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「車社会」を考える

   10年先、20年先の市民生活を推察する際、キーワードの

   1つになりそうなのが、今日の「車社会」がどう変貌するか、

   ではないだろうか。

   その背景と言うか、根拠は「高齢化社会」である。

   平たく言えば、高齢化社会の進行で「車社会」はどう

   なるか・・という事である。

   現在、すでに65歳以上の総人口に占める割合は26%。

   実感はないが、4人に1人が65歳以上という現実。

   因みに75歳以上は8人に1人ということらしい。

   今後さらにその人口構成は高まってくる。

   ということは・・・どういう社会が到来するのか・・・。

     - - -

   現在、すでに私の周辺でも、免許証の返上とか、

   運転を止めるという動きがちらほら表れている。

   その傾向は今後1つの社会現象となることは

   ほぼ間違いない。

   それに伴い、個人(各家庭の乗用)車を手放すと

   いう動きも目立ち始めるに違いない。

   但し、車そのものの需要は急減することはないと

   考える。

   行き着く先は、「車社会」の中身の変容ということでは

   ないだろうか。

   たとえば、1つ考えられる事は、自家用車から

   「公共(乗合)車」へのシフトの動きである。

   すでに園児や介護関係の送迎バスにもみられるが、

   今後さらに多方面の分野で活用がなさるるように

   なるのではないだろうか。

   民間事業においても、すでに、ホテルやゴルフ場などで

   送迎バスの導入が散見されるが、今後は、たとえば

   大型ショッピングセンターや、アミューズメント等が

   自前の無料巡回バスなどで、地域の特に高齢者の

   集客に・・・という動きが当たり前の時代がくるかも

   しれない。

   勿論、高齢化社会に対応した企業戦略(顧客囲い込み)

   の1つとしてである。

   どこかがやり始めれば、案外こういうことは

   我も我もと拡がり当たり前の現象になるものである。

   「車社会」もその実態は大きく変貌する・・と見ておきたい。

     - - -

   「車社会」の変貌に関連して、更に重要なことは

   「道路行政」の在り方の問題である。

   従来ややもすると、行政は、社会実態に対して

   後手後手に廻る傾向があった。

   果たしていつまでも 「車」が主役の道路行政のままで

   いいのかどうか・・・考え処である。

   今から10年以上も前に、ある所管省の幹部が、

   これからの道路行政も、「車」主体から「人」主体の

   時代が来る、と発言していたのを覚えている。

   高速道路や、幹線道路の整備拡充も勿論重要課題だが、

   人の歩く道、生活道路の整備こそ重要になるとの主旨で

   あったかと思う。

   今、改めて高齢化社会到来を踏まえ、「慧眼」かと思う。

     - - -

   少し話が逸れるが、バブル華やかな頃、予算が潤沢

   だったのか地元の要請に応じて、「歩道橋」があちこちに

   設置された時期があった。

   多くは必要にして有効であったのであろうが、中には

   何故ここに?というところにも出来ていた。

   流石に今、新設の話はあまり聞かないが、現在東京

   には約700余の歩道橋があるらしい。

   見方を変えれば、「歩道橋」は車主導の道路行政の

   名残でもある。

   ある強い雨の日、お年寄りが傘を斜めにさして、

   歩道橋の階段を一歩一歩昇っておられるのをみて

   なんだか考えさせられた事があった。

     - - -

   「高齢化社会」の本格的到来は、行政の在り方も

   従来の「先例に習う」方式では通用しなくなった。

   「車社会」の検証1つとっても、様々なことが想起

   されるのである。

 

 

 

 

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