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2016年1月

無駄の効用

   人生には、無駄なものは何もない。 という見方がある。

   その伝で言えば、以下の「無駄話」も人生の「薬味」位には

   なるであろう。但しその中身は朧である。

     - - -

   そもそも、無駄の「駄」とは何ぞや。

   「無駄」とは 「駄」が無い事?

   「駄」の意を手許の広辞苑で調べると・・・、

     1. 馬に荷を乗せて送ること 荷負馬

     2. 乗馬にならぬよくない馬

     3. 馬一頭に負わすだけの重量 36貫を1駄

     4. 酒3斗5升入りの樽 2樽の称

     他に 接頭語として名詞に冠して粗悪の意をあらわす語。

        (駄菓子 駄洒落 など)         とある。

   1~3は、「太った馬」(あるいは、逆に痩せた馬の意か)は

   使いものにならないという事と関係がありそうだが、

   「無駄」については接頭語と何やら結び着きそうだが、

   駄が無いという言い方も少し変だし、案外「当て字」なのかも

   知れないとまず推察。

   かように、「駄」という1つの字だって知ったかぶりだと

   痛い目にあう。

   すぐに、「駄目(ダメ)」という声が飛んでくる。

   この「駄目」も・・・「口」や「耳」ではなく 何故「目」なのか?

   口の場合、「駄口」とは言わない、少し意味合いが違うが

   「無駄口」がある。

   「駄口」に無が付くと考えると、目にも「無駄目」というのを

   創作してはどうか。

   「無駄目をするな!」なんて一寸面白いではないか。

   ここまでくると、「駄」という1字で結構な頭の体操!

   因みに、「無駄」を広辞苑で調べると・・

    「役にたたないこと 益のないこと」 とそっけない。

     - - -

   蛇足ながら・・・

   この「蛇足」は、 「駄足」ではなく 蛇の足である。

   蛇足が「蛇の足」というのもなかなかのユーモアセンス。

   存在しているのかどうか・・・無くっても支障がないという

   ことで、 改めて 蛇足ながら・・・

   「蛇足」の場合の足は、何故 「手」や「腹」でなくて

   「足」なのか?

   一般的には、「足」にはプラスするという意味合いが

   有ることなのだが、これも、その意の云われは不確か

   なので(省略)。

   元々「手」にもその意味合いがあったという説もあるようが、

   今は教科書的にはバツということだろう。

      - - -

   さて、「手」の繋がりで話を続けると・・

   野球の投手や捕手は、「手」という字を当てるが、これは

   手でボールを投げたり捕えたりするから・・・というのは

   不正解。

   もしそうなら、サッカーの場合、キーパー以外は手を

   使えないが、他のプレィヤーも皆 「選手」というのは

   これ如何に ということになる。

   これらの場合の「手」は、身体的な「手」ではなく、いわゆる

   「人称」としての手、 やり手とか成り手の「手」である事は

   承知の通りである。

     - - -

   何の役にもたたない、文字通り「無駄」な事ばかりを

   綴っているが、まあご隠居の人生なんてそんなもの。

   さる高名な人物がこう仰っている。

     「人生は、所詮退屈しのぎ、無駄ばかり。

     一切、無駄のない人生を送りたいならば

     その方法はただ1つ。

     この世に生まれてくるという無駄をなくす事。」

   なんとも厳しく鋭い言葉ではある。

   人生に無駄も大切。

   あの「南無阿弥陀仏」にも ムダ(無駄―空ーなにもない

   なにもしない如し 不動・・・)が内包、とはまた別の人の言。

   かの達磨は9年間壁に向かって座り続けたという。

   この9年間を果たしてどう捉えるか・・・・。

   人生にとって無駄とは・・・

   うすぼんやりと遠くの方で「無駄」が見えかかっている。

   まあ、こ難しい話はこれ以上文字通り「無駄話」

   このご隠居 いやなに本当のところは、ただぼんやりと

   過ごしているのみでございます。         合掌

 

 

 

 

 

 

 

不可解な話

   「超能力」の次は、「UFO]というのはなんだか出来過ぎだが、

   以下は私の単独の、文字通り独断的所感である。

   UFO談義と言うと、中には眉唾的な話も多いので、真面目に

   取り上げるのも躊躇するところがあるが、ここではその存在を

   信じるか、信じないかの通俗的なアプローチは脇に置き、

   一寸ひねった我流の視点で、素朴な疑念等に触れてみる。

      - - -

   時折テレビ特番などで、{UFO」をバラエティ仕立てで

   取り上げていることがあるが、そうしたある番組で、

   航空会社元機長が、 現役時代 何度も「未確認飛行物体」

   に遭遇したことがある、と さも得意気に話しているのを見て

   ある種の違和感を覚えた。

   一般市民の遭遇体験なら、聞き流してもいいところだが、

   元機長というところに一寸引っかかったのである。

   少なくとも何百人もの生命を預かる機長が、未確認

   飛行物体に遭遇(ニアミス)したとして、それが 軽く

   「思い出話」として語る程度の取り扱いなのであろうか、と

   いう疑問である。

   さらに、そもそも航空会社では、未確認飛行物体に

   対してはどういう対処で臨んでいるのだろうかという

   疑問に繫がった。

   定まったコースを飛行中、たとえ「未確認」といえども、

   実態として「飛行物体」と遭遇した、という事であれば、

   その詳細を報告し、航空会社も、それら全ての情報収集と

   詳細なデータ管理は、危機管理上からも当然の責務では

   ないか、と思ったりするのである。

   これがもし国籍不明の航空機であれば、国中大騒ぎの

   大ニュース!

   現状、未確認飛行物体は、全く対象外ということなのか。

   それなりに社会的に名の通った人達や、元機長までが

   テレビという一応公(おおやけ)の場で、遭遇体験を

   公言されると、益々どうも「よく解らん」と戸惑うのである。

   さらに話が大きく拡がるが・・・

   国内領域内上空を「未確認飛行物体」とやらが、飛び

   廻っているとするならば、防衛省は、これらをしっかり

   掌握しているのだろうか、と一寸意地悪な疑問。

   現状の「未確認飛行物体」に対する防衛省の対応は・・と

   いう素朴な疑問である。

   以前に、 現行の法規制上、「未確認飛行物体」は、

   領域侵犯の対象外。と聞いたことがある。

   したがって、「未確認飛行物体」については、今のところ

   防衛省としては「お客さん」扱いなのかもしれない。

   その流れで、民間航空会社の元機長も、精々「思い出話」

   ということなのであろう・・・・。

   それにしても、「不可解」な気分はなんとなく晴れない。

   「UFO]の正体が明白になるまでこの「不可解」感は

   残るに違いない。

 

 

 

「超能力」の定義

  「定義」という使い慣れない言葉を掲げたが、高尚でもなく

  学術的な話を展開するわけでもない。

  ご近所の長老(ホンモノのご隠居)の皆さんとの酒談義。

  その中で、「超能力」が話題になり、あれこれ話が弾むあたりは、  

  流石 新感覚老境世代の面目躍如。

    - - -

  「超能力」談義というと、世間では、それを信じるか、信じないか

  の議論に終始しがちだが、メンバー各々、少々この世での

  年期の重み(我も含めて単なる老齢デシタ) からか、ひと味

  違う独特の切り口が飛び出すあたりが、捨てがたい妙味。

  超能力といえば、スプーン曲げが定番だが、

  スプーンを念力とかで、曲げたところで、それを「超能力」と

  称して絶賛するほどのことか! 

  というのが、我々の議論の発端。

  言われてみれば、なるほどと妙に説得力があるではないか。

  そもそも、使えるスプーンを曲げて使用不可にすることに

  いかほどの意味・意義があるのか・・・とまずは真っ当な

  「スジ論」から始り、奇想天外な奇説まで・・・。

    (楽しい談義が続くが 出し惜しんで省略)

  「超能力」とは?

  我々が行き着いた 超能力の 「定義」は次の通りである。

     最低限度の要件は、「少なくとも人類にとって

     意義のある、プラスに作用する能力」 でなければ

     ならない。という事。

  スプーンの例で言えば、曲げたり、へし折ったりすることも

  特殊な能力かもしれないが、それを超能力と賞賛する

  ことはない。

  もしその人が、錆びついたスプーンを瞬時にピカピカに

  したり、壊れた食器を元通りにしてくれればその能力を

  高く評価し絶賛を惜しまない。

  同じ能力ならその方向に使え・・というわけである。

  さらに、傾いたマンションを気合いもろとも正常に戻して

  くれたら大絶賛ではないか。

  その能力が、「意義のある、プラスに作用する」ものであるか

  をモノサシにして、時折目にする「超能力」を観察すると、

  信じるか、信じないかのレベルを超えた世界が見えてくる、

  というのが、我々の一応の結論。

  繰り返すが、あくまで酒の上での話である。

 

 

庭園の源流

   古来日本は、海外から多くのモノを学び、それを積極的に

   取り入れてきたことが、日本の生成、発展に大きく寄与して

   来たことは、誰もが認めることであろう。

   しかもそれらをただ取り入れるだけではなく、日本独自の

   文化にまで磨き上げ、確固たるものに仕上げてきた、その

   資質・能力こそ、日本の誇れる特性と言えるだろう。

      - - -

   先日、あるところで、中国(様式)の庭園を拝見した。

   その佇まいについて、撮ってきた写真をまず提示してみる。

Dsc00618   

    Dsc00619
Dsc00621
   Dsc00622

   日本の庭園とは趣を異にする、中国独特の作庭である。

   異国情緒というのも陳腐な表現だが、これはこれで

   雰囲気に溢れ、傍らのベンチに座り、暫し風景の内に

   身を置いた。

   ふと、日頃見慣れている日本庭園も、もしかしたら、

   この中国庭園がその源流ではないだろうか、との思いが

   頭に浮かんだ。

   古くは(遣隋使・遣唐使の時代~)、日本の庭園も、色彩

   華やかな時代があったのではないかという思いである。

   勿論、専門的な知識や素養のない上での話である。

   もしそうだとすれば、この分野においても、1千年という

   時間的経過を経て、今日の風格ある「日本庭園」が

   生み出されてきた・・・と考えると、それはそれでまた

   「日本庭園」に対する勧興が増すというものである。

   とまあ、ある日のご隠居らしい?空想話である。

     - - -

   この中国庭園の近くの風景写真もついでに掲げておく。

   Dsc00626  

Dsc00625
                                  合掌

   






    

   

窓の下には神田川

   「窓の下には神田川」と聞けば多くの人達は、フォークソング

   の名曲「神田川」を思い浮かべ、あのメロディが流れてくる

   に違いない。

   懐古趣味に走るわけではないが、「歌詞」は昔の方が

   数段レベルが高い。

   歌は、「聞かせる歌」から 「見せる・感じさせる歌」に

   変貌してしまった。

   大晦日の「紅白」がそれを証言している。

   世の中全体の流れが、「言葉を伝える」ことから「フィ―リング

   を伝える」ことへの変化といってもいいだろう。

   あの「神田川」の一番の歌詞を転記させて頂く。

        貴方はもう忘れたかしら

        赤い手拭 マフラーにして

        二人で行った 横町の風呂屋

        一緒に出ようって 云ったのに

        いつも私が 待たされた

        洗い髪が 芯まで冷えて

        小さな石鹸 カタカタ鳴った

        貴方は 私の身体を抱いて

        冷たいねって 言ったのよ

        若かったあの頃 何も怖くなかった

        貴方のやさしさだけが 怖かった

                    ( 作詞   喜多条忠 )

      - - -

   「・・・ただ貴方のやさしさだけが 怖かった」

   なんと深くて重い言葉であろうか。

   タレントの素人的余技では生まれない言葉である。

   この名曲の誕生ストーリーも凄い。

   作詞を頼まれていた喜多条忠が、こんな歌詞が

   出来たと電話で伝えると、これを聞いた南こうせつは

   電話口であのメロディが自然と浮かんできたとの事である。

   さらにこれを「商品」に仕上げた日本クラウンにも侍がいた。

   プロジュ―サーの某氏は、「この曲は歴史に残る名曲

   になる」と断言して、反対を押し切って発売(シングル盤)

   にもっていったということである。

   文字通り、名曲の陰にドラマあり である。

      - - -

   さてここで、「神田川」本家の「河川」についても触れて置く。

   一級河川「神田川」は、井の頭池を源流とし、中野 新宿

   千代田区 中央区・・と東京都心を縦断し、両国橋付近で

   隅田川に合流するという、東京の主(ヌシ)のような存在

   である。

   その歴史・変遷を紐解くと、それがそのまま東京の

   江戸・明治・昭和の歴史に結び着く。

   あの伊達政宗も「神田川」の河川造成・工事に関わって

   おり、ある地域にその名を残している。

   なおあまり知られていないが、この神田川の某所に

   歌の方の「神田川」の歌碑がひっそりとある。

   過日通り掛かった折に写真に収めて置いた。

    Dsc00616

    Dsc00617

   「窓の下には神田川」 

   東京の空の下にも まだまだ知らない世界がある。

   それを1つ1つ 訪ね歩くのが楽しみな「年頃」に

   なりました。

 

 

 

 

 

 

自分なりの生き方

   人間ある歳を重ねると、廻りに不快な感じを与えない範囲で

   世間やしがらみから距離を置いた生き方を模索するもの

   らしい。果たして自分はどうだろうか・・・・。

       - - -

   池波正太郎の膨大な作品のなかのある1行に、

   「天下の大事より 我が家の小事」 という言葉に接し、

   おもわず唸ってしまったことがある。

   私はこれを、「天下国家の様相について、一定の関心や

   意見を有することに否定的ではないが、それにもまして

   まず自らの足元のあれこれについて、責任ある対処と

   然るべき態度こそが大人としての流儀」 と捉えた。

   「天下の大事より・・」と、さらりと言いきるあたり、さすが

   池波正太郎らしい小気味のいい切れ味と感じ入ったわけで

   ある。

   格好を気にする並みの人間なら、こうはズバリと言えない

   ものである。

   勿論、池波正太郎も、世事に無関心や無知でない事は、

   多くの作品や発言等からも十分伺い知るところである。

   が、 彼の多くのエッセーなどのなかにも、いわゆる

   「政治的発言」や「天下国家論」は皆無といってよい。

   それでいて、酸いも甘いも知り尽くしたその慧眼で、

   人としての生き方に多くの示唆を残している。

   関心の視点は、ひとそれぞれ違っていていいわけだが、

   ある程度歳を重ねてくると、こういう生き方にある種の

   理想を思い描くのである。

   我々凡庸は、なかなかその「境地」に至らないのも

   現実の姿ではあるけれども。

     - - -

   ところで、今年は4日から国会が開催されたり、参院選挙を

   控えているとかで、マスコミも早々から政治の年を意識した

   報道姿勢が覗える。

   新聞には、参院選挙の立候補者リストが早々と記載

   されていた。

   それを何気に眺めていて感じたことが1つ。

   異論(愚論?)を承知で思いのままに記すと、

   国会議員というのは、一定の要件を備えている人に

   とっては、案外簡単になる人はなるという実感。

     案外競争(倍)率が低い事

       平均5~6人の立候補者に対し当選2~3人

       という確率。 比例という「敗者復活」もあり。

     立候補に高校球児や他のコンテストのように

     過酷な予選勝ち抜きということもない。

     国家試験のような資格要件もなし。

   一定の要件(たとえば世襲・マスコミやスポーツ分野等で

   全国的に名前が知られる職業人)が備わっていれば、

   7~8割の人達が当選しているイメージ。

   当事者からは猛反発かと思うが、あくまで根拠のない

   実感!

     - - -

   だからと言って、「誰でもなれると思ったら大間違い」

   と、解った上での話である!

   何よりも、「我が家の小事」を信条とする人達(世の中の

   大抵の人々)にとっては、至難の職業である。

   かの池波先生も立候補なんて100%ありえない。

   政治の世界とはそういうものであろう。

   そもそも自分の顔写真(ポスター)を街中に張り巡らせて

   平気でいられる資質と神経が必須。

   政治家になるのも大変なのである。

 

 

 

 

 

   よい切れ味ではないだろうか。

初富士

   古風に言うと、我が家から南方 約1里(4キロ)で多摩川の

   岸辺に辿り着く。

   それまでの一帯が、府中という名の通り、昔のある時代には

   政治の中心地でもあったのであろう。

   今も、歴史の残照があちこちに覗える。

   岸辺の標識には海(東京湾)から33キロとある。

   正月2日目、天気も晴朗、外気の誘いに応じて、府中街道を

   南下、 多摩川の岸辺を散策。

   川の流れは、常にひとのこころを癒してくれるものである。

      Dsc00611

   正月休みということもあるのか、いつもよりか空気が

   澄んでいる。 サイクリングロードを川上に向かうと

   富士山がくっきり。

   「こいツァ 春から~」の 初富士であった。  

     Dsc00613

                  今宵の酒も旨かろう! 合掌



 

 

 

新年賛歌

  2016年 快晴にして穏やかな開幕。

  オリンピックの年でもある。

  新年のイメージ。 力強く歩む橋の向こうに聳えるスカイツリー。

Dsc00607_2   停滞ではなく、 前進の年でありたい。

      - - -

   新年に、ふと頭に浮かんだ言葉。

     「 飄々と生きる」

   大学時代の先生が、我々学生に揮毫してくれた言葉である。

   当時の我は、それを座右にするほど純真な学生でもなく、

   若き日々は、飄々とはかけ離れた苦渋の道程でもあった。

   今。古希を過ぎてふと立ち止まって想いに耽ると・・・

   「飄々と生きる」という言葉が、改めて懐かしくも

   我が心に染み込んできた。

   具体的にどういう生き方なのか、解ったわけでもない。

   ただ、なんとなく 「飄々と生きる」のも悪くない。と

   獏と思うだけである。

    この歳になると、毎年 身近に親しかった人が、

   1人 2人と あの世とかに見送ることになる。

   これもまた人の世の常。 

   せめて残された人生 「飄々」と生きられれば

   幸いなるかな。 である。

   新たな年を迎えての感慨である。

                       2016・1・1 

 

   

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