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無欲の境地

     真冬に「風鈴」とは、いささかしっくりこないが、

     以下は、信じられないようだが、風鈴に纏わる

     本当の話である。

       - - -

  某日、図書館で、

    「 水が流れるように

      風が大空を

      吹きわたるように

      生きなさい    」

  というフレーズに魅せられたのか、1冊の本を借りて読んだ。

  新井満氏の  「老子」 (自由訳) である。

  難解な老子の思想・教えを、簡潔にそのエッセンスを氏の

  自らの言葉で、まとめたもので、1時間ほどで読み切れる

  本であった。

  読み終えたからといって、その精神がすぐ身に付くもの

  でもないが、日頃惰眠を貪るわが身には、こころに響き、

  なんとなく考えさせられる言葉が散見された。

   曰く

    「道(タオ)というものがある。

     道は、決して自慢しないし威張らない

     天と地と万物の母でありながら

     創造主を気どることもない

     どこまでも謙虚で どこまでも無欲で

     しかも無為

     余計なことは1つもせず

     あるがまま自然に

     いのちの宇宙大河となって

     流れつづけている

     ゆったりと おおらかに    」

  あるいはまた

     「 私の日常生活は 無為にして無味

       無欲にして無心

       才能の光は

       やわらげておきなさい

       世俗の塵の裏側に

       そっと隠しておきなさい   」

                            等である。

     - - -

   さて、 話はその夜、寝入ってからのことである。

   この寒夜に、なんと「風鈴」の夢をみたのである。

   軒下にぽつんと風鈴が1つ、風に揺れている・・・。

   ただそれだけの夢であった。

   この季節に何故風鈴の夢?と不思議な想いに

   駆られたが、ふと何者かに導かれるように、

   1つの思考に思い至ったのである。

   「風鈴」こそ、昼間読んだ、あの無為、無欲、無心の

   存在そのものではないか、ということにである。

   自らは決して我を表すことなく、文字通り風の吹くまま

   風任せである。それでも妙なる音で、廻りの人達を

   楽しませる。 結果としてその存在を有らしめる。

   如何なものであろうか。

   なんだか、二千五百年の時空を超えて、老子から

   大きなヒントを与えられたような贅沢な気持ち。

   内容は、夢(のよう)だが、本当の体験談である。

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