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2013年10月

秋空に誘われて

             すっかり 雨の上がった 翌朝

             空は 「オータム・ブルー」

             こんな秋の日は・・・

                撮っておいた録画も

                読みかけの、ミステリー風 小説も

                しばし 忘れて

             少し、遠出をしてみよう。

             今もなお、なんとか 足腰はいうことを聞いてくれる。

             「エコ自力車(自転車)」を駆使して、どこにでも出かける。

             有難いことである。

              感謝の気持ちを忘れてはいけない。

   

    ということで、今朝は 「多摩湖・狭山公園」までの 自転車の旅。

    以下は、その 小さな、小さな 半日ばかりの旅の、数葉である。

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   朝、8時過ぎに自宅スタート。 丁度昼12時頃に戻る。

   歩数計 約12000歩  本日も晴天  心身爽快なり。

    

 

ある確率

    今年のプロ野球ドラフト会議も終った。

    当事者、関係者にとっては、「運命の日」。

    ただ正直、誰がどの球団にいくかどうか・・・あまり関心もない。

    それよりも、 ドラフトに纏わる ある新聞記事に興味を持った。

    それによると こうである。

       たとえば

         2008年(5年前)のドラフト会議で、 各球団から 1位指名を

         受けて入団した 12選手のうち、 今年それなりに1軍で

         活躍したのは、2選手だけだった、 とのことである。

            12選手のうち

               2選手は すでに戦力外。

               投手7名。 全員今年 勝ち星 セーブ 実績ゼロ。

    プロ(スカウト)の目で、厳選し、(恐らく)多額の契約金等をつぎ込んだ。

    「1位指名」の選手ですら このような状況(確率)である。

    逆に言えば、如何に過酷で、競争の厳しい世界であるか、という

    ことでもある。

    プロ野球経営も、 「ベンチャービジネス」

    選手達だけでなく、 経営者も 勝負勘・勝ち運を 試される。

    

    

渡月橋の風景

             「天竜寺の門前を左に折れれば、釈迦堂で

             右へ曲がれば渡月橋である。

             京は 所(ところ)の名さえ 美しい 」

                       ( 夏目漱石 「虞美人草」 より )

   京都・嵐山渡月橋 の「景観」は、 風光明媚を絵に描いたような

   正統的な「美」である。 完成された美しさとも言える。

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   さて、すでに旧聞ではあるが、この嵐山も、9月16日 台風18号によって

   大きな被害を蒙った。

   テレビ画面を通してだけではあったが、もの心付いて以来、

   渡月橋に、激流がおし寄せる様を見るのは初めてであった。

   「天災は忘れた頃にやってくる」は、寺田寅彦の言だが、

   近年、なんだか 天災も休むことを忘れたかのようである。

   多種多様の災害が、次々と日本列島を襲うかの如き様相にある。

   過大、かつ曖昧な風評に左右されるつもりはないが、

   やはり、それなりの「防災」対応の必要性は考えさせられる。

   まあ、嵐山は、その後元の景観を取り戻したとのことで一安心である。

   ある識者の受け売りであるが、

   この「渡月橋」 全景としてみると、単純にして素朴、ただ一本の

   直線の橋である。

   特別に大掛かりで目立つ装飾もなく、高さも人の背丈よりも低く統一されて

   いる。

   周りの風景との調和からは、この「仕様」しかありえない、というほどの

   完璧さ。これが日本の伝統的美意識、というのである。

     (確かにここには、たとえば錦帯橋や背丈の高い橋は似合わない)

   将来、改修等の場合、防災面や近代的合理性だけ考慮するような

   役所仕事は御免蒙る。という趣旨であった。

   全く同感である。

   因みに、現在の橋は 昭和7年の災害で橋が半分崩壊し、作りなおされた

   のが今の橋とのことである。

   さらに 歴史を遡ると、

   今も渡月橋を渡ったところにある、「法輪寺」が建立された時、

   参拝者の為に橋を架けた(それまでは渡し舟)のが、渡月橋の

   起源といわれている。

   法輪寺は、地元の人達には、「十三まいり」でよく知られている。

   帰路、「渡月橋」を渡る際、うしろを振り返ってはいけないという

   言い伝えがある、

   今も、そのことだけが記憶にある。

   「渡月橋」に纏わる 思いつくままの話である。

   

      

   

無理筋(付記)

   このブログで、

   官房長官の  「総理は私人として伊勢神宮に参拝」 の談話を 「無理筋」と

   論じたが、

   これも1つの公私のけじめのつけ方、 と解釈すれば、取り立ててアレコレ

   言うまでもあるまい、と 考えを改めた。

   と言っても、 所詮 総理が参拝したことには変わりなく、

   一方で、その総理が参拝することが左程の重大問題とも感じないのは

   従来通りである。

   この 「私人」という言葉。 意味としては、 

   公的な地位、立場を離れた一個人としての立場。

   法律的には、公(公務員等)の職業に従事している人以外のひとを総称して

   私人と表すようである。

   別段、難しい言葉でもないが、これが 「総理が私人として・・・」という場合、

   結構悩ましい問題が残るのではないだろうか。

   総理といえども、当然私的生活があり、それこそ 公私のけじめとして、

   「個人的・私的」な立場で時間を有することはあって然るべきである。

   唯、総理の場合、通常 如何なる場合においても、たとえば、私的な

   ゴルフ、 懇親の場であっても、 常に公としての総理の職務(責務)が

   ついて廻る。と考えるのが常識的ではないだろうか。

   総理(公人)は、 1日24時間如何なる場合においても、総理は総理。

   という考え方である。

   もし純粋に 「私人」として、一旦「公人」の立場を離脱ということであれば、

   厳密にいえば、その間、 総理不在。ということになり、 その都度、

   代理任命を要する、ということになる。

   なんだか理屈っぽい話になったが、

   こういうふうに考えていくと、話を戻して官房長官の 「私人参拝」。

   一寸考えさせられてしまったという次第。

   なんだか、一定のけじめをつけるための「建前論」にすぎないのではないか。

   というのが 「無理筋」の背景にある。

   一方で、「公人」としての参拝は「否」 「私人」なら 「まあ容認」とする

   立場の見解も、やはり「建前」さえよければ・・・

   というふうに感じてしまうのである。

   まあ これら全てある種の「けじめのつけ方」なのであろうか。

   

   

   

   

 

   

狂気への階段

   BSで 「ヒットラーの我が闘争・独裁者」を観た。

   3時間を越える長編である。

   一介の兵士(伍長)から、大統領(独裁者)へと登りつめる、その過程を

   克明に描いた作品である。

   「歴史」として、その概要は知っていたつもりだが、改めてその詳細(あくまで

   映画としてだが)に接すると 考えさせられる事も多い。

   独裁者への権力の足掛かりも、最初はほんの数名の議員からなる

   「小数政党」から始まるのも象徴的だし、幾度の挫折も経験し、その都度 

   政治思考が鋭利になっていくのも皮肉な現象である。

   勢力拡大過程で、時には反対勢力に対する暴力行為もあったのであろうが、

   一応合法的な手段(選挙)によって、民衆の支持を得ていくそのプロセスが、

   逆にある種の恐怖を感じさせることになる。

   権力の集中過程で、疑問を持つ良識派も、次第に大きな渦の中に巻き込まれ

   いつしか「ナチス」と一体化していく、あるいはしていかざるを得ない状況に、

   言葉が詰まる思いとなる。

   改めて思うことは、

   果たして、この「ヒットラーの狂気の世界」は、本来ありえない稀有の

   事なのだろうか という疑問である。

   もしかしたら、今日においても、悪い事とは知りつつ、生活保持等のため

   権力者(ボス)の指示に従い、いつしかその狂気に酔い、自らの行為を

   正当化していくというような事例があるのではないだろうか。

   この図式こそ正しく、 小型版 「ヒットラーの狂気の世界」である。

   この社会、「絶対」ありえない、というこの 「絶対」というのはないという事を

   この映画から改めて感じさせられた。

   

賽は投げられた

      もう後戻りは出来ない。  ふらついてもいけない。

      あとは、腰を据えて 愚直に前へ進むだけである。

      現政権の経済政策(アベノミクス)についてである。

      

      この政策の命題を一言で言えば、 「成長経済」への舵取り、と

      言う事になるのだろう。

      ある関係閣僚が、この辺の意味合いを明確に説明している。

        「経済を成長させる事によって、懸案の全ての問題が解決に進む。

         今、我々に課せられた課題は 経済の成長である」

         ( デフレ脱却 経済成長 → 税収増 → 社会保障、財政 雇用の

           改善、安定化)

      言われていることは間違ってはいない。 その通りである。

      唯、 巷間流れている空気は、

      経済を成長させれば・・・という その前提、仮定に対する懸念である。

      オリンピックの東京招致が決まり、一段と 「成長路線」に弾みが

      付くことは確かである。

      東京オリンピック(昭和39年)を契機として、その後の世界主要国への

      足取りを 皆脳裏に焼き付けている。

      夢をもう一度、の気運も解らないではない。

      それだけに、あえて冷静・沈着な分析・判断が必要に思うのである。

      まず、当時とは、経済環境、構造が様変わりということがある。

      当時(登り坂の時代)と 今(下り坂の時代)の違いとでもいえよう。

      同じ夢を追うにしても、下り坂での舵取りはより複雑で微妙である。

      1つ間違えれば致命傷にもなる。

      高齢化と社会保障・財政、 雇用の劣化(非正規雇用) 地方経済の

      疲弊(過疎) 国際的市場競争 後進国の追い上げ。 等々

      国内経済成長の阻害要因は夫々深くて重い。

      こうしたなかで、極めて難しい綱渡り(バランス)を強いられるのが

      「成長路線」の実情である。

      裏目に出れば、成長を阻害しかねない消費税増税の決断は、

      高度なバランスを要する綱渡りの表明でもある。

      賽は投げられたのである。

              

   

   

      

無理筋

   20年に1度の伊勢神宮遷宮の「遷御の儀」が営まれた。

   飛鳥時代から続くとされる神事で、今回が62回目(中断の時代あり)とのことである。

   この儀式に総理も「特別奉拝者」の1人として出席された由。

   特定の「宗教」に帰依していない立場からすると、極く自然なニュースとして

   聞き流すが、「公(おおやけ)の世界」では、結構大変らしい。

   官房長官も公式談話として、「首相の遷御の儀 出席については、「私人」としての

   参列である。 国の宗教的活動を禁じる憲法の政教分離の原則に反するもの

   ではない」と表明。

   あくまで「私人」として出席されたということ・・・らしい。

   「大人の世界」波風立たせないように生きていくのも難儀な事よ。

   

   特定の「宗教」徒ではないが、宗教心は人並みに持ち合わせているつもりであり、

   八百万の神仏を敬い、手を合わせることに抵抗のない立場からみると、

   「総理」としてこの儀式に出席することが、それほど重大問題なのかどうか、

   どうもよく解らない。

   偶々20年目の今年、総理の座にいるのも何かの「縁(えにし)」という程度の

   軽い考えである。

   難しい法理論は解らないが、元々 「政教分離」の原則のよってきたる

   背景は何だったのだろうか。いま一つしっくりこないのである。

   たとえば、特定の「宗教」によって執り行われる「冠婚葬祭」への出席は

   どうなのだろうか・・・。(皇族筋の場合は?)

   市内至るところ神社仏閣のある京都では、総理も迂闊に「公用車」から

   降りて無意識に頭を下げたり、手を合わせたりするとたちまち「憲法違反!」

   という「笑い話」がある。

    さて、この官房長官の「私人談話」 かなりの「無理筋」

   将棋等で言う、「無理筋」とは

   強引な差し手で、結局は無理な手筋のこと。

   この「無理筋」でも、なんとかまあまあと、収める(収まる)のが、

   日本の麗しい大人の流儀。

   その空気を読まないと「大人気ない」ということになるらしい。

   

   

     

気侭なメモ(2)

    10月1日 都民の日

     つい昨日のように思われた猛暑の日々が一段落するやいなや、

     もう10月、今年もあと3ヶ月である。

     ある脳科学者が、「時間が速く経つように感じられてくるのは、それだけ

     脳を使わなくなってきているからである」 と論じていた。

     痛いところを付いてくるものである。

     さて、今朝は年一回の定期健診を受けに行く。

     今日の検査範囲では「正常」との由。歳の割りには「立派」なものではないか。

     血圧も、 一頃150台であったが 今回正常。

     何が、正常化に寄与しているのか・・・よく解らないが、

     恐らく、日々の「品行」の賜ということにしておこう。

     家人にも、現状の食(飲)生活、特に「適度」のアルコールが健全なる

     心身の源と 説明することにしよう。

     気分のいいところで、散策コースの1つである、「小金井公園」を

     ぶらつく、

     「江戸東京たてもの園」 すでに何度も入っているが、丁度都民の日

     とかで無料開放とのこと。

     ここが、次の写真の場所であったことはあまり知られていない。

09250017         皇太子時代、戦時体勢での一時的対処であったのであろうか。

      雨近し、数枚の写真を撮ったところで、早々に退園する。Dsc00116

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     家に辿りつくと、ニュースで、消費税増税表明を報じていた。

     極めて些細な事ながら、増税の影響がこんなところにも・・・・。

     手紙 82円。 葉書 51円 になるそうな。

     国民こぞって、手持ちの葉書に1円の切手を付け足しているところを

     想像すると、なんだか 「野暮」デスネ。

     古来、近代的合理主義も、「税」の強圧には適わない。    

     

     

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