« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »

2016年12月

今年の10大発言

   昨今、言葉の重みが薄れてきているようにも感じるが、

   それでも「ペンは剣よりも強し」である。

   1つの言葉(発言)が、多くの人々を救い、励ますことも

   あれば、その逆に嘆き、哀しませることもある。

   様々な人達の時々の発言は、また時代を反映したもの

   とも言える。

   そこで、今年を振り返り、様々な人達による発言の中から、

   独断で10個を選び、称してご隠居の「今年の10大発言」にて

   締め括りとする。

                           (順不同・敬称略)

  1. 「次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように

      全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、

      難しくなるのではないかと案じています」

                             天皇陛下

  2.     「家族と宿泊した客室で事務所関係者らと緊急かつ

      重要な会議をした。これは政治活動である」

                             前舛添都知事

  3.  「富に執着するあまり、絶望に駆られて生きてほしく

       ない。 自分のエゴを満足させるために、他者を

       破壊しなければいけない文化ではいけない」

                      世界で一番貧しい大統領

  4.  「放送局が全く公正な放送をせず改善措置も行わ

       ない時、法律に規定された罰則規定を一切適用

       しないとは担保できない」

                              高市総務相

  5.  「いままでなんかいも死のうとおもった。でも、しんさい

       でいっぱい死んだから、つらいけどぼくはいきると

       きめた」

                 福島から避難、いじめにあった少年

  6.  「政治家の事務所はいい人だけとつきあっているだけ

       じゃ、選挙に落ちちゃうんですね」

                         甘利 経済再生担当相

  7.  「役にたつという言葉が、とっても社会を駄目にしている

       役にたつのは、十年後、百年後かもしれない」

                        ノーベル受賞 大隅良典

  8.  「社員の命を犠牲に業績を上げる企業が優良企業と

       言えるのか」

                       電通 高橋まつりさんの母

  9.  「孤独に思考し、判断し、共に行動し、そして戦後

       百年を迎え、祝いの鐘を鳴らしましょう」

                     「シールズ」の解散メッセージ

  10. 「パイロットは県民に被害を与えなかった。感謝される

       べきだ」

                      在沖縄米軍 ニコルソン

        以上。 今年もいろいろありました。

             時代は途切れることなく・・・新年へ。

或る日の散歩路

   12月には珍しい青空と暖かさに恵まれた日。

   丁度都心に出る用件の序でに、久しぶりにお気に入りの

   散歩コースを散策した。

   以下は、その時のコース順写真である。

    散策は、田安門から旧江戸城北の丸「登城」にて始まる。

Dsc00875
   田安門から直ぐに かの「日本武道館」 の前に至る。

   ミュージシャン等々の聖場との由。

   喧噪から離れてすぐ右側の遊歩道を昇る。

Dsc00876   

   千鳥ケ淵を眼下に見下ろす。

   北の丸側からの景観もそれなりに一興である。

Dsc00878

    淵に沿って真っすぐ歩む先は旧近衛師団司令部庁舎。

    現在は、国立近代美術館の分館(工芸館)である。

    入館し、2階の窓から皇居方面を眺め往時を偲ぶ?のも

    またそれなりの感興。

Dsc00879         (序でに  工芸館展示物の一部)

    工芸館を後にし、次に国立公文書館、国立近代美術館

    と観て廻るのもこのコースの醍醐味。

    前期高齢者も全て入場無料というのも有難い。

    (但し、美術館は常設展のみ)

    さて、さらに散策は進み、美術館斜め前の北桔梗門から

    皇居東御苑へ。

     Dsc00880
    旧江戸城天守跡から武道館方面を眺める。
Dsc00882                  富士見櫓
Dsc00881
    表ー奥(大奥)等は、すっかり影もなく、大きな広場が

    拡がるのみで、かの「松の廊下」も跡の表示があるだけ

    である。それでも 木陰のベンチで休みながら、様々な

    歴史のあれこれを思い浮かべるのも、それなりに

    至福な時間の過ごし方ではないだろうか。

           - - -

    暫し風情を堪能した後、大手門より城を出る。

    以上が我がお気に入りの散策コース。

    春夏秋冬 夫々にお勧めである。         以上










プロとは?

 旧聞だが、ある有名なお笑い芸人が、自分の母親の葬儀の

 席で終始参列者に対し、ふざけたお笑いを振りまいていたという。

 参列者の、ある後輩芸人は、その先輩芸人の 芸人魂にこれぞ

 本物の芸人と感動すら覚えたという。

 ある新聞もこれを取り上げ、これぞプロ!と称賛の記事を載せて

 いた。

 母を亡くした哀しみは、誰もが解るだけに、この芸人の立ち振る

 舞いが、一層その場の人達にとって胸迫り、感動したということは

 想像し得る。

 また一流のプロとはそういうものかもしれない、とも思う。

 あらゆる業界においても、トップクラスを走る人達は、24時間

 常に「成りきる」という姿勢を崩さない、ものかもしれないと

 思ったりもする。

    - - -

 一方で、この芸人に対するプロ魂の記事に接した時、

 少し違和感を覚えたことも事実である。

 平たく言えば、母親の葬儀の席でもお笑いを振りまく・・・事が

 お笑い芸人としてのプロとしての証なのだろう・・・か? と。

 そして、そもそも プロとは何なのだろうか と。

   - - -

 今もなおボンヤリしたままで、容易に答えが得られたわけ

 ではない。

 なんとか1つ思い付いたことは、

 これらの問題は、なにが正しい(姿)か、間違った(姿)ではなく

 人夫々の感覚、感性のあるがままのものであり、その評価も

 人夫々の感性で様々あっていい・・という一応の中間解答。

 私の感性で、もしその場に居合わせば、感動よりも違和感の

 方だったに違いない。

 私の場合、お笑い芸人も人の子、母親の死に嘆き悲しめば

 いいではないかという立場。

 なによりも、役者も芸人も、舞台を降りれば1市民。という方が

 しっくり収まる方である。

 勿論、プロの生き様には様々有っていいし、現実にも様々な

 プロの姿を我々は知り得ている。

 往年の俳優にも、勝新太郎タイプも居れば、舞台を降りた

 後の私生活をほとんど明らかにしない高倉健や渥美清タイプ

 もいた。どちらも立派な「プロ」である。

 それをどう思うかは、夫々の「好み・好き嫌い」。

 あの芸人の姿に「感動」する人もいれば「違和感」を覚える

 人もいる。 ・・・なんだか変な一応の結論。

 

 

知性の風化

   日本にもどうやら「カジノ」が出来るらしい。

   6時間程の審議で、衆院通過とは、余程「オイシイ」事が

   見込まれる法案なのだろう・・・と勘繰りたくもなる。

   それとも、民主主義の世の中、国民の多くが、カジノを

   作ってほしいと願っているからであろう。・・・か?

   「統合型リゾート施設(IR)整備推進法案という名称だけを

   みると、なんら引っかかりのない法案に見えるが、

   法施行後1年以内をめどに、政府が「カジノ」の一部解禁を

   含む法整備を行うと定めているところがお騒がせの核心。

      - - -

   果たして、日本にカジノは必要か否か。

   この法案に対する吾輩の思いは・・・

   実は、賛成でもなく、強硬な反対論者でもない。

   非難ゴウゴウを承知の上で、あえて言えば

   「まあ、作りたければ 作りなはれ」と 実に無責任と

   いうか、今の議論に対しては無関心の立場。

   勿論、賛成、反対の論拠位は、ある程度知った上での

   話である。

   その経済的効果もある程度期待できると思うし、

   反対派の「ギャンブル依存症」問題等もよく解る。

   夫々の論拠を軽く見たり、否定するわけではないが、

   聞けば聞く程、なんだか問題の本質と次元の違う処

   の議論のように聞こえ、思い悩んでしまうのである。

      - - -

   一体、(為政者)の皆さんは、この日本をどのような

   国柄にしたいという想いで日頃の政治に携わって

   おられるのであろうか

   そして多くの国民は、どういう国であってほしいと願って

   いるのだろうか。

   勿論、混沌としたグローバル社会において、綺麗ごとや

   正論だけで、国民の生活・生命・財産が守られるとは

   思わない。

   特に、経済政策面では、リスクは不可避であり、ほとんど

   全ての経済活動には、プラス・マイナス混在のなかで、

   より最適を選択することが課せられてくる。

   そうした中であっても、確固たる国柄の堅持、骨格の

   方向性から逸脱することは許されない。

   民間企業においても同様であろう。

   それらを踏まえて、この「カジノ法案」の審議過程を

   見ていると、

   一方では「儲かります」 他方は「ギャンブル依存症」

   (勿論それだけではないだろうが) の対立図式では

   関心も薄れるというものである。

   せめて、野党からも、第一次内閣当時の「美しい日本」

   という崇高にして静謐なスローガンとの整合性あたり

   を質問して、あるべき国柄論争にでもなれば、少しは

   知性溢れる国会になるのだろうが・・・。

   現実は遺憾ながら「ノンポリ」を決め込むことに・・・。

   さて「良識の府」参院ではどういう論戦になるだろうか。

      - - -

   ついでに余計な一言

    「昨今、アメリカをはじめ ヨーロッパ各国とも

     なんだか文化の香りや 知性に対する畏敬の

     念が薄くなってきているように感じます。

     せめて日本は、古来の伝統や文化、芸術を

     しっかりと守る骨格のぶれない国柄であって欲しい

     と願っています。

     そう思いませんか」

 

 

 

 

« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »