« 「車社会」を考える | トップページ | 先見性 »

先人の偉業

   現代社会に生きる我々の日常生活も、先人達によって

   積み上げられた数々の偉業、功績によって成り立って

   いる、ということをつくづくと感じることがある。

   人間1人のほんの短い半生においても、生まれた頃は、

   未だテレビやクーラー、固定電話すら各家庭には無い

   時代であった。

   人類の歴史からみれば、ほんの一瞬に過ぎない半世紀

   位の間に、この生活の伸展振りは、如何なもので

   あろうか。

   その間の科学・技術等の発展は驚異ですらある。

   その反面、もしかしたら我々は大切なものを

   失くしてきた、という一面もあるのかもしれないが。

     - - -

   人類の偉業といえば、その象徴として、幾多の

   発見・発明を思い浮かべることになるが、

   たとえば、世界の3大発明・・・といえば、

   一応、印刷、火薬、羅針盤、が通説になっている。

   が、印刷技術については、多大な恩恵に浴しているが、

   他の2つについては、極く限られた世界でのものであり、

   人類への貢献と言う点では今1つの感がある。

   もう少し身近なもので我々の日常生活に貢献している

   ものは何だろうか・・・遊び心で我流3大発明。

   世界中の人々の日常生活に貢献してきて、今も

   貢献し続けている その貢献の総量で選んでみると、

   時計、眼鏡、自転車 となった。(あくまで独断)

   これらは、今や身近にあり過ぎて、「発明」という概念

   から遠く、その有難味が薄れているものの、

   もしこれらが、無かったら・・・

   例えば、時計を自前で作るなんて不可能。

   精々庭に垂直に棒を突き立てて「日時計」なんて

   洒落にもならない。

   眼鏡、自転車も然りである。

   今や「当たり前」のように使用しているが、

   文字通り、先人達によって受け継がれた創意、工夫

   改良の賜物である。

   夫々の起源を辿るとそれらしき記載に接することが

   できるが、飛行機や自動車、ダイナマイトのように、

   歴史に名を遺すことがないのが、如何にも身近過ぎる

   モノの宿命なのか・・・。

     - - -

   歴史に名を留めない発明であっても、世界中の人々が

   その恩恵に浴している「名も無く美しい」発明品がある。

   モノの世界と同様、人間の世界にも当てはまる話では

   ないだろうか。

 

 

 

 

« 「車社会」を考える | トップページ | 先見性 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1211385/67396363

この記事へのトラックバック一覧です: 先人の偉業:

« 「車社会」を考える | トップページ | 先見性 »