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2015年7月

側近の仕事

   結果的に「褒め殺し」のニュアンスが見え隠れする話に

   なるが、このところの総理の仕事振りというかその行動力は

   大したものではないか。

   その中身の是非は兎も角、前向きな「チャレンジ」精神には

   まず敬意を表しておきたい。

   「美しい国日本」という理想を掲げた第一次内閣から、

   第二次内閣での現実施策への見事なまでの切り替え、

   これらも、第一次からの学習効果の賜物なのか。

   分刻みの総理の日程をみていると、総理も大変な仕事と

   つくづくと思い知る。

   政治の世界も結果責任ということなのであろうが、

   総理自身の実力・能力が全てを左右するのは当然として、

   案外、その側近(参謀・補佐官)たちの力量が内閣の命運に

   大きく関わってくるのではないだろうか。

   そうしたなか、週刊誌ネタで、今の側近グループには

   「切れ者」がいない。という記事があった。

   週刊誌も、微妙にして鋭いところを突いてくるものである。

   いるか、いないか承知するところではないが、言われて

   みると、昨今の諸施策、政治対応を見ていると、

   やや「切れ味」に欠けるところを感じるのである。

   たとえば、総理自らテレビ出演しての安保法案の説明。

   恐らく8~9割は、側近たちが総理の意を踏まえて「素案」

   を作り、総理が最終応意という段取りと思うが、

   これが見事なまでに、佳作にも入らない作文。

   より解り易くという思惑は解るが、

   そもそも内なる生命・財産を守る「戸締り論」という一見

   耳障りのいい「たとえ」で、外にも向かう可能性を有する

   ことで抑止力を高めるとする「集団的自衛権」の必要性を

   解こうとすること自体、論理に無理がある。

   解り易くというのが裏目に出て、饒舌だけが印象に

   残ったというのが率直な感想。

   その原因の1つは、側近グループの強気の現状認識

   が起因・・・というのが私なりの見立て。

   全くの憶測だが、今の側近グループ(一部の有識者

   会議等のメンバーも含め)は、概して総理の意向を

   勘案できる「おりこうさん」の集まりのようにも思える。

   権力を有する人の側近は、時には身を挺して諌める、

   ということも大きな仕事の内。

   総理と言えども常にパーフェクトというわけには

   いかないだけに「切れ味」の鋭い側近の存在とその

   活躍を期待するものである。

 

 

 

テレビ時代の変容

   テレビ時代の変容といっても、テレビ自体が無くなると

   いうわけではない。

   そのメディアとしてのテレビの機能、役割という点において

   大きな曲がり角にあるのでは・・・と感じるのである。

   省みれば、昭和の時代、特にその後半、当時の世相なり

   社会環境を総括するとすれば、「テレビ」の出現とその

   浸透による社会的影響を抜きにしては語ることは出来ない。

   それ程までに、全国各家庭に入り込み、人々の精神形成

   にまでテレビという怪物は多大な影響を及ぼしたといっても

   過言ではないだろう。

   少なくとも今日まで、そのテレビの持つ機能や役割が

   引き継がれてきたことには疑いの余地はない。

   ただ、いつの間にか そのテレビも大きく変容していることに

   気付かされるのである。

   その事はすでに多くの識者からすでに指摘されていた

   ことではある。

   その契機は「インターネット」の出現・普及である。

   最近そのことを身を持って体感させられたことがある。

     - - -

   「安保法制」が特別委員会で可決した日、予め想定

   されていたこともあって、その成り行きを人並み?の

   関心からテレビを付けたところ、なんとNHKはじめ

   各民放とも、全く関係のない、予め組まれている番組を

   流している。

   まあ特別番組を組むほどではないとしても、まず

   リアルタイムの情報伝達の限界を感じることとなる。

   それではと、インターネットで情報を探ると、可能な

   範囲での情報が流れている。すでに動画まである。

   情報伝達におけるこの差は歴然である。

   勿論、ネット、テレビ、新聞とその特質に応じてメディァと

   しての立ち位置に差が生じることは了解済だが、

   国民的関心の極めて高い「情報」入手に「この差」を

   体感することによって、改めて種々考えさせられたという

   わけである。

   しかも、余計な事ながら その時間帯の各テレビ番組、

   皮肉にも大半がモノを食べる番組。

   そういえば、最近のテレビ、何かといえばモノを食い

   ますネ。

   有名人と称する人達からアナウンサーまで

   テレビに出てくると何か食っている風潮。一体何?

   まあこれも平和の象徴なのか・・・。

   それはさておき、今後とも娯楽やお笑いを提供する

   ことには大賛成(それもテレビの大きな機能・役割)で

   はあるが、

   くれぐれもメディアとしての「気骨」だけは

   失わないでください!

 

平和の殿堂

   偉そうに言うわけではないが、「なにを今更」というのが

   私の第一観であった。

   新国立競技場計画の白紙撤回についてである。

   すでに当初(2年以上も前)から、建築界の重鎮 槇氏が、

   この計画(デザイン)に対し、歴史的景観と、建設コストの

   肥大化という問題点を指摘し、強い「警鐘」を鳴らして

   おられた。

   私も当時、このブログで、果たしてこの建築デザイナー

   (ハディドさん)は、神宮の森に来られたことがあるのだろうか

   と、素人なりの直観でこの計画の違和感を記したことがある。

   その後も、様々な市民団体等が、シンポジウムを開催したり

   して、その問題を指摘してきたことは周知の通りである。

   その間、文科省はじめ、責任関係者たちは、それらの

   「警鐘」に対してどう考えていたのであろうか。

   そもそも、責任の所在が不明・・・集団的無責任体制という

   指摘もある。

   文科大臣もある日の記者会見で次のように述べている。

   「一貫して、明確な責任者がわからないままに

   きてしまった・・・」

   さらに、今回このデザインを選定した審査委員長の

   会見にも違和感を覚えた。

   確かにその役割はデザインを選定するまでの範囲と

   いう指摘はその通りであるが、それにしても長年建築

   設計のトップに居られる人とは思えないような発言。

   悪く勘ぐれば、設計者は、デザインまでが仕事、

   それから以降は知らないよと言われているような

   後味の悪さ。

   少なくとも、選定責任者として、今まで様々な「警鐘」に

   対して公的な発言をされてこなかったことや、

   そもそも、常識的な感覚として、個人住宅や民間ビル

   建設においても、コスト(価格)を抜きにして、デザイン

   だけで発注することはありえない。

   仮に役割がデザインを選定するだけだったとしても、

   自らが選んだ計画で、これだけ問題が沸騰していれば

   専門家という立場からも、なんらの提言なり助言が

   あって然るべきではなかっただろうか。

     - - -

   さて、今回ようやくにして総理から白紙撤回の決断が

   発表された。

   (世論を踏まえてというニュアンス自体にも少し違和感を

    持つがそれはさておく)

   恐らく総理が決断を明示されたということは、事務方では

   今後のスケジュールや種々のタイミングも含めて、

   ある程度の試案が出来上がっているものと推測する。

   これで問題解決ということではなく、これからが本番。

   終わり良ければ全て良し、ではないが、

   少なくとも責任体制を明確にし、我が国として、皆が納得し、

   誇れる平和の殿堂、新国立競技場の完成とそこでの

   「平和の祭典」を望むばかりである。

 

 

 

 

 

 

横田さんの居候

   中央線沿線の立川は、今や吉祥寺に次ぐ発展・活況の

   街として人気上昇中である。

   立川といえば、ひと昔前の世間のイメージは、決して

   いいとは言い難く、どちらかといえば、軍事基地のある

   街として、喧噪と煩雑のイメージが強かったものである。

   戦後砂川事件もあり、昭和の半ば頃まで、中央線内でも

   よく米兵士を見かけたものである。

   余談ながら、隣の国立市では、同色に染まらないよう

   「文教地区」としての街作りに積極的に取り組んだとの

   話が残っている。

   その立川だが、今も陸上自衛隊立川駐屯地があるが、

   昭和52年に米空軍極東司令部の閉鎖により、立川基地

   の全面返還が成り、その跡地に広大な昭和記念公園

   が出来たことも相俟ってその後の発展・開発状況は

   目を見張るものがある。

   現在も、様々な開発プロジェクトが進行中である。

      - - -

   さて、街の歴史、その伸展ぶりの「成功例」を

   目の当たりにすると、それでは「横田基地」は・・・と

   連想するのは、水の流れの如しである。

   周知の通り、横田基地は、今もなお米軍司令部及び

   第五空軍司令部が設置され、日本の行政権が及ばない

   治外法権の地域として存立している。

   何代か前の東京都知事が、「オレがなんとかしてやる」と

   公約で大見得をきられたが、その後の伸展は・・・

   これもまた周知の通りである。

   現実論として、短絡的に日米安保云々、基地撤廃を

   叫ぶつもりはないが、戦後70年の節目で、日本外交は

   地道な努力を積み重ねてきたかどうか、を静かに

   還りみることが必要ではなかろうか。

   その上で、新たな時代に向けての第一歩を踏み出して

   欲しいものだと願うのである。

     - - -

   「安保法制」論議で姦しい最中、「横田基地」?

   なにを寝ぼけたことを・・・、 空気を読めと

   一笑に付されるやとも思うが、 

   そこはそれ、世間の喧騒に流されないのが「ご隠居」の

   「ご隠居」たる所以。 

   顔色を覗うボスもいない自由気侭な庶民の特権で御座る。

 

 

 

 

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