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渡月橋の風景

             「天竜寺の門前を左に折れれば、釈迦堂で

             右へ曲がれば渡月橋である。

             京は 所(ところ)の名さえ 美しい 」

                       ( 夏目漱石 「虞美人草」 より )

   京都・嵐山渡月橋 の「景観」は、 風光明媚を絵に描いたような

   正統的な「美」である。 完成された美しさとも言える。

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   さて、すでに旧聞ではあるが、この嵐山も、9月16日 台風18号によって

   大きな被害を蒙った。

   テレビ画面を通してだけではあったが、もの心付いて以来、

   渡月橋に、激流がおし寄せる様を見るのは初めてであった。

   「天災は忘れた頃にやってくる」は、寺田寅彦の言だが、

   近年、なんだか 天災も休むことを忘れたかのようである。

   多種多様の災害が、次々と日本列島を襲うかの如き様相にある。

   過大、かつ曖昧な風評に左右されるつもりはないが、

   やはり、それなりの「防災」対応の必要性は考えさせられる。

   まあ、嵐山は、その後元の景観を取り戻したとのことで一安心である。

   ある識者の受け売りであるが、

   この「渡月橋」 全景としてみると、単純にして素朴、ただ一本の

   直線の橋である。

   特別に大掛かりで目立つ装飾もなく、高さも人の背丈よりも低く統一されて

   いる。

   周りの風景との調和からは、この「仕様」しかありえない、というほどの

   完璧さ。これが日本の伝統的美意識、というのである。

     (確かにここには、たとえば錦帯橋や背丈の高い橋は似合わない)

   将来、改修等の場合、防災面や近代的合理性だけ考慮するような

   役所仕事は御免蒙る。という趣旨であった。

   全く同感である。

   因みに、現在の橋は 昭和7年の災害で橋が半分崩壊し、作りなおされた

   のが今の橋とのことである。

   さらに 歴史を遡ると、

   今も渡月橋を渡ったところにある、「法輪寺」が建立された時、

   参拝者の為に橋を架けた(それまでは渡し舟)のが、渡月橋の

   起源といわれている。

   法輪寺は、地元の人達には、「十三まいり」でよく知られている。

   帰路、「渡月橋」を渡る際、うしろを振り返ってはいけないという

   言い伝えがある、

   今も、そのことだけが記憶にある。

   「渡月橋」に纏わる 思いつくままの話である。

   

      

   

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