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2013年9月

気侭なメモ

    ある日の新聞より

       消費税増税は、社会保障改革策との「一体改革」であった由。

       さてその結果は如何?  ひとまず一安心? それとも誠に遺憾?

       増税はいいが、無駄使いの「サガ」が生き返るという懸念。

       来年度予算の概算要求で7万人の待機児童解消として

       5千億円要求。

       解消は切実だが、1人700万円を掛けてこどもを保育園に行かせる

       計算になる。これが妥当かどうかという提言あり。

       幾ら掛かっても解消すべきという考えも勿論ある。

       問題は、もっと効率的な方法はないものかと考えようとしてきた風土が

       どうなるかということ。

       短歌は 自我の表現、 和歌は 共通の美意識に和するもの、

       との由。

       1つ教えられた。

       次期駐日大使は、キャロライン・ケネディさん(政治・法曹面で特段の

       実績なし)で大丈夫?という説。

       問題山積の折、米国大使は象徴的存在だけでは勤まらないとの由。

       まあ、頑張ってもらうしかない。

       10月から、厚生年金。国民年金額が、1年半かけて、2.5%

       引き下げられる。物価スライドの特例措置解消との由。

       足許では、 デフレ解消策、 増税・・・なのに、

       日本のお家芸・・・・・ 「時間差攻撃」

       「おもてなし」が 流行語になっている由。

       大切なことは、受ける側との関係のなかで、「おもてなし」が

       より生きてくると言う事。

       受ける側が傍若無人では 片手落ち。

       何事も この世のすべて 「お互い様」。

       東京での国体(スポーツ祭東京)が始まった。54年ぶりとの由。

       国体では 「炬火」(オリンピックの聖火)というのを初めて知った。

       また、正式種目以外にも、PRを兼ねて数多くの競技が行われる

       ことも初めて知った(お祭りの所以か)。

        (余談:ある競技に家人も選手として試合に出ることになった。

         これも果たして「国体選手」と呼べるのかどうか???)

      

    

       

       

言っておきたい言

   あと数日も待てば、消費税増税について明確な答えがでることになるが、

   あえてこのタイミングで、思うところを記しておくのも刺激的で一興。

   個人的には、長期トレンドとして、10%程度の増税は織り込み済み。

   といっても、積極的賛成ではなく いわゆる「やむなし派」。

   この派の立場から、一言言っておきたい事は、今回増税を選択するのであれば、

   是非確認しておきたいことがある。

   いわゆる「アベノミクス」と「消費税増税」の整合性についてである。

   この点について、納得のいく「説明責任」を果たして欲しいという一点。

   単純化すれば、「アベノミクス」というのは、三本の矢に示される如く、結局、

   最終的目標は、経済を立て直す(結果として税収増)ということではないか。

   ようやく3本目の矢が放された?ところである。

   勿論、成果には時間を要することは織り込み済みである。

   さて、ここで、その「アベノミクス」と「消費税増税」をどう整合化させるのかという

   事である。

   平たく言えば、今この時点で増税ということであれば、

   我々は「アベノミクス」をどう捕らえればいいのだろうか。

   経済成長に自信がないのか。それとも財政問題は、最早「想定外」の

   「焼け石に水」状態。少々の経済上向きではどうにもならない・・・。

   それならそれでしっかりホンネを聞きたいのである。

   ・・・・・

   増税問題、結論よりも、説明内容に関心を持っている!

   さて、余計な事ながら、積極的増税賛成論者から、次のような論を

   聞くことがある。

   法人税は、国際情勢との兼ね合いで、高すぎると企業が海外に逃げ出し

   結局減収を招きかねない、というもの。

   実態として、正しい見解ではあるが、だから「消費税」でという論理は、

   それって「取れるところから取る」と言う事?と突っ込みを入れたくなる。

   一般庶民は、税金対策で海外移住なんて出来ませんから・・・・。

      

   

   

   

静寂の時

        ある初秋の昼下がり 都会の静寂を求めて・・・・・。

Dsc00106

        全長200メートルはあるかと思われる 「ばら園」

        何十とあるベンチが並んでいる。

        このベンチが、薔薇の盛りには 人、人、人 で埋まる。

        今、薔薇の代わりに、 静寂が待ってくれている。

        どうぞ、好きなところに座って目の前に拡がる空間を

        お楽しみ下さいと・・・・・。

        ぼんやりと秋風に吹かれて 静かな時を過ごす。

        ほとんど 貸切状態の空間に、饒舌な言葉は不要である。

Dsc00108                     (後方 大温室)

Dsc00109                     ( バラ園の 全容)

Dsc00091                       ( カリヨン )

         時節、折々に 夫々のよさがあるものである。

         又、薔薇の季節にも 訪れることにしよう・・・・・。

                

不可解な領域

   世の万人から疑う余地なき評価を受け、賞賛の結果、その分野では

   1つの 「権威」にまでに達している 人物なり作品がある。

   それらの多くは、確かに「なるほど」と、驚嘆するものばかりである。

   唯、なかには、自分の鑑識眼を棚に上げて言うわけではないが、

   どうしても波長が合わず、何故それほどまでに評価が?と訝り、

   そのよさがわからないままのものがある。

   私の場合、たとえば、絵画の世界では 「ピカソ」。

   その独創性、創造力は、充分名声に値するものであり、身近に観ることの

   できる 「腕を組んで座るサルダンバンク」などは、その色調の調和、

   何気ない1本の線の迫力など、何度観ても飽きない作品ではある。

 P02072                (東京 ブリヂストン美術館 所蔵)

   私にとって問題は、ピカソのセラミック、リトグラフの作品群である。

   専門家の解説などで、そういうものかと知識は得たとしても、やはりこころに

   響かないままである。そのよさが未だによく解らない。

    Picture_image_2679   

        (余計な事ながら、この作品 230万円の値がついている)   

 

   音楽の世界では 「ビートルズ」。

   「ビートルズ世代」という言葉も生まれた。

   ビートルズによって、人生観が変わった、という人もいる。

   ビートルズの音楽が解らない人に、音楽を語って欲しくないとまで

   言われた時期があった。

   でも・・・ 私には未だにこの「ビートルズ」のよさがよく解らない。

   よほど 歯車がかみ合わなかったのであろう。

   それよりも、 たとえば若い頃に観た 「映画音楽」 などがラジオから

   流れている方が、じっと聞き入ってしまう。

   その頃の姿とオーバラップして、こころに沁みるのであろうか。

   さて、文学(小説)の世界では、現役のノーベル賞作家 「大江健三郎」

   どうも馴染めないというか、苦手な作家のひとり。

   しみじみとした「喜怒哀楽の感動」や、揺さぶられる「躍動感・ストーリー性」

   もなく、どちらかといえば、精緻に練りに練った文章の「学術書」を

   読んでいるように感じてしまうのである。

   未だ、氏の作品の凄さが解っていないということであろうか。

   

   3つの分野の「権威」に触れたが、ここでもう1つ 馴染めなくなった「権威」を

   思い出した。

   ここ4~5年の、芥川賞、直木賞の作品群である。

   全ての作品とは言わないが、世相の特異な断面、奇抜さに走リ過ぎた

   作品ばかりで、いわゆる「普遍性」が乏しくなったように感じる。

   ピントが合わないと、数ページ読んで、頓挫した作品がある。

   現代小説が、世相を反映したものであるとするならば、

   世の中が、特異な世相になってきているのか・・・。

   あるいは当方が、その時代に乗り遅れているだけなのか。

   あるいはまた、単に歳を経て感性が錆びてきているだけなのか。

   「真実」はどのあたりにあるのであろうか・・・・・・・・。

     

「オリンピック」と「消費税」

   「オリンピック」と「消費税」 この2つ並べてみても、一見なんの関係も

   なさそうにみえる。

   しいて共通点を挙げれば、「早晩答えがはっきりする」ということか。

   実はこの2つ、底辺で微妙に繋がっていたりするのである。

   信じるか、信じないかは 人夫々。

   果たしてオリンピックは東京に決まるのか。 消費税は増税で決まりか・・・。

   予想は避けて、「興味深く見守る」という大人の対応。

   ここで取り上げる関心の的は、「予想」ではなく、2つの「関連」である。

   以下は、1つのシナリオ(あくまでフイクション)である。

     笹子トンネル事故の発生は、或る公的機関を震撼させた。

     「やはり発生してしまったか」という苦悩の呻きである。

     首都圏近郊のインフラは、老朽化、未整備化、が進行しており、

     一部の人たちの間での危機意識は以前より渦巻いていた。

     首都高、幹線道路、橋梁等のインフラは、その老朽化の

     実態を知れば知るほど、不安が高まる領域に入っていた。

     東日本災害の後も、国、地方自治とも、市民に防災を呼び掛けて

     いるが、実は最も防災整備が遅れているのが、国。地方行政という

     皮肉な実態がある。

     もし、現状で首都圏に直下型地震が発生すれば、悲惨なことになる。

     関係者はその実態が解ってはいるのである。

     何故、対応が思うように進まないのか。

     その理由を1言でいえば、右肩上がりの経済成長の頓挫である。

     全ての目算が狂ってしまった。

     インフラ拡充、メンテナンス 等 従来 見積もり通り付いていた

     予算がいつのまにか「公共事業(投資)」が 「悪者」扱いされるまでに

     なってきた。

     そのしわ寄せが「メンテナンス」部門にもろに押し寄せた。

     という経緯である。

     これらの実態をなんとかしなくては、ということから、空気一掃の

     「切り札」として浮かび上がってきたのが、「オリンピック誘致」である。

     昭和39年の東京オリンピックで、東京は生まれ変わるような変貌を

     遂げた。

     「夢をもう一度」というわけである。

     「オリンピック成功のため」、という名目がなによりの起爆剤と

     いうことは経験済みである。

     勿論、オリンピック誘致だけでは、財源的に片手落ち、「消費税」を

     オリンピックに絡ませて抵抗を弱めるというシナリオ。

     昨年、増税は4~6月の景況を見た上でできるだけ速めに決定という

     ニュアンスだったが、結局9月末~10月初ということになったが、

     一部の人たちの間では当初から折込済み、

     9月オリンピック誘致の結果を見てからというのは当然の流れ。

     東京に決まれば、お祭りムードのなかで増税決定。

     極めて分かり易いシナリオ。消費税10%まで既定路線となる。

     消費税は100%社会福祉に使うというのは建前。

     本来予算執行のチェックは政治家の重要な職務であるが、

     はたして自身にその自覚があるかどうか、考えれば自明。

     等々からなんとか「オリンピック」と「消費税」は繋がった。

     果たしてこのシナリオ(フイクション)、どこまで信じられるか、

     それとも全く信じられないか。それは 人夫々である。

     

     

  

     

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