« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »

2015年6月

硬骨の人

   無いものねだりなのか、昨今「気骨」とか「硬骨」という

   言葉に心惹かれる。

   「世の中どうも軟弱になりやがっていけませんや」と

   いう思いが背景にある。

   特に政治分野で気骨のある人が少なくなったように

   感じるのはどうしたことか。

   どの政党が・・・というのではない。ドレもコレもである。

   メディアを通してしか知っているわけではないが、

   1~2年生の新人議員が多くなった所為なのか、

   なんだか、自分の足元(政治家としての保身・・選挙)

   だけに気を取られている人が多すぎる。

   しかも中途半端に政治という権力を手にするから

   なんとも下品な政治家が生まれてしまう。

   政治の世界も劣化が進んでいるのであろうか。

   果たして18歳選挙権 吉と出るか凶と出るか・・・。

     - - -

   賛否は少し脇に置くが、問題の「安保法案」。

   この国を左右するような重要な法案も、国会議員の

   議論を聞いていると、今1つピンとこない。

   枝葉論ばかりやっているのは、恐らく意図的に

   「本質論」が隠蔽されているからであろう。

   事の本質は、「憲法改正」の是非。

   将来の改正を踏まえながら、とりあえず「解釈論」で

   中央突破という政策なのであろう。

   したがって、どうしてもやれ合憲、やれ違憲だ、となる。

   総理の政治家としての信念、意気込みはそれなりに

   立派なものだが、

   元々、「無理筋」を承知の上での力技・・にもって

   いきたいとする法案。

   ある調査がこれらの実情を如実に表している。

     安倍政権の法案説明について

       十分に説明している ・・・  13.2%

       そうは思わない    ・・・  84%

     - - -

   さて、生臭い話はこれくらいにして、

   このような政治風景のなか、ふと「城山三郎」のことが

   頭に過った。

   もし、氏が今の国政を見られたらどういう感想を

   持たれるであろうか。

   周知の通り、氏は「落日燃ゆ」 「指揮官たちの特攻」

   等の作品で、人間としてのあるべき姿勢、気骨といった

   ことを見事に捉えた。

   そして、氏自らも「気骨」「硬骨」の人であった。

   氏の最晩年、1度その講演を聞いたことがある。

   小柄の老人・・・そのもので、決して声高に、かつ

   雄弁というわけではないが、その静かに淡々とした

   話振りは、会場一杯の聴衆の耳を傾けさせ、

   その凛とした講演は、文字通り氏の作品を彷彿させる

   静謐さに満ちていた。

   昨今、どの分野においても、オレがオレがと言う人達

   ばかりが目立って、なんだか暑苦しい世の中。

   若い政治家諸君!

   多忙の日々、大変だろうが、時には静かに一人

   書斎で政治に関係のない書物を・・。 一市民より。

 

 

 

 

 

 

 

 

梅雨の風情

   豪雨で被害甚大の地域の方々には申し訳ないが、

   梅雨の季節にも、それなりの赴きがあるものである。

   マイナス思考ではなく、雨は雨として、あるがままに

   受け入れると、しっとりとした風情や、新たな発見がある。

     - - -

   ある日、都心に出たついでに、目黒の自然教育園に

   立ち寄った。

   奇手さながらの、小雨のなか、傘をさしながらの園内散策。

   流石に、このような日は、来園者も少なく、ほぼ貸し切り状態、

   と、モノ好きにも、それなりの恩恵が用意されていた。

   ふと、目に止まった一瞬、思わずカメラを向けた。

   それが次の写真である。

    Dsc00434

   ふと、なんだかこの1枚のために、雨の中を出掛けて

   きたのかもしれない・・・。

   なんだかそんな気にさせる、ある梅雨の日の小さな

   出合いであった。

 

 

 

   

 

戦後70年の主役

   1945年(昭和20年)時点の日本人口は、約72百万人。

   うち20~35歳は14.3百万人、全体のおよそ20%である。

   20から35歳といえば、文字通り血気盛ん、身体的にも

   丁度働き盛りの年代である。

   各界のリーダーはもう少し上の年代だったとしても、

   実際の働き手、担い手はこの年代の人達であり、

   彼らが、戦後の日本を混迷から立ち上げていった主役と

   言っても過言ではないだろう。

   当時20~35歳といえば、丁度大正(15年間)時代に

   生まれた人達である。

   そして、その後の日本の高度経済成長を牽引していった

   のは、40~50代になっていた彼ら大正生れの人達である。

   即ち、戦後70年の離陸から成長への過程は、ざっくり言って

   大正生れの人達によって為しえた、といえないだろうか、

   戦後70年。 彼らも今や 90~代である。

   平成生まれが2~3割を占めるご時世となった。

   平成生まれの人達がどのような日本を創っていって

   くれるのか楽しみである。

      - - -

   手許に「大正生れ」という歌の歌詞がある。

   時代の様相を鮮明に映し出しており、その一部を

   記させて頂く。

         「大正生れ」  (作詞・作曲 小林朗)

   2番の歌詞

       大正生れの青春は

       すべて戦争(いくさ)のただなかで

       戦いごとの尖兵は

       みな大正の俺たちだ

       終戦迎えたその時は

       西に東に駆け回り

       苦しかったぞ なあお前

   3番の歌詞

       大正生れの俺たちにゃ

       再建日本の大仕事

       政治経済教育と

       ただがむしゃらに40年

       泣きも笑いも出尽くして

       やっとふりむきゃ乱れ足

       まだまだやらなきゃ なあお前

   (付記)

     この歌は4番まである。 これは男性版だが

     大正生れの女性版もあるらしい。

 

笑いの変質

   新聞各紙に目を通しているわけではないが、目にする

   範囲でも、最近の新聞4コマ漫画はさっぱり面白くない。

   どうしてなのだろうか?

   私自身の感性が鈍ってきているのか、時代の波に乗れなく

   なってきているのか。

   当方にもそれなりの原因があるのだろう。

   それにしてもである。

   おもわずニンマリ、とか破顔一笑することがなくなった。

   以前の「サトウサンペイ」や「東海林さだお」の漫画には

   もっと心和ませる「笑い」があったような気がする。

   もしかしたら、それらを受け入れる世間の土壌が変わって

   きているのであろうか。

   そういえば、昨今の漫画は、劇画(ストーリー漫画)が主流

   で、従来の政治(風刺)漫画や、4コマ漫画はサトウサンペイ

   が最後の漫画家とも言われているようだ。

     - - -

   そのサトウサンペイ氏が、「笑い」について、次のような

   事を言われてる。

   その主旨を私なりに要約すると、

     「笑い」の原点は、「ユーモア」 「ウィット」 「風刺」

     ということになる。

     「ユーモア」は、自分は偉いというエリート意識からは

     生じない。

     アホになれるふざけと、真面目の融合から生まれる。

     「ウイット」は 機知である。頭の良さが必要。

     「風刺」 は、知識や常識。 面白く誇張する能力。

   此処から、「笑い」は、ある程度の教養や品性が必須

   ということが覗える。それらが欠けると真の笑いは

   生まれにくいということなのであろう。

      - - -

   一方、あるお笑いを生業にしている人が興味あることを

   言っている。

   現在の「お笑い」は、時代のニーズに如何に応えるかが

   大前提。それを踏まえてお笑いが出来上がっている。

   その要素は、刺激性、反発力(スピード) 受け狙い

   (目先の単発勝負)である。

   芸人≪タレント)としての能力・資質に加えて市場ニーズ

   への適合も大きく左右する時代。

   一発芸だけで消えていく人も出てくる。

   「笑い」も時々の時代を反映するものであるとすれば、

   今日の時代は如何なものであろうか。

     - - -

   サトウサンペイ氏に面白いエピソードがある。

   入社試験の履歴書をある事情から漫画で提出した

   とのこと。

   後の日本を代表する漫画家の面目躍如。

   また、それを見て採用した企業≪大丸)も凄い。

   古き良き時代。であった。

 

 

 

生身の言葉

   格言や名言、あるいは座右の銘などは、確かに歴史を

   生き抜いてきた言葉として、それなりの重みはあるが、

   どうもご隠居にはこれらを掲げて日々仰ぎ見る・・・という

   「趣味」には至らない。

   それよりも、何気ない様子で、実人生の体験からぽつりと

   語られるような言葉に魅せられることが多い。

   普通に聞き流したり、読み流したあとで、ふと気になり

   改めて、立ち止まり振り返ってその言葉を噛みしめてみる。

   ・・・ そんな言葉に時折ぶつかることがある。

      ー - -

   小さい頃は別にして、「漫画」というものをあまり読むことも

   なくその方面のことはよく知らないが、「水木しげる」という

   名前位は知っているし、その作品も自然に頭に入っている。

   偶々、氏の「幸福の7ヶ条」というのを目にして、正しく、

   ふと気になって振り返り、読み直した口(クチ)である。

   別段、高邁にして難解な人生哲学が語られているわけ

   ではない。

   失礼ながら、居酒屋で酔っ払いのおじさんが一席ぶって

   いるのを聞いているような内容である。

   だが、それが実にいいのである。

   ここにその7ヶ条を記させて頂く。

     1.成功や栄誉や勝ち負けを目的として

       ことを行ってはいけない。

     2.しないではいられないことを し続ける。

     3.他人との比較ではない。 

       あくまで自分の楽しさを追求すべし。

     4.好き の力を信じる。

     5.才能と収入は別。 努力は人を裏切ると心得よ。

     6.怠け者になりなさい。

     7.目に見えない世界を信じる。

        - - -

   氏は戦争で被弾を体験している。

   平和な時代しか知らない我々には、極限とも思える

   過酷な経験を経て生き抜いてこられた。

   そういう人の言葉として、読み直すと、また違った味わい

   深みがある。

   いい意味でのしたたかさ、骨太の精神を感じるのである。

   それなりの歳を経ると、整然と取り澄ました格言や名言

   よりも、それこそ呑み屋で聞く年寄の何気ない一言に

   感じ入ることが多くなるようである。

   如何なものでしょうか ご同輩!

 

 

 

 

« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »