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2014年4月

50年の歳月

   過日、頂いたあるメールに「氷点」のことが綴られており、

   強く目に止まった。

   氷点は、三浦綾子が初めて世に出した小説の題名である。 

        1964年7月10日

          「氷点」が朝日新聞懸賞小説で1位入選。

          今から丁度50年前のことである。

   クリスチャンの作家として、人間の原罪をテーマとした

   極めて重厚な作品であったが、新聞小説として発表されて

   いる段階から、じわじわと話題が高まり、ベストセラー、

   その後も映画化やテレビドラマ化で人気を博したことは

   年配者には周知の通りである。 

   私も丁度、先行きの定まらない茫洋とした20歳の頃で、

   今も、印象に残っているなかの1冊である。

   今回、受け取ったメールに触発されたかのように・・・・。

   50年振りにこの本を手に取った。

   流石に、ディテールは、記憶が薄ぼんやりと抜け落ちて

   いる部分もあったが、作家が意図する本筋はしっかりと

   確認しながら読むことができた。

   細かな読後感は略すが、

   少なくとも、20歳と70歳、50年の歳月を経て、

   1冊の本を読む。

   この勧興は、格別の味わいであった。

   ただ、三浦綾子の作品については、どういうわけか、

   必ずしも熱心な読者ということでもなく、今まで

   2冊程度しか読んだことがない。

   偶々の巡り合わせか、最初の作品(氷点)と最後の

   作品(銃口)である。

   2冊ともこころに残る作品であったことは言うまでもない。

   このブログを記している日。

   偶々、付けていたラジオが、偶然にも、今日4月25日は

   三浦綾子の誕生日と告げていた。

   あたかも私にだけ教えるかのように・・・・。

   不思議な偶然というものがあるものである。 

      付記

       「氷点」のキーマンともいえる人物に「佐石土雄」

       という人物が出てくるが、この奇妙な名前を付けた

       作者の意図を今回初めて知った。

       人間の原罪に関わるアダムとイブ。

       その「アダム」のヘブライ語か何かの意味が

       「土でできた人」とか言うそうである。

                                   以上

 

 

 

静寂の宿

    4月20~21日  箱根仙石原に遊ぶ。

    旧友の紹介、案内で、

    客室数も頃合いで、端正でいかにも品のいい

    宿に泊った。

    このあたりで、大体海抜600mとのことである。

    既にして、すっかり静寂な山の景観。

    部屋から眺める景色も、

    視野一杯に、 濃淡のみどりに染まる樹々、また樹々。

    おもわず、それぞれに感嘆の声。

    温泉と夕食を味わった後、

    部屋のテレビを一切付けることもなく、

    只々、語り合う半世紀に亘る人生の足跡などを。

    あたかも、学生時代に戻ったかのように・・・・。

    翌朝のゆったりした朝風呂も格別。

    朝もやの中に、見え隠れする山の姿が美しい。

    帰路、タクシードライバーに、

    仲間の一人が、

    曲がりくねった急勾配の山道、さぞ神経を使うで

    しょうと、声を掛けると、

    慣れるとそうでもありません。

    それよりも、山を下りて街中を走る方が、

    信号も多く、飛び出しにも注意をするやらで、

    よほど神経が疲れます。と、

    丁寧に答えてくれた。

    私には、なんだかこの会話が、今回の小さな旅の

    総括のように聞こえたことであった。

 

 

 

 

 

 

巷談「白鳥の湖」

   チャイコフスキーの「白鳥の湖」を格調高く論じようと

   言うのではない。

   もとより、バレー≪音楽≫なんて、門外漢のはしくれである。

   実は、居酒屋での呑み助仲間の放談話である。

   「白鳥の湖」というのは一寸おかしいではないか・・、 

   と、誰かの何気ない一言から事が始まる。

    曰く、

   あくまで、言葉≪言語≫としてだが、「白鳥の 湖」 という

   場合は、あくまで主題≪メイン≫は、「湖」になってしまうが、 

   元来は「白鳥」がメインのバレーの筈、

   そうだとすれば、「湖の 白鳥」が正当ではないか、と

   のたまう。

   再度、明らかにしておくが、あくまでも酒の上の話である。

   が、そこはそれ、

   手持ちの薀蓄をありったけ披露しないと収まらない

   連中の集まり。丁々発止と盛り上がるから面白い。

   拡散する話を整理して、

   代表的な薀蓄を2~3.

    曰く

     そもそも、「白鳥の湖」は、あとから付けられた題名。

     元は、「白鳥湖」であった。

     恐らく、実際にロシアか北欧あたりにその名前の

     湖があり、そこのイメージから作られたのだろう。

                              (事情通)

            * 事実如何は定かではない。

     意味合いから言えば、「湖の白鳥」が正解だが、

     それでは、単に説明文にしかならず、題名としては

     やはり「白鳥の湖」の方が、詩的で優れている。

                             (文系出身者)

     そもそも、白鳥はダンスなんか踊らない。

     これは白鳥ではなく、「鶴」をイメージしたものという

     説もある。

     まあすでに、「白鳥の湖」で 定着しているのだから

     それでいいではないか。

                             (現実的常識人)

   等々、「白鳥の湖」論争でも、これだけ盛り上がる。 

   今どきの年寄は、皆元気!で御座います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明治の外交

   「泰平の眠りを覚ます上喜撰たった四杯で夜も眠れず」

   1853年 ペリー来航 (黒船)

   長い鎖国から覚めた日本は、「黒船」を契機に、

   躊躇の間もなく、「外交」という未知なる世界に遭遇し、

   荒海に乗り出すことになる。

   世論が、「攘夷」と「開国」に二分することも、十分想定

   しうる事であり、当時の人たちの混乱と不安が、さぞかしと

   思うばかりである。

   黄昏の幕末期、黒船の威圧のなかでの日米修好通商条約

   の締結。≪その後英、仏とも)

   不平等条約の典型だが、かかる状況下、果たして、

   今日の外交関係者は軽々に批判できるかどうか・・・。

   幕藩体制の金属疲労に外圧が加わり、改革のマグマが

   一気に噴射、明治維新へと繋がっていったことは

   周知の通りである。

   新設、明治政府の外交課題≪直面する問題)は、

   大きく次の2点であった。

     上記、不平等条約の改正

     列強の植民地化対応、防衛≪武力ではなく外交力)

   結論的に言えば、

   明治の外交は、新興、劣勢にもかかわらず、

   「よく頑張った」 というのが私なりの感想である。

   欧米への使節団派遣1つとってみても、

   歴史の後追いで見れば、当時の事象の1つに過ぎないが、

   迅速な決断と推進、人材の選別、登用≪岩倉具視、

   勝海舟、福沢諭吉等々)。

   実行までのプロセスを考えると、容易でなかったことに

   改めて気付かされる。

   大久保利通あたりが、政府執行のリーダーであったので

   あろうか。

   外交上、細かく眺めると、数々の試行錯誤や、なかには

   愚策もあったことだろうが、

   少なくとも、列強の植民地になることも免れ、その後の

   日本の礎を築いたことだけでも立派なもの。と

   感じるのである。

   長い鎖国の時代から、この未知なる外交の世界へ進出。

   この手探り状態のなかでの、この明治時代の外交力は

   どこから生まれてきたものであろうか。

   その背景の1つとして、

   ある歴史学者は「徳川の藩体制」にあったのではないか、

   と指摘されている。

   藩の維持、存続のためには様々な対外≪対幕府、

   対近隣藩≫折衝能力が必須。その巧拙で、1つ間違えると

   藩取り潰しという社会が長年続き、自然と各藩に

   折衝≪外交)体験、能力の蓄積ができ、人材も育っていた。

   それらが、明治の時代に「底力」となったのではないか、

   というわけである。

   なるほどと、興味深く受け止めた次第である。

   結果的に、一極集中≪中央集権)の社会よりも、

   地方分権が、より幅広い人材の輩出や豊かな文化を

   促すという今日的問題も示唆しているようにも思える。

   歴史は常に、今日的課題のヒントを内包している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

競争原理

   今更の話だが、競争原理の働かない組織や体制は、

   どうしても脆弱で、粘り強さに欠ける傾向があるようだ。

   組織内競争原理による切磋琢磨こそ組織力強化の必定

   である。

   独断だが、組織内の競争と対立は微妙に異なるものと思う。

   競争は、一定の目標に向かって、文字通り競い合う事で、

   その過程で、双方に様々なプラス要素をもたらすが、

   対立は、双方の損失の高を競い合うようなもので、

   俗に言う足の引っ張り合い、双方になんらプラス要素を

   もたらさない無駄骨といえる。

   解っていながら避けられない一面も人間社会・・・・。

   スポーツの世界でも、その隆盛は、迫力ある競争原理の

   力によるところ大である。

   競争原理は、拮抗するライバルによって、より開花する。

   大相撲も、栃若時代、柏鵬時代、若貴時代と

   並べてみれば明白。

   今回、鶴竜の横綱昇進で、大(モンゴル)相撲も、

   新たな時代に入るのであろうか・・・。 

   スポーツの隆盛は、単に各1業界毎のアレコレであるが、

   政治の世界ともなると、安閑ともしていられない。

   昨今の、たとえば各地の市長選挙などをみていると、

   投票前から勝負は歴然というのが多すぎる。

   この背景は、国政にも言える事だが、

   「有能な人材が、積極的に政治の世界に向かわない社会」

   が生まれつつあるのではないか。

   (現職が有能でないというのではなく、あくまで傾向として)

   これでは、手に汗握る競争原理・切磋琢磨が期待できない。

   元来、政党は同じ政治理念、目標、そのための政策を

   同じくする人たちの集まりである。

   それでもなお真摯な政策協議、のすえの党内亀裂

   ならまだしも、いわゆる「対立}抗争で党を分けても

   (小党乱立)、夫々プラスになる事はまずないと知るべし。

 

   如何なる組織、体制、あるいは民間企業においても、

   それらが将来隆盛ないし持続するかどうかは、

   ハイレベルな「競争原理」が機能しているかどうかが、

   重要なメルクマール!デアル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愚問考

   以前に、ある長老から 「若さを保つ秘訣は、常に問題意識を

   持ち、自前の頭で考える事、そのための1つのコツは、

   疑ってかかれ(何故?)の精神」 と聞かされた。

   「歳を経ると、それなりの経験、知識の蓄積から、アレはこう、

    ソレはこう、と深く考えることもなく、手際よく裁いてしまう。

   本人は格好いいつもりでも、単なる年寄の思考停止症」 とも

   言われた。

   いつのまにか、自分もその年格好に近づき、

   果たしてオレは・・・と自戒するばかりである。

   せめて、その「症状対策」として、 

   「当たり前と思われていることでもまず疑ってみる」 よう

   心掛けてはいるのだけれど・・・・。

   それに関連して思う事、一言。

   ノーベル賞受賞者の朝永振一郎が、ある大学で教えて

   いた頃、「愚問会」というのを作っていた、と聞いた事がある。

   いわゆる「愚問」の中にこそ、独創的な着想のヒントが

   隠れているという考えによるものである。

   確かに、「いい質問」というのは、受け手にとっては

   都合のいい質問という面が強く、一見「愚問」と思われる

   質問の方が、刺激的で新たな着想を生み出す可能性を

   有しているということなのであろう。

   但し、愚問にも、いい愚問と悪い愚問があるようだ。

   悪い愚問とは、質問のための質問、説明の踏襲、

   くどい確認、 といったところか。

   さて、

   当たり前のことを疑ってみる精神とは、「愚問」を

   恐れず発する事に通じるのではないか・・と思うのである。

   若さを保つ秘訣 → 「愚問」 

   なんとも楽しい結論ではないか。

     付論

       もし信長が本能寺の変で自決することなく

       天下統一に成功していれば、果たして

       天皇制はどうなっていたか、

       ≪信長は天皇制をどうしたか)

          これは「愚問」なりや否や。

       考えれば考えるほど、日本とは何か、

       日本人とは何か、 にまで行きつくこと請け合い。

                       ≪思考停止症対策)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

分相応

  一部の平等主義者に言わせると、「分相応」という軟弱で、  

  自虐的な発想、思想が不平等の遠因、格差をもたらす

  根源、だと言う。

  一寸待ってほしい。

  不平等より平等社会の方がいいに決まっているし、

  凝り固まった不平等社会を否定することにやぶさかでは

  ないが、「分」を弁えるといった、その「分」まで否定する

  ような考え方には賛成しかねる。

  どの時代、社会、国においても人としての「分」は存在する。

  但し、その「分」は、絶対不変なものではなく、流動的で

  あることは言うまでもない。

  あえて言えば、人間社会において、その時々の「分」に

  応じて、経済格差や、社会的格差が生じることは不可避

  である。

  また、その経済・社会格差に応じて、「分」が形成される

  という面がある。

  そのことは、少なくとも人間が営む社会において動かし難い

  根源的な事象ではないだろうか。

  そもそも、「分」を認めない、経済社会は存在しない。

  人間が営む経済(行為)とはそういうものだ、と思う。

  経済的損得や勝ち負けによって生じる格差(→分)を

  否定することは、経済社会を否定することでもある。

  (制度的に歪められた格差、程度問題、最低限度の

  生活保障、セーフティネット等々は、別の次元として

  検証、議論すべき事項と考えたい)

  処で、話が唐突に飛躍するが、

  日本の財政赤字(1000兆)についてである。

  浅学の感覚だが、どうもこの財政赤字の背景の1つに、

  行き過ぎた平等主義があるのではないか・・・と

  感じるのである。

  勿論、平等社会は結構な事だが、「行き過ぎ」という意味は、

  国(政治家)は、選挙民の期待に沿うことで頭が一杯。

  選挙民は「横並び意識」で、私も私もと権利を主張・・・。

  その結果、少しの格差も許されず、スパイラル的に

  バラマキ現象・・・・ということになれば、財政赤字は

  不可避ということにならないか。

  そのことだけが原因ではないが、少なくとも 1000兆

  の赤字という事実は動かし難い。

  決して 分を弁えて我慢、という一方的な議論ではなく、

  今一度、国全体が「分を弁える」という精神を取り戻す

  ことが財政問題のキーワードになるのではないか。

  そういう意味からも、「分相応」主義に賛成である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

藪の中

   STAP細胞は、「日本語」で「刺激惹起性多能性獲得細胞」と

   いうらしい。

   日本語で言われても余計によく分からない。

   よほど頭脳明晰な人たちによって研究開発がなされているに

   違いないと、半ば茫然と遠くから眺めているだけである。

   このSTAP細胞に関して、なにやら問題が生じているらしく

   世間が騒がしい。

   対象が対象だけに、その本質を適格に判断することには

   無理もあるが、それでもマスコミ情報を通して、門外漢にも

   そのドタバタ劇の真相が見え始めてきた。

   以下は、この問題から勝手に連想した「たとえ話」である。

       ある小学生が、夏休みの宿題を「親の力」を  

       借りて作成、それを学校に提出した。

       その小学生にとって、深く考えた末のことでも

       なく、まして悪意や世間を騙す、ねつ造の

       意識は皆無である。 

       ところがこの作品、学校の代表に選ばれ、大きな

       大会で最優秀作品に選出、高額賞金を手にした。

       マスコミも大絶賛、校長以下大人たちも学校の

       誇りと褒めあげた。

       が、この作品、「親の力」が加わった「偽作」と

       わかり、世間の常識として辞退の圧力。

       たちまち一転、マスコミや校長たちからも  

       「悪い子」と非難。

       この小学生、なにがなんだかわからず、

       なんだか割り切れない気持ち・・・・・・。

    まあ、他愛のないフィクションだが、

    本家? のドタバタ劇に、当たらずとも遠からず の

    部分があるのではないだろうか。

 

    実は、ここから想起して、特記しておきたいことは

    次の二点。

        大きな大会に出展する際には、その作品に

        ついて充分なチェック、確認が必要なことは

        当然の常識ではないのか。

        もしかしたら、校長たち大人は、その作品に、

        親の力が加わっていることをうすうす知っていた、

        あるいは容認していたのではないか・・・

        という素朴な疑問。

   さて、本家の STAP問題は如何なものであろうか。

   そのうちに真相が明らかになるのだろうが

   今のところ 「藪の中」。

 

 

 

 

 

 

 

先人の碑

   芸術や芸能、どの分野においても、

   その世界で引き継がれてきた先人たちの、形や実績を

   如何に学び、それを守り,継承していくかは極めて重要な

   要素である。

   と、同時にそれらを血肉としたうえで、さらに創意工夫を

   怠らず常に新たな領域に挑戦し続けるという柔軟性。

   この二つの要素がバランスよく発揮されてこそ「伝統」という

   価値が認められることになるのであろう。

   片方でも欠けると、いつのまにか衰退の道を歩むことは

   よく実感させられることである。

   「歌舞伎」の世界は、まさにその「伝統」の地位を

   しっかりと守っている芸能ではないだろうか

   従来からも、歌舞伎役者がテレビ、映画、舞台等幅広い

   分野に進出、基礎の出来ている演者として、その存在が

   貴重で高く評価されていることは周知の通りである。

   昨今、先人の教えや修業の経験もないままに、ただ

   売れんがためのモノ珍しさが受けて、テレビを席巻して

   いるようなタレント(芸人)が多く見受けられるが、

   「深み・厚み」に欠ける人ほどすぐに消えていくことも

   また実感するところである。

   新装の歌舞伎座が完成して約1年。

   歌舞伎といえども、益々早くなる社会変化のテンポの中で

   少しでも安閑と気を緩めるとたちまち衰退の道を歩むこと

   になる。 歌舞伎も決して例外ではないだろう。

   そうした中で、ある日 新歌舞伎座の屋上庭園を覗いた

   ことがあって、そこに「先人の碑」をみた。

   脈々と続く歌舞伎の伝統の重みを感じた次第である。

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日本の城

    Dsc00229
 
    まずは簡単なテスト問題。

    上の写真のお城は? ・・・  金の鯱 名古屋城である。

    昨年、何十年振りかで訪れ、じっくりと時間を掛けて  

    見学した。

    国の特別史跡、三名城の1つともいわれる城を堪能

    することができた。

    元気で長生きは最大の功徳。

    特に、 お城マニアというわけでもないが、

    長年、仕事やプライベートで全国を巡っている折々に 

    ご当所のお城を訪れる機会も多く、顧みれば、

    相当のお城を見学したことになる。、

    面白半分、興味半分で、いままで訪れた城を数え

    あげるのも洒落の1つ。

    というわけで、書き上げてみると以下の通りである。

    (城址も含む)

      世界遺産  二条城   国宝でもあり名勝指定   

              姫路城   国宝・現存天守閣

      国宝     松本城   現存天守閣

              彦根城   同上  

      重文     松江城   同上

              松山城   同上 

              高知城   同上

      特別史跡   函館五稜郭  名古屋城    

               安土城     大阪城

               岡山城(名勝) 熊本城

      国・史跡    盛岡城     仙台(青葉)城

               会津若松城  八王子城 

               小田原城   小諸城

               金沢城    静岡駿府城  

               和歌山城   福山城

               広島城     福岡城

     これら以外にも 岡崎城、川越、水戸、上田、浜松

     福知山、等々。

     長い年月をかけてではあるが、結構行っている

     ものと改めて感慨!。

     今後も、老後の楽しみ(すでに老境ではあるが)として

     機会があれば、ぽつりぽつりと訪れる先を増やすのも

     また至福、というものであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫宸殿

   過日、僥倖にも紫宸殿の前庭に立つ機会を得た。

   東京遷都からすでに140余年、主不在の京都御所である。

   心して撮った写真数葉を掲げる。

   Dsc00184_3


     Dsc00177

       Dsc00188
      

         Dsc00189

    このような場に身を置くと、自然に日本の文化、歴史、

    伝統といったことに想いが及ぶことになる。

    京都御所は、その歴史、背景、維持、保全面等々から

    観光客が常に、気軽に見学するというわけには  

    いかないとしても、

    折角の貴重な建造物、今少し有効活用の道はないものか

    と思うのである。

    それとも、今のままそっと静かに見守るのがいいのか。

    むつかしいところである。

    京都出身の身びいきかもしれないが、

    現在の皇居(といっても建物内を知るよしもないが)は

    外観上、どうしても城跡(江戸城)のイメージが強く、

    その点、京都御所の方が、いかにも日本的な佇まい、

    様式美(源流は古代中国だとしても)を今もなお

    具現しているのではないかと感じるのである。

 

    そうしたことからも、国内外に対し、「美しい日本」を

    発信する格好の隠れた素材。

    紫宸殿の前に立って、・・・1庶民の素朴な感想である。

 

 

 

 



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