や時には飛行機の影響から

   空気振動が生じることがあるらしい。

   日頃から不明な点を1つ1つ取り除いて、余計な不安やパニックに

   陥らないようにすることも、変なデマに惑わされることも少なくなり、

   重要な「防災力」の向上。 と付け加えられた。

        

         

教育と教養

   ある情報紙のコラムに一寸面白い話が載っていた。

   勝手に、その趣意を紹介させて頂く。

   教育と教養の話といっても、決して堅苦しいものではない。

   定年以降も元気に過ごすためには、「教育」と 「教養」が大事という

   話ではあるが・・・・。

    「教育(キョウイク)」とは

         「今日行くところがある」  という意味。

    「教養(キョウヨウ)」とは

         「今日は用事がある。 今日やるべき用事がある」  という意味。

   というオチがあり、 日々 目的があると 人は心に張りが生まれ、

   元気になる・・・ と続けられる。

   言外に、 逆にいえば・・・・ という事なのであろう。

   なるほど、 「キョウイク」と 「キョウヨウ」か!

   現役の若い人達には、今1つ ピンとこない話かと思うが、

   それなりの年配になると、この発想の妙味、ユーモアが じんわりと

   わかってくるものである。

   さらに言えば、 生涯学習などと 肩肘張ることもないが、 

   ホンモノの「教養」を目指す姿勢が加わればさらに生活に張りもあり、

   周りの先輩諸氏を見ていても、 何がしかの社会貢献をしうるモノを

   持ち合わせている人は、大概何時までも元気である。

   少しはそういう先達を見習いたいものである。

   

   

   

古都悠々

   「古都悠々」と、いかにも 正調 曰くありげな書き出しをしてしまったが、

   今回、「手抜き」というわけではないが、訪れた先の一部、「写真」を掲げる

   ことに留める。  (やはり「手抜き」ということかな・・・・)

     北野天満宮の梅

03100004       

03100003

      早春の東寺

  03110009                    03110010                       

      羅城(生)門跡

 03110008

      

      青蓮院の巨樹  

            03110001

            03110003

      

       東山花灯路の「祈り」

            03110006

   03110005     

東海道途中下車

   「京都在住の兄姉共々4人で両親の墓参り」 を兼ねて京都へ。

   末っ子の私が今年古稀なので、全員70代が何とか元気でそろい踏み。

   なんとも有難いことではある。

   さて、何分自由気侭な熟年男の一人旅である。

   今回は、少し趣向を凝らして、思いつくままの途中下車を試みた。

   東京日本橋とはいかないが、 新装なった東京駅からまず旅立ち。

   と、早速 静岡で途中下車。

   旨い「刺身」を食わせる店を知っていたので、そこに立ち寄る。

   「刺身」とくれば、勿論、熱燗2合ばかりの昼間の酒も旅の醍醐味。

   ほんのりしたところで、 旧東海道線で 浜松へ。

   浜松といえば、家康の浜松城。

   駅から歩けない距離でもないので、街の景観を探りながらの

   程よいぶらぶら散策。

   さて、「城」となると、東海道筋の著名な城は大概訪ねているが、

   1つ未知の城があったことを思い出した。  「大垣城」である。

   これはいい機会 「そうだ 大垣に 行こう!」 と 名古屋を通り過ごし、

   大垣へ。

   小振りな城だが、歴史的にも 重要な位置にあり、石田三成が居城して

   いたことからも、関ヶ原合戦の史実からも切り離せない城である。

   近くの郷土館にも立ち寄り、近辺の歴史風土を勉強させて頂いた。

   こうしてようやく 京都三条大橋(実際は京都駅)に到着。

   今回の趣向もまずまずの「成果」を得た。

   京都での「時間」は改めて・・・・。

   

   

過粉散々

   今年は花粉に加えて、黄砂、PM2.5 とかの影響が懸念されている。

   何分、空気中にまぎれるものだけに、拒絶、辞退もままならず、厄介である。

   ご他聞にもれず「花粉症」である。

   この季節になると、自由気侭な外出もままならず、どうしても 憂鬱、集中力

   低下は免れない。

   やる気はあるのだが、今1つ何かが欠ける・・・・。

   なんだか 今年 の 「侍ジャパン」

   さて、こういう時は 気分転換が必要。 蔑まされようとなんのその・・・。

   「笑い」の世界に浸るのも一法か。

   そこで 以下は私流 遊びの世界。

          荒城の月  作詞  土井晩翠

     勝手に  「花粉症 バージョン」

          

              春頃々の    鼻の炎

              巡る今年も   やってきて

              治療 手当の  かいもなし

              昔の姿      今いずこ

              症状今も    変わらねど

              なんとかしたい  この姿

              なおさんとてか  今も尚

              ああ 今生の   運のツキ

                                    合掌

 

 

       

情報社会の行く末

   新聞の読者投稿欄には、時折「ドキリ」とさせられる意見・指摘がある。

   国際社会や、政治経済について声高に論じるものではなく、それこそ日常の

   一寸した出来事に潜む違和感、苛立ちをストレートに訴えているもの。

   そんななかに、見過ごす事の出来ない、考え込ませるような類のものである。

   たとえば、ある日の投稿に次のようなものがあった。

   70代の女性からの投稿である。

   「ある日、電車のホームで身なりのきちっとした小学生の集団に出くわし、

   おもわず、皆さんどこの学校?と聞くと、互いに顔を見合わせ無言。

   又聞くと、 先生が言ってはいけないというから言わない。 知らない人には

   口をきくな ということらしい。 ふと心配になる。 この子たちは将来人間

   不信にならなければいいが・・・」という主旨のものであった。

   現状の教育現場には不案内であるが、恐らく子供達の安全防衛上の立場

   からはこのような教育方針が一般化しているのであろう。

   名札の廃止はすでに徹底されているらしく、校章を付けることも減少している由。

   確かに、昨今の世情のなか、子供達に、個々の事情に合わせて状況判断

   させるには無理があり、一律に 「知らない人に話掛けられても対応しない」 が、

   子供達の安全対策としては無難なのであろう。

   だが、この投稿者のがっかりした心情もよく解る。

   この子供達に対する感情ではなく、このような世の中に対する違和感、

   抵抗感、なのであろう。

   今、小・中学校では、個人情報保護法により、 「緊急連絡網」(紙ベース)を

   廃止し、当事者だけが知りえる携帯の電子メールで連絡し合うということを

   耳にしたことがある。

   又、病気見舞いのため 入院患者の所在を問い合わせても教えてもらえない

   ということもあるらしい。

   いつの間にか、知らないうちに それほどまでに「剣呑」?な世の中に

   なってしまった ということなのであろうか。

   そういえば、近辺までその波が押し寄せてきていた。

   地域住民で作っている会 で 毎年 会員名簿(紙ベース)を作成して

   いるのであるが、ある会員から 電話番号を削除してほしい、という

   申し出があった。

   「大昔に戻り、狼煙で連絡しあう」というのはジョークだが、いよいよ

   地域社会においても、個人情報自己防衛の時代到来である。

       果たして 人間社会の 進歩とは・・・・・・・。

       情報社会の行きつく先の世の中は・・・・・。

復興の歩み

   3月に入って、 2日、3日 と NHKで次のような番組があった。

      マイケル・サンデル 白熱教室。

        2日  「これからの復興の話」

        3日  「震災復興に果たす役割」

    2日は、仙台東北大学で、東北在住の人達による、文字通り 白熱した

         現状における復興状態についての実態討論。

    3日は、大企業経営者7名との、震災に対して企業の果たす役割、

         企業理念と役割の限界、 経営者としての哲学 等々であった。

   「3.11」から2年目をむかえ、 夫々 関心のあるテーマであり、

   様々考えさせられる 格好の番組であった。

   「復興の遅れ」に苛立たしさを覚えているところだが、

   被災地の現状や、被災者のナマの声を改めて聞くと 復興が一筋縄でいかない

   ことを思い知らされる。

   津波によって全てが押し流された地域をどう復興させるか。

   それは決して生易しい話ではない。

   そこには、魂の叫びともいえる葛藤と対立も生じる。

   単に、平和な状況で、公民館を作るか、図書館を作るか、といった

   次元の対立では決してない。

   この地で家族を亡くした人にとって、その場所を整地して、新しい住処を

   与えられたとしても、安穏と住む気にはならない。という魂の叫び。

   あるいは、逆に それだからこそこの土地を守りたい、安易にこの土地を

   離れるわけにはいかない。という魂の叫び。

   これらの声が真摯に飛び交うのが被災地の姿である。

   これらをどうまとめ、1つの方向にどう復興を進めていくか・・・。

   被災者、行政関係者たちの苦悩を改めて思い知るのである。

   こうした中で、 4日の新聞に 「復興予算執行状況」の記事が出ていた。

    (ニュースソースは、復興庁 衆院予算委員会理事会提出資料)

   それによると、たとえば

     被災地復旧公共事業

        4兆7千億の予算に対し、2兆3千億の執行(49.4%)に留まる。

        がれき処理がおもうように進まないことによるもの、としている。

     被災者支援 住宅再建補助金

        1320億円(33.2%)しか執行されていない。

        集落の移転がおもうように進展していないためとしている。

     放射能物質の除染

        1090億円(18.4%)の執行に留まる。

        これは、中間貯蔵施設や仮置き場の施設の場所が難航しているため。

        

   これらの進捗が捗らない一方で、

     被災地以外の全国防災対策費(復興予算)

         8900億円 と96%執行済み。

   と、被災地以外の事業のみが皮肉にも着々と進んでいる。

   因みに、全国防災対策費には、沖縄県内の国道整備や、関西地区の

   税務署耐震化など、復興とは直接関係ない事業が含まれており、

   これらの事業が、ほぼ予算通り執行されているのも現実である。

   我々は、この実態をどう捉え、どう考えればいいのだろうか。

   「国の対応が遅い」と言っているだけでは、なんら解決しない面もある。

   実態を知れば知るほど、なんとも悩ましい話である。     

      

   

   

梅ほころび

        梅は 咲いたか  櫻は まだかいな・・・。

           新しい年を 迎えたばかりと いうのに

           もう 今年も 3月・・・・  という感慨である。

           3月1日  くもり空

           久しぶりに 早朝の散歩に出る。

           近くの梅園の梅が綻んでいた。

           季節の移ろいとは 不思議なもので

           いつのまにか 今年も梅の季節である。

           ふと気がつけば  池の水も 周りの樹々も

           春の気配。

           3月・・・・  多くの出会いや 別れの季節でもある。

           そして 政治や 社会 企業・・・ が

           新しい世界に向けてうねり始める季節。 

           3・11 から2年

           肩肘張ることもないが、 足許を見つめ直す季節でもある。

           

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