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2016年7月

色彩の極み

   昨夜は「隅田川花火大会」

   約95万人の人達が押し掛けたという。

   今夏最大のイベント。

     - - -

   はからずも、 某氏のご高配、お誘いで、私も

   (特等)観覧席で、鑑賞させて頂いた。

   まのあたり、正面頭上に拡がる連続の花火は、

   正しく色彩の極み。

   酒杯を傾けながら、暫し美の饗宴を堪能した。

   最早多言は無粋というもの、数枚の写真を添付するに

   留める。

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                                   以上








予測の参考

  歴史は繰り返す、という言葉があるが、

  もっと短い期間で、世の中の動きを見る際に、

  ある人曰く、 丁度20年位前に何が起こっていたかを

  概観すると、結構面白いことがある・・と言う。

  今年(2016年)は、どういう年になるか・・・

  そこで、私も面白半分、好奇心につられて以下・・という次第。

     - - -

  項目        1996年         2016年

  首相        橋本龍太郎       安倍晋三

  東京都知事   青島幸男         ?

  米国大統領   ビル・クリントン     ヒラリー・クリントン?

  災害      阪神淡路大震災(前年)  熊本震災

  オリンピック   アトランタ         リオ

  大リーグ    野茂英雄が活躍     イチローが脚光

  野球      巨人メークドラマ      目下広島首位 

  テニス     松岡修造ベスト8      錦織圭活躍

  ベストセラー 石原慎太郎(弟)      同(天才)

    任天堂     ポケットモンスター     3ds    

  株価(年末)  19361円         ?(現在16500円)

    ー - -

  こう並べてみると、必然?偶然?入り混じって

  「20年」という年月、に何ら根拠があるわけではないが、

  それだけにかえって不可思議にして面白いデータに

  思えてくるではありませんか・・・。

銃社会

   (以下の数値は、ある新聞記事からの引用)

   米国の今年6月までのデータによると、

     職務中に殉死した警察官は   60人以上

      この実態が、「過敏な反応」に結び付く為か、

     警察官に殺害された民間人

         白人         238人

         黒人         123人

         ヒスパニック系    79人

         不明・その他     69人

         計           509人

 

   昨今問題視されている黒人への発砲が必ずしも際立って

   いるわけではないが、それにしても・・・、

   警察官が月平均10人が殉死という実態!

   その警察官に殺害・・が500人という実態!

   警察官が発砲・・ということには、夫々理由、背景が

   あるのだろうが・・・それにしても である。

   「銃社会」の実態は、想像以上の様相にある。

   本来市民の生命を守る警察官から銃を向けられるような

   世の中だけは勘弁願いたいものである。

 

 

 

ご隠居にも解る年金問題

   年金制度

                       
 

3要素

 
 

変動要因

 
 

基礎データ

 
 

受給額 (国の年金支払額)

 
 

受給者の人口

 
 

平均余命

 
 

徴収額 (国が受給者から集める金額)

 
 

対象人口

 
 

出生率

 
 

運用益 (ストック資金の運用益)

 
 

経済 市場動向

 
 

金利変動

 

  大雑把に言えば、

  年金制度は、平均余命、出生率、金利動向といった変動

  (不確定)要因によって成り立っている。

  したがって、

   平均余命が一定の範囲で推移し、出生率も安定(人口増)し、

   金利もそれなりの水準を維持していれば、年金制度に

   なんら問題は生じない。

   (過去、大量の資金が蓄積されたことから、安易に

    無駄使いをされた苦い経験がある)

  ところが、

    時代を経て、平均余命が飛躍的に伸び、(長寿自体は

    いい事ではあるが) 出生率が鈍化(人口減)し、

    低金利時代到来・・となると、たちまち年金制度に

    支障が生じ、なんらかの対応が必要になる。

  これが年金問題の本質である。

  理屈論からみても、変動要因によって出来ている

  年金制度に、「100年安心の年金」は、あり得ない・・

  ということになる。

   (ストック資産によって、○○年は「持つ」という

    考え方はあり得る)

  そこで、時代や情勢に応じて、制度の見直しということが

  どうしてもおこりえる。

  それが正しく今日言われるところの「政治的課題」。

  目先の耳障りの良い「先送り案」では根本的な解決とは

  ならず、将来不安は解消しないことになる。

    - - -

  それでは、どうすればいいか ということになるが、

  すでに様々な案が出回っているところだが、

  考え方の根本は、

    受給額を調整するか

    徴収額を調整するか

    両方で 調整するか。  である。

  徴収は小さく、受給は大きく・・は論理的にあり得ないわけ

  だから、

   徴収額増は困る(受給額の小は仕方なし) か

   受給額減は困る(徴収額の増はやむなし) か

   その選択になる。

  これを制度論として書き直すと、

    一定の受給額は将来的にも保障する。そのかわり

    徴収額(負担)が増加する可能性があり得る。  か

    徴収額は据え置くが、そのかわり 受給額が減少する

    可能性がありうる。 のどちらかの選択。

  正しく国民的政治課題となる。

  この選択には、いわゆる「ラストトレイン論」が絡んで

  くるが、ここでは触れないで置く。

  以上ご隠居なりの現状における年金問題理解。

 

 

18歳の主張

   1990年代前半、我が国も「失われた10年」といわれる

   時代に突入した。

   このため、更なる構造改革の必要性が叫ばれ、それなりの

   施策が打ち出されたこともあり、なんとか2002年頃、

   一応の落ち着きをみせるようになった。

   が、その後も少子高齢化を背景として、社会保障、年金、

   介護等々の問題が顕在化していくなかで、「改革」気運も

   息切れ状態。

   この結果、「失われた20年」と言われ出す状態となり、

   それが今日まで続いている。

   近時、「アベノミクス」と言われる政策を推進中だが、

   文字通り、(道)半ば。

   ここでは、その是非は控えるが、外野席からの感想として、

   往年の「景気循環論」華やかな時代の経済(景気)対策、

   の「名残」を引き摺っているのでは・・と感じるところがある。

   さらに加えて今必要な事は、

   時代に即応した経済の仕組み、雇用、生産、流通、

   税制度等々の思い切った「構造改革」。

   この改革推進のためには、信頼される政治、様々な

   既得権者と真摯に対峙する勇気が前提。

   裏返せば、今政治に期待したい事柄でもある。

     - - -

   我々世代は、幸いにも、高度経済成長、バブル経済まで

   経験している。

   そしてそれらを踏まえた過去のモノサシで、現状を観る 

   ところがある。

   必ずしも、それが悪いとか、否定されることでもないが、

   要するに「囚われないで柔軟に」という姿勢が大切、

   かと思うのである。

   そんな事を改めて考えさせられたのが次の一言である。

     - - -

   今回から、選挙権が18歳以上からとなり、初めての

   行使となるが、それに関連して、18歳のある若者の

   発言が某新聞に掲載されていた。

   次のような主旨であった。

    「 今は不況だといわれているが、僕たちは

      子供の頃からずっとこんなだったから、

      これが普通だと思っている。

      社会が現状のままでいいとは思わないが

      日本は高度な技術もあるし、将来は

      なんとかなる」

    したがって、不安を煽るような候補者の話は

    つまらない、と言うのである。

    我々世代が見落しがちな発想に、少なくとも

    私は教えられた。

    特に これが普通だと思っている・・・という言葉に

    我々が忘れていた「世界観」を感じたのである。

    如何なものであろうか、ご同輩!

 

メセナの元祖

   以前にもこのブログで触れたことではあるが、

   今年は「日伊国交樹立150周年。

   多くの関連イベントが行われていることは周知の通り。

     - - -

   イタリアといえば、まず思い浮かべるのは、

   ルネサンス(文芸復興)、ルネサンスといえば・・・

   フレンチェ・・・・メディチ家・・・・文化・芸術の積極支援

   というのが、まあ順当な連想ゲーム。

     - - -

   という前置きはさておき、先日雨のなか、庭園美術館の

   「メディチ家の至宝」展を観てきた。

   実は、2度目の訪問である。

    (同じ企画展に2度訪れるなんて希有なことだが、

     格別の理由はない。まあご隠居の気まぐれ)

     - - -

   さらに言えば、メディチ家のことをよく知っている訳

   でもない。

   子供の頃に授業で、ルネサンスとか、メディチ家なんて

   ことを聞いたことがある、といった程度である。

   余談だが、イタリアに関しては、若い頃、欧州駐在の

   知人から、「欧州のなかでは、やはりイタリア(ローマ、

   フレンチェ)には1度訪れる価値はある」と言っていた

   のを覚えている。

   (されど…未だ訪れたことはなし。)

   諸々あって、なんとなく気になる「存在」として、

   どこかに埋もれているのかもしれない。

     - - -

   ということで、

   この「至宝展」、私には、数々の装飾(宝石)品も

   さる事ながら、最も注目したのが、「メディチ家の

   詳細な家系図」。

    (ふと、我が国の「徳川15代」を連想していた)

   長年に亘る特定の一族による、権力・支配構造と

   その持続の在り方。さらには、その栄華と衰退の過程。

   等々は、すでに多くの人達によって分析・論評されて

   いることだろうが、素人の私には興味深い新たな発見。

   少し、初歩的ノートでもあれば、読んでみたいという

   気にさせられた。

     - - -

   これら貴重な至宝の数々について、

   今日、まとめて目にすることができるのは、

   アンナ・マリア・ルイーザの遺言によるための由。

     「メディチ家のコレクションが、フィレンチェに

      とどまり一般に公開されることを条件に

      全てトスカーナ政府に寄贈する」

   メディチ家の文化・芸術に対する保護姿勢が、

   脈々と流れている思いがするのである。

 

 

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