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2013年5月

都会の景観

   科学技術分野の飛躍的進化は、万人の認めるところだが、

   それと比較するのも変だが、 「都会の景観」というのは、何故にこうも

   「退化」するのだろうか、というのが昨今の「憂い」の1つである。

   東京の片隅にひっそりと生息する身分で、大勢に影響あるわけではないが、

   そこはそれ、東京に限ってみても、「風景」としてはそれなりにあるが、

   「洗練された都会の美しさ」という事で思い興すのは、皇居前から丸の内界隈

   位になってしまった。

09010002                   噴水塔から 丸の内ビル街

09010028                  二重橋の上から 丸の内方面

   都会としての魅力という点ではまた別だが、 新宿、渋谷、六本木も

   都会の景観ということからは、見るべきものがない。

   たとえば、ビルの建築技術、新素材、都市工学、より洗練された芸術性、

   そしてなによりも 長年蓄積された、人間の叡智、経験等から、

   こうすればよりよい「景観」が得られる ということが「財産」として

   ある筈に違いないのだけれど・・・・。

   何故だか、現実は益々不統一で乱雑な都会の様相が生まれる。

   また、平成の世になってからも、その街の象徴、モニュメントになるような

   ものが生まれていないのではないか。

   精々、「スカイツリー」の風景くらいのものである。

     そういえば、今もなお

     銀座といえば    4丁目の服部時計(二幸)

     札幌といえば    時計台

     大阪といえば    道頓堀のかに道楽 か グリコの広告。

   今、それにとって代わろうとしている街の象徴は 

   各地の「ゆるキャラ」だそうである。

   オリンピックの招致も結構だが、それに引っ掛けて、誰か 「景観」を

   見直そうという声をあげる人はいないものかと、密かに期待している。

   

    

市民の声

   世間的にはすでに結果が出ているが、 私の中では 未だ未解決で

   結論を出せないままにある。

   東京都の道路計画の見直しを問う 小平市の「住民投票」の事に

   ついてである。

   周知の通り、結果は投票率 35.17%で、成立要件の50%に届かず、

   不成立になった。

   この事自体 ほぼ予想された事ではあるけれど・・・・。

   東京の、それも 限られた地域の話題だけに、その関心度も限定された

   ものだったかもしれないが、私なりに関心をもって見守っていた。

   もとより、小平市民でもなく、 傍観者的立場の域を超えたものではなかったが。

   偶々、今回の争点になっていた 公園隣接の雑木林、玉川上水遊歩道は

   時折 訪れる馴染みの地域でもあったので、住民運動の主張 --

   何故ここに道路が・・・  自然破壊  行政姿勢・・  云々については

   同調できるものではあった。

   他方、道路推進(賛成)の立場に立つ人達の論拠も、それなりに一理ある

   ものであった。

   およそ道路行政は、本来超長期を要するものであること、

   元々 道路建設なり、鉄道新設も、貫通してはじめて経済的、社会的効用が

   得られるもの、 その一部でも中断するところがあれば、機能減、不全という

   宿命がある。このため 多かれ少なかれ 政治的強制力が働くことになる。

   今回の市民運動には全く関係ないが、「住民エゴ」や 「ゴネ得」という事も

   生じやすい・・・・云々。

   まあ賛否夫々だが、現実の一面ではある。

   あれこれ考えれば考えるほど、事はそう簡単ではなくなってきた。

   大袈裟に言えば、 一体「政治とは何だろうか」 「民主主義とは」

   「市民運動のあり方」 「個人と共生について」 ・・・・・。

   今もなお 未解決 ・・・・ の所以である。

   今回、市民投票にまで持ち込んだ市民運動について、結果的には

   現状不成立となったが、様々な視点、課題を 世の中に投げ掛けたという

   点において、大きな意味を持つものであった。 とだけは言えるのでは

   ないだろうか。

   

      

お節介の話

   お節介な事とか お節介な人 という言い方がある。

   一般的には、「余計な世話をしたり、口出ししたりすること」という意味合いだが、

   この「節介」という言葉を追求すると、 これが結構「厄介」なのである。

   「語源由来辞典」によると、本来の意味は、

   「節操を守り、世俗に同調しないこと」 とある。

   今日の 「お節介」とは 相当離れた意味合いであり、辞典では 「当て字」では

   ないかとしている。

   ただ、節介の「介」は、介入の「介」であり、 出しゃばって 口出しする

   ニュアンスが、今日の「お節介」の意味に通じてきたのでは・・とも思われる。

   その「節介」という言葉も今では死語に近い。

   「節介」という言葉だけでは、意味が通りにくく、 「お〔御)」という接頭語を

   つけて、即ち 「お節介」ということで初めて1つの意味が生じることになる。

   「お節介」も、結構理屈っぽくて 侮れないのである。

   さらに、「お節介」 ついでに・・・・、

   接頭語 「お」を付けることで、全く意味合いが違ってくる言葉がある。

   「釈迦」に 「お」を付けると 「お釈迦」。

   「オシャカ」になる・・・ というのは 「台無しになる」という意味に変換する。

   元の「お釈迦さん」とは、全く関係のない 言葉が 出来上がる。

   何故、「オシャカ」が 「台無し」の意味になったのか・・・。

   一説によると  (大徳寺のお坊さんに直接聞いた話)

   仏像(仏師)から出た言葉だというのである。

   阿弥陀仏を彫っていて、手が滑って 仏像の指の輪が離れてしまい、

   釈迦像になってしまったことを 「お釈迦さん」になってしまった・・・

   「オシャカ」になった・・・ というわけである。

     (阿弥陀仏等は親指と一指し指で輪を作るが、釈迦像は離す)

   あくまで一説である。 他にも諸説あるらしい。

   とまあ 節介から オシャカの話。

   なんだか やはり 「お節介」な話デシタ。

端々の話

   以下は、「橋」に絡んだ ハ・ナ・シ である。

   人間、生まれ育ったところで身に付いた 「アクセント」は生涯

   変わることがないものらしい。

   東京に居住して、約「半世紀」近くなるが、アクセントは「関西〔京〕風」を

   引き摺っているようである。

   初対面の人から、「関西出身?」と 今も指摘されることがある。

   家人が東京生まれのため、家のなかでは、時折 「アクセント闘争!」

   まあ、他愛のない 平和な争いではあるが・・・。

   さて、因みに  ( 「箸」を持って 「橋」 の 「端」 を歩く )

   これを 声を出して読んでみるとよい。

   聞いているだけでも、 意味が通じる この微妙なアクセントの 繊細さは

   見事なものである。

   ところが、このアクセント、 天の差配か、東西で真逆!

   誰かの悪戯か、それとも ほんの遊び心か・・・。

   まあ、細かい事まで気にしない。

     「橋」をもって 「箸」の 「端」を歩く・・・・・と聞こえていても。

   別に悪口ではない。

   人間国宝・桂米朝師匠の 落語(まくら)で、聞いた話である。

   大阪の「橋」は、濁っているが、京の「橋」は濁らないという話である。

   全てに当てはまるわけではないが、

   たとえば 大阪では  心斎橋〔バシ) 京橋〔バシ) 日本橋〔バシ)

   これに対し京都は  三条大橋(ハシ) 五条大橋(ハシ) 渡月橋(キョウ)

   意識的に濁りを避けて命名したかどうかは定かではないが、

   これを京都人の「雅」と みるか、「いやみ」とみるかは 人様々である。

   どちらにしろ、他愛のない 「橋」に纏わる話である。

   某曰く  「橋」には 「結界」のイメージがある。

         そこから様々な物語が生まれる。

         橋は、生と死の 舞台。

   大江戸日本橋   近景

Dsc00040                橋の上    悪名高き 高速道路

Dsc00041                橋の下  「 川は流れる 」

  Dsc00042               橋上からの眺め   (三越本店) 

        

ダ・ヴィンチの愛読書

   東京都美術館で開催中の「レオナルド・ダ・ヴィンチ展 天才の肖像」 は

   内容の濃い美術展であった。

   ダ・ヴィンチといえば、「モナリザ」 や 「最後の審判」 などで

   画家としての名声が抜きん出ているが、周知の通り、その博識、探求の

   分野は、科学、工学、医学 等々 多岐に渡り、「万能人」 「超人」として

   歴史上でも 稀有の存在を誇っている。

   今回は、アンブロジアーナ〔ミラノ〕図書館・絵画館の所蔵作品展で、

   有名な絵画は、「音楽家の肖像」〔今回の目玉)くらいだが、 

   「アトランティコ手稿」が見応えのあるものであった。

   ダ・ヴィンチの生涯をかけた習作メモ帳のようなもので、全体では

   13000ページほどの膨大なものを残したようである。

     ( といっても、ラテン語等読めるわけでもなく、ただ眺めていただけである。

      ダ・ヴィンチは 全て 「鏡文字〔反転)」でメモしていた由)

    各分野の研究者にとっては、貴重な資料でもある。

    展示の項目は次の通りであった。

          古典 絵画 人物のデッサン

          光学 幾何学

          建築

          兵法

          機械 装置のデッサン

          人体飛行に関する研究    等

    項目だけ羅列しても、その「万能」振りが覗われる。

    私なりに特に興味を持ったのが、

    「レオナルドの蔵書目録」 と 愛読書 である。

        「ユークリッド原論」〔ルカ・ハチョーリ )とか

        マルコポーロの 「東方見聞録」 等に加えて

        「イソップの生涯と寓話」〔1491年ミラノ刊)が目を引いた。

    ダ・ヴィンチも イソップの寓話に関心を持ち、読んでいたと思うと

    なんだか楽しくなってくるではないか。

    時空を超えた接点を発見したような思いであった。

    イソップの寓話といえば、

          アリ と キリギリス

          うさぎ と かめ

          北風 と 太陽

     等々 今も誰もが知る「寓話」であるが、 

     このイソップの人物、その生涯については、案外知られていないのでは

     ないか。

     私も全く不案内であったが、今回 ダ・ヴィンチに触発?されて、

     「初めて知る事 多々なり」 を味わった。

     とりあえず、人名事典風に基本を押さえておくと、

         アイリポス (英語読みでイソップ)

         紀元前 619年 小アジアに生まれ、564年没

             古代イタリアの寓話作家 

         一説によれば、サモスの市民、イアトモンの奴隷であった。

                                 と、いったところか。

    まず、紀元前600年頃といえば、日本では弥生の前、縄文の晩期と

    いった頃である。 今も残る「寓話」の原点がその頃に生まれていた

    ことには改めて驚く。

    数々の寓話も イソップ1人による創作ではなく、恐らく各地域で

    伝承の「昔話」などがベースになっていたのであろうが、

    それにしても、「イソップ寓話」として、21世紀の今日まで、

    広範囲に引き継がれている事自体、「文化遺産」の最高峰の1つ

    といってもいいのではないだろうか。

    奇しくも、ダ・ヴィンチと イソップ、或る意味において、人類が得た

    2つの巨峰といえなくもない。

    偶々、ダ・ヴィンチの愛読書のなかに、「イソップ寓話」があるのを

    知った事も、この美術展 鑑賞の余禄であった。

    

    

内弁慶日本

    与野党どちらの立場に組するわけではないが、

    今回の川口順子参院環境委員長の解任は不可解。

    実情をよく知るわけではないが、 素人目にも、なんだか変な事が

    良識の府で生じた と写る。

    1日羽根を伸ばすため滞在を延長したというのなら論外だし、国会軽視と

    弾劾されてもやむをえない。

    要人と会うためというのが事実なら、議連が許可すれば済む話。

    環境委員会も 委員長代理が代わってやればいいだけの話ではないか。

    この程度の事態なら学級会や町内会でもなんなく対処する事柄。

    後日、本人の「ご迷惑をお掛けしました」の一言で終わる話だが・・、

    どうも〔解任まで進む)政治の世界はようわからん。

    「国会軽視」というのが曲者。

    そもそも我が国には、官民共々、肩書き〔責任)のない者は、むやみに

    外部と接触するなという暗黙の風土がある。

    外部との会合より、内部の会議を重視する、という空気でもある。

    いわゆる 「内向きスタイル」の価値観というやつである。

    今回の件も、なんとなく その「匂い」が底辺から漂う。

    外務省のデータで、面白い数字がある。

    日本の閣僚の他国閣僚訪問回数と 他国からの閣僚訪問回数の

    比較データである 〔2005年以降)

           カナダ         2   -   20

           メキシコ       10   -   35

           ブラジル       11   -   23

           オーストラリア    22   -   73

           インド         30   -   39

           ニュージランド     1   -   33

     米国(除外)は別格として、対等交流は近年なにかと注目が

     高まるインド位のもの、他の国はほとんど訪問を受け入れる立場が

     歴然である。

     しかも、日本の閣僚の外遊は連休か夏休みの「一斉外遊」が

     相当のウエイトを占めているのではないだろうか。

     外遊〔交流)がイコール 国益に結び付くかどうかは別にして、

     やはり我が国議員の内弁慶体質の面目躍如。

     日頃、如何に 「国会を重視」されているかの証でもアリマス。

     これがまた 「国益」に結び付いているのかどうかは別問題。

 

 

    

    

苦言〔付言)

      余計なお世話と知りつつ、苦言〔付言)を1つ。

      政治の風向きや 立場でのあれこれではない。

      例の 国民栄誉賞授賞式での首相のパフォーマンスについてである。

      身内では評判がよかったとの由だが、

      私の「感性」 では、 一刀両断!

      あくまで受賞者がメインであり、受賞者にスポットがあたるよう

      立ち振る舞うのが、贈る方の「節度」。 というのが私なりの「モノサシ」。

      そのための演出も、上着を脱いで審判を買って出る、程度が

       精々で、それこそがスマートな大人の「パフォーマンス」

       受賞者と一緒のユニフォーム姿になって 審判?

      こういうのを関西では 「いちびり」という。

      全国的には 「便乗・・」 とか 「あやかり・・」 とかいうらしい。

 

      株価が示すように、予期以上の気運高々とお見受けする。

      意気軒昂 はやる気持ちもよく解る。

      この際、あらゆる手筈に、一気呵成の行動原理が勝るのも

      手にとるように理解できる。

      今回の企画も、こうした気運を背景として、恐らく 本人というより

      後に控える広報担当の某氏あたりからの発案であろう。

      掃き集められた枯葉(票)も、風向きが変われば舞い散るの

      たとえあり。

      パフォーマンスで得られる 支持率効果なんて

      いいではありませんか。

      国民はいつの時代も、重厚で品格ある政治を期待しているもの。

          どうか ご自愛のうえ ご自重を。

栄光と挫折

               野球というスポーツは人生そのもの

               失意と得意  成功と失敗が常に背中合わせ

               勝者が笑う陰には  つねに敗者がいる

               栄光のかげに 数知れぬ挫折がある。

                             -- 長嶋 茂雄 --

   今回の 長嶋 松井 (国民栄誉賞) の両人には、 多くの人達から

   祝福されるだけの 「徳」というか 「華」 がある。

   勿論、資質 能力 実績があっての 受賞である。

   数字(記録)だけなら、ふたりを上回る 候補者もいるにちがいない。

   されど・・・・・ というモノが彼らにはあるということなのであろう。

   同じような資質 能力を持っていても 「場」に恵まれない悲運ということも

   ありえる。

   やはり 資質 能力が 花開く 「時節」 「場」 というものがある。

   野次馬的にみれば、 「巨人」の長嶋、 「巨人」の松井 夫々一対で

   フアンを熱狂させる「絵」が出来上がる というところもある。

   今回のセレモニーも なにげに自然のうちに 「巨人色」

   (そういえば グランドには広島ナインも整列していました!)

   ついでに広島関連で言及すれば、早くに広島の衣笠が国民栄誉賞を

   受賞している。

   その頃は、この賞の趣意に沿った純粋な選出と感じられたが、

   昨今、やや選ぶ側の思惑がちらほら・・・・ と思うのは考え過ぎか。

   勿論、選ばれた側には全く関係のない話である。

   

   或る舞台関係者の言葉であるが

     「演技が旨いだけでは主役を張れないし、続けることも出来ない。

      上手い役者だったら端役のなかにもごろごろ居る。

      主役を張るということは、演技プラス、観客を魅了する なにか を

      もっているかどうかである」

   またある経営者の人物選びの1つは、「愛嬌があるかどうか」。

   ピッタリではないにしても、これらの話と長嶋、松井には どこかで

   共通する面がある。

   さて、今回の国民栄誉賞セレモニーをニュースで何度も見ていた折に、

   ふとあることが頭を過ぎった。

   キャッチコピー的にいえば、

     「君は 難波昭次郎 を覚えているか」  である。

   今、「難波昭次郎」といっても ほとんど知っている人はいないであろう。

   彼は、大学時代(関西大学) 7本のホームランを打ち、東の長嶋(8本)、

   西の難波 といわれた 大学野球の花形スラッガーであった。

   〔因みに、関大時代の投手は元阪神の村山 関大の黄金時代)

   卒業後,当然のようにプロの世界へ。 縁あって巨人入団が決まる。

   ところがである。ここから驚くようなドラマが始まる。

   南海にほぼ行くことになっていた長嶋が ある事情から急拠 巨人入団と

   なってしまった。

   運命のいたずらか、同じ年に、同じポジション〔三塁手)の二人が同じ球団に

   入るということになってしまった。

   結果は明らか、ライバルはあの長嶋である。 難波はあえなく敗北し、

   結局5年でプロ野球を去ることになる。

   皮肉なことに 通算本塁打は7本であった。

   スポーツの世界に 「もし」はありえないが、もし難波が 他球団に行って

   いれば、名を残す選手になっていたと誰もが評する逸材ではあった。

   人生の哀歓。 めぐり合わせ である。

   ただ、彼も、引退後、音楽業界で一定の仕事をやり遂げている。

   人間の幸、不幸は 誰も 決め付けられることは出来ない。

   彼のこれら数奇な足跡については、沢木耕太郎が 「取れざる者たち」の

   なかで、「3人の三塁手」 として 詳しくまとめている。

   3人とは、長嶋、難波、そして土屋の3人である。

   土屋も同年、将来を嘱望されて巨人に入団した逸材であった。

   難波と同様、ポジションが「三塁手」であり、同じ運命を辿った。

   高校時代は、廻りから東大に行くと思われていたほどの秀才だった由。

   他球団で一時活躍したこともあるが、常に「こんな筈では・・・」という気持ちを

   引き摺り、後年は悲惨な生活だったようである。

   これらの人生のめぐり合わせは、勿論 長嶋だって その戦場で戦っている

   戦士の1人である。

   だからこそ 勝利の歓びも 敗北の哀しみも 人一倍知っているに違いない。

   それらの集大成が  「成功と挫折」の 言葉である。

   長嶋も 松井だって、 それらの人生の哀歓を弁えているからこその

   ある種の「優しさ」 「誠実さ」が あるのだろう。

   そのことが、なによりも 「国民栄誉賞」を 多くの人達から祝福される

   要因ではないだろうか。

   ふたりのニュースを見ながら、そんなことを想い巡らせていた。

   

      

  

駿馬疾走

     5月5日 こどもの日    NHKマイルカップ  於  東京府中競馬場

Dsc00033   

          Dsc00034

    今まで競馬レース観戦はおろか、馬券も買ったことのない私が、

    東京競馬場の喧騒のなかに居る。

    雲1つない晴天に誘われた所為か、はたまた あふれ出る好奇心・

    フットワークの発露か。 珍しい事に相成った。

    といっても、「競馬」をやるために来たわけではない。

    そもそも、出走馬名も、騎手も、馬券の買い方もよく知らない。

    邪道と言われようと、この晴天下、疾走する馬を一寸見るのも

    悪くないと思っただけである。

    それでも私にとっては、 この日 東京ドームで行われるセレモニーと

    同じくらい、記憶に残る日になった。

    実を言うと、レースのない、したがってスタンドには誰もいない静まり

    かえった競馬場を、2~3度経験している。

    そんな折に、大観衆の前で疾走する馬を 一度見てみたいという思いが

    いつのまにか底辺に生まれていたのかもしれない。

    想像に違わず、なるほど 疾走する馬には、ある種の「興奮」を

    引き起こす要素があるようだ。

    地鳴りのような大観衆の嬌声の前を、ゴールを目指して走り抜ける馬群には、

    特に馬券を握り締めて見守る人達にとっては、堪えられない魔力でも

    あるのだろう。

    途中、場内にある日本庭園で、飲み物を片手に一休み。

    そのあと、折角の機会と、場内を一通り見て廻る。

    大半の群集が新聞片手に、真剣な眼差し。 人間観察の場としても

    なかなかのものである。

    立派な管理職風のおじさんが、新聞紙を敷いた地面に座り込んで、

    黙考なんて図は、ここならではのモノ。

    入場料200円で、数時間たっぷりと楽しませてもらった「こどもの日」。

    これもまた この世の1ページ。勉強にもなりました。

    

    

    

    

    

    

        

曇天好日

             飛び石連休の 或る1日。

             「今、ハワイに 来ています」

                ・・・・・・・ という 人も多いことだろう。

    私はといえば・・・・

    相変わらず、家の近隣を散策する程度。  程にあった日々である。

    強がるわけでなく、まあ歳の所為なのか、人様の動向に 身が乱れ、

    比しておのれを嘆く、 という心模様は 薄くなってきた。

         ひとは ひと  我は我なり  我が道をゆく。

    と言えば、 少々格好を付けた 「いやみ」 だが、

    我は我 というのは 身に付いた。

    一方的に、これを善し、としているわけではない。

    やはり、人間 幾つになっても、「負けてたまるか」 の競争心は

    持ち続けよ・・・・という助言には 今も耳が痛い。

    されどまあ、程ほどの「枯れ具合」といったところか。

    さて 或る朝も、 早朝散歩 約5千歩。

    小さな池から、公園の森と いつもの 贅沢な散歩コースである。

    曇天なので、午前中は 家に留まることにする。

    パソコンを閉じたあと、 思いつくままに短編小説を2つばかり。

          村上 春樹    「トニー滝谷」

          田久保英夫   「二人静」

    村上春樹の「長編」は まだどれも読んだことがない。

    今回の喧騒も 傍観。 

    まあそのうちに手にすることがあるかもしれないが・・・。

    「トニー滝谷」は、 あの 「トニー谷」とは関係ない。ユーモア小説でもない。

    ごちらかといえば、静謐で ほろ苦い内容。

    この原作で 映画( 宮沢りえ) が製作されていたことを読後知った。

    田久保英夫の方は、文字通り 玄人作家の 短編らしい渋い短編。

    午後から、 庭 (といっても 狭い地面の隙間)の 草むしり。

    それでも、 大きなビニール袋一杯の重労働。

    日頃の 労働不足が堪える。

    出かける気にもならず、昔のカセットテープ(録画)を引っ張り出し、

    シルクロードの探検記録(椎名誠)を見る。

    敦煌から 楼蘭

    特に、消えた砂漠の都市国家、楼蘭の 荒涼たる今の姿は

    何度見ても胸をうつ。

    生前の井上靖も画面に出てくる。

    氏の「敦煌」を読み直したくなってきた。

    さて、 夕刻 早めに風呂に入り、さっぱりしたところで、

    夕食までの時間、我が部屋で ウイスキーのロックをやり始める。

    つまみはいつもの チーズとピーナツのみ。

    新聞、軽い雑誌を片手に マイペース。

    7時頃から 初老! の夫婦ふたりだけの夕食。

        かくして   今日も 1日

        何事もなく 過ぎていく・・・・・・。

        ひとは ひと  我は我なり  わが道をいく

    人生  曇天の日も  それなりに  好日なり。

    

    

   

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