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2014年3月

新年度

   今年も3ヶ月を経て、明日から新年度。 気分一新。

   この処、消費税増税を控え、消費社会も慌ただしい喧噪振り。

   1日からは、少しは静かになるのだろうが、あまり静かに

   なり過ぎて、「消費・経済低迷」では困りもの。

   さて、いかなることにあいなるか・・・。

 

   1日からの消費税増税に伴って、明日総理から

   重大発表があるらしい。

    「 昨今の経済情勢に鑑み、熟慮に熟慮を重ね、

      誠に遺憾ながら消費税の増税を見送ることに 

      決断した。

      国民の皆様にもよろしく了承願いたい」

         ・・・・ 人騒がせな エイプリルフール ・・・

   さて、真面目な話に戻るが、

   平成24年度の、事業者(法人)の消費税滞納額は、

   約4千億円とのことである。

   今後 消費税増税によって、さらにこの額が増加する

   ことになるのだろう。

   このことを我々消費者はどう考えればいいのだろうか。

   そして、国はどう考えているのだろうか。

   消費税は、社会保障等 特定の分野にしか使わない。

   というのが当初からの国民との約束(公約)である。

   ただ、ある人に言わせると、約束を守る裏付けに乏しく、

   いわば、「精神論」 と、切ないことをおっしゃる。

   すなわち、そもそもそれをチエックする仕組み(システム)

   が整備されておらず、精々税収と歳出(予算)を別々に

   大項目を検証する程度で、財源と使途をマトリックス的に

   チエックするという発想や仕組みがない。

   そのことの論証として、

   「復興特別所得税」といういかにも限定された、明確な

   税金の使途にさえ、チエックが働いていない。

   復興に関係のない不適切と思えるような使途に対しても、

   事前にチエックし、排除させる機能がなく、

   事後、明らかになった時点で、「誠に遺憾」。

   これが、誠に遺憾ながら現状の体制、という。

   消費税についても、我々消費者は

   この「精神論」を真摯に、正直に実践してくれるであろう事

   を祈るしかない。

   新年度を前に華やかな話でなくなったが、

   しかたなくついでにもう1つだけ・・・。

   消費税増税論議が賑わっていた頃、

   与野党共々増税実施については、

   「我々がまず身を切ることが前提」と聞きました。

   有言実行の方には立派な「熊手」でも贈るとするか・・・。

 

 

 

 

 

 

 

印象のスケッチ画

   早春の京都・・・の筈が、どうやら三寒四温の「三寒」の時期に

   遭遇したらしい。

   いかにも京都、の冷気に身が凍みる。

   北野天満宮の梅が満開という情報を得ていたが、今回は

   短い滞在ということもあって、華やかな場所は見送り、

   専ら室内(暖房)で過ごす結果となった。

   外気は、両親の墓参と、「堂本印象美術館」に出かけた事位。

   堂本印象の名は、京都出身の画家ということもあり、小さい頃

   から見聞きはしていたが、抽象画のイメージという勝手な

   思い込みのためか、左程関心も強くなく、この美術館も

   今回初めてであった。

   館内の説明文に、「抽象、具象の区別を超越」云々に、

   接し、なるほど京都名刹の襖絵を数々残していること

   からも、尤もな事と、改めて堂本印象の「印象」を

   改めることとなった。

   今回の展示作品は、昭和27年の欧州旅行(仏・伊)での

   スケッチ画が中心。

   パリの風景など、興味深く鑑賞した。

 

   別途 この美術館3階のサロンから眺める京都の景観が

   見事!

   比叡山から左大文字が一望、

   これもまた贅沢な名画である。

   小振りの個人美術館だが、金閣寺からも歩いていける

   場所にあり、旅行客にもおすすめの穴場?である。

   と、東京住人の感想。

 

要人の言葉

   この処、要職に身を置く人たちの言葉が軽くなった、という

   声をよく耳にするようになった。

   そう言われれば、あれもこれもと頭に浮かんでくる昨今である。

   時代の流れということもある。

   何せ、総理自ら「ツイッター」とかいうもので、「つぶやき」を

   公表されるご時世である。

   有難い世の中と言えなくもないが、我々ロートルは、その流れ

   に少々困惑するばかりである。

   「言葉の重み」なんてことは次第に時代遅れの死語に

   なりそうな勢いである。

   身内では、軽い言葉や失言も、あくまで≪個人的見解」で

   切り抜けたとしても、国際社会では結構厄介である。

   インテリジェンスの世界では、要人の発言には、それぞれ

   神経を研ぎ澄まし,1つの言葉使いにも、分析、解析し

   真意なり隠れた動きを掴もうとしている、という。

   この点、我が国の要人たちは、少々脇が甘いというか、

   不慣れなところがあるようである。

   ある要人のスピーチを分析していて、今1つ意味不明、

   これはなにか重大なメッセージが隠されているに違いないと

   さらに追及して、ようやくある事実を発見した。 

   その要人の頭は空っぽという国家の最高機密を・・・。

                    というジョークがある。

   さて過日、遅まきながら映画「英国王のスピーチ」を観た。

   吃音だったジョージ6世がそれを克服して国民を感動させる

   までのスピーチをするに至った史実に基づく映画である。

   確かアカデミー賞4部門に輝いていた筈。

   改めて「言葉の重み」について考えさせられたところである。

   「言葉の軽い」要人には、是非見てほしいと思った次第。

   余計なお世話ではあるが・・・・。

 

 

 

 

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