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2014年11月

見納めの景観

   京都を訪れていた時期、偶々東本願寺の報恩講(宗祖

   親鸞聖人の御正忌報恩講)の時期でもあった。

   浄土真宗の信徒というわけでもないが、気の赴くままに、

   これもまた何かのご縁と、御影堂で信徒のなかに紛れ込み

   暫し和讃に耳を傾けた。

   何事も貴重な体験である。

   それ以上に、私には代えがたい機会に遭遇するすることに

   なった。

   現在、阿弥陀堂の大修復中であるが、その大伽藍の大屋根

   を見学させて頂いたのである。

   瓦の上というわけにはいかないが、いつもは下から見上げる

   大屋根が、それこそ目と鼻の高さからじっくりと・・・・。

   そしてその高さから見下ろす京の街並み・・・に

   暫し息をのむ。

   お寺の方に聞くと、関係者以外の方は、この報恩講の時期

   を過ぎるともう観る機会はないでしょうとのこと。

   偶々の幸運な機会・・これもまた「ご縁」

   見納めの景観をじっくりと目の奥に焼き付けたことで

   あった。  合掌。

 

古都に酔う

   晩秋から初冬の京都を訪れていた。

   我がふるさとである。

        - - - -

   世間的によく聞くことだが、歳を経てふるさとを訪れても

   すでに顔見知りはほとんど居なくなり、迎えてくれるのは

   ただ昔の風景と、両親の墓ばかり…という話が多い。

   そうしたなかで、

   故郷を後にして半世紀の今もなお、

   温かく迎えてくれる 顔 顔 顔。

   つくづく有難い事と思う。

   若い頃は当たり前と思っていたことも、

   我々の世代になると、文字通り、その時々が「一期一会」

   そしてなによりも、その時々に「感謝」の気持ちを

   忘れてはならない。と思ったことであった。

       - - - -

   滞在中は天気にも恵まれ、旬のもみじとイチョウの

   コントラストに酔いしれていた。

   勿論、夜は夜で 連日楽しい酒席でほろ酔い。は

   言うまでもない。

     我がふるさとは  今日ある我の  原点である。

   Dsc00321              ( ふるさとの山河)

Dsc00322              ( 仙洞御所)

    (今回は、あえて定番の紅葉写真を出さない?のも

     一興と、わが流儀でゴザイマス )

  
   

    

 

 

 

暫し宇宙へ

      「   好きなもの 

            イチゴ  珈琲  花美人 

               懐手しての  宇宙見物   」

                          -  寺田 寅彦 -

 

   巷では 師走に向けて 解散 改選だと 騒がしい事。

   傍観、無関心というわけでもないが、

   伝家の宝刀も、「わけ」あって抜くのだろうが、

   抜いた後から、さて信を問う内容をどうするか・・・

   みたいな「空気」で、今1つストンと胸に響かない。

   真面目な話、今回の「争点」は何なの・・・?

        ー - - - -

   地上の喧騒から少し距離を置き、

   寺田寅彦ではないが、 「懐手して宇宙見物」なんて

   このタイミングとしては、一寸風流ではないか。

   ニュースで触れる程度の知識しか持ち合わせていないが、

   なんでもロゼッタ(探査機)から投下されたフィラエが

   人類史上初の「彗星着陸」に成功したというではないか。

   宇宙開発も、更なる新しい局面に進むことになる。

   (直近のニュースによると、着陸機電池切れで、

    再稼働模索中とのこと)

   宇宙に想いを転じれば・・・・浮世の憂さも暫し休憩。

        - - - - -

   宇宙繋がりで、 偶々 過日新宿で、

   「アルマ望遠鏡プロジェクト展」を観た。

   見掛けによらず(?) 結構フットワークはいいのである!

      「人類史上最大の国際共同天文学プロジェクトの 

      アルマ望遠鏡プロジェクトとは一体どんな計画なのか?

      なぜアタカマ砂漠なのか 完成に至るまでのおよそ

      30年の歩みと共に、プロジェクトの全容を映像や

      写真 パネルで紹介します」

                (同展 パンフレットより)

   日常とは異なる世界に、興味を持って鑑賞した。

   内容について、素人がアレコレ訳知りに解説するよりも

   関心のあるむきには、「アルマ望遠鏡」で検索を。

   それにしても「懐手して宇宙見物」の心境。

   永田町の諸君には果たしてどうかな・・・・。

 

 

 

 

究極の生業

   リタイア―後のわが身には、すでに対岸での話に過ぎないが、

   「10年後には消える業種、なくなる仕事」 が 一部巷で

   話題になっているようである。

   火元は、オックスフォード大学 AI(人口知能)研究チームの

   オズボーン氏の論文 「雇用の未来―コンピューター化に

   よって仕事は失われるのか」である。

   これによると、

   検証された現存702業種のうち、約半数近くが、更なる

   コンピューター化の進展とロボット代行の進化によって

   消え去る運命、とのセンセーショナルな提言をしている。

   従来、ロボットによって代行される業務分野は、機械的な

   単純作業が主要なものであったが、高度なコンピューターと

   ロボットの結合により、人口知能を持つロボットの出現と、

   それに伴うより広範な業務分野の急拡大、という主旨の

   ようである。

   予想される通り、この類の提言は、直接影響を被ること

   になる多くの人達の疑心暗鬼を背景に議論百出という

   ことになりがちである。

   面白い例では、 なくなる仕事の中に 「バーテンダー」が

   挙げられているが、 これには 「ロボットが作るカクテル

   なんか飲めるか!」 とのご指摘の声。

   なるほど御尤もなご意見,心情的にはよく解る。

   まあ半ばジョークとしても、確かに より精緻安定、高効率、

   低コスト等を勘案すると、 可能なものについては、案外

   加速度的に「人間の仕事」が消えていく、ということにも

   なりかねない、とは思うのである。

   しかるに・・・、

   果たしてそれが、人間社会にとってどうなのか、

   1つ1つ検証するという視点を忘れてはいけないのでは

   ないか、と思うのである。

   さらに言えば、実は我が感性的には・・・・

   消える職業、無くなる仕事もそれなりに興味を引くが、

   それよりも、どんなに時代が変わろうと、 人間が直接

   手掛けるであろう「究極の仕事」とは何々か。 の方に

   より興味というか関心がある。

   およそ職業という名の付くものは、数千、何万とあるのだ

   ろうが、仕事の原点について、基本の大分類は

   次のようなものではないだろうか。

     生命保持 - 衣・食・住の供給 医療 安全・治安

     生活保持 - 文化的事業 教育 芸術 娯楽 スポーツ

     社会保持 - 産業活動 金融 流通 交通 政治

     その他   - 風俗 ギャンブル

    究極の仕事、その検証、探求は、結局 「人間とは何か」

    との問い。 なのかもしれない。(ご隠居の独り言)

 

 

 

共存共栄

     平成23年3月11日 

     福島第一原子力発電所、放射性物質の放出を

     ともなった原子力事故。

     「吉田調書」によれば、氏は一時「東日本壊滅」の

     危機さえ覚えたという。

          - - - - -

     国内メディアではあまり大きく取り上げることは

     なかったが、原子力事故発生に際し、果敢に業務を

     全うし、少なくとも最悪の事態を防いだ人達に対し、

     各国のメディアが、その勇気と義務感に賞賛の声を

     伝え、スペインのアストゥリアス皇太子基金では

     関係者に対し、「共存共栄部門賞(平和賞)」を授与

     するまでに至った。

     海外で、「HUKUSHIMA50]という呼称で賞賛された。

     この海外メディアと、国内メディアの温度差は、

     当時の「空気」が、いわゆる事故責任追及(犯人捜し)、

     東電バッシング、一色で、「表彰」などとんでもないと

     言う事だったのであろう。

     今もなお、事故処理は道半ばの過程ではあるが、

     少しづつあらゆる角度からの検証が進むにつれて、

     立ち入り制限区域内で、それこそ命を懸けて事故処理

     を行った従業員、下請けの作業員たちの奮闘ぶりが

     見直されつつある。

     特に、最大被害の福島住民からも、感謝と賞賛の声が

     あがりつつあることは注目すべきことであろう。

     そこで、今1度、「共栄共存賞」授与の理由を見ておくと

     次の通りである。

       基金は、共存共栄賞を 東京電力やその下請け

       従業員、消防、自衛隊員らの フクシマの英雄たち

       に授与する。

       勇敢と模範的な行為。 また 人間としての

       卓越した価値を示してくれた。

       日本社会に根付く義務感、逆境での品位、

       謙虚さ、寛容、の たまもの・・・・      とした。

     なお 実際の表彰には、東京電力が抜けている。

     自粛したのか、圧力がかかったのかは定かでない。

     因みに防衛省のHPでは

        対応した消防、警察、自衛隊関係者に

        授与された。  となっている。

     東電云々はともかく、 改めて日本も捨てたものでは

     ない。と感じる次第。

     特に、上記の 義務感、逆境での品位、謙虚さ等々

     なんだか現役の政治家諸君にも聞かせたいね。

 

 

 

 

 

 

 

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