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2017年7月

ウイスキーこぼれ話

   ウイスキーがいつ頃作られたのか、あるいはその発祥の

   地については、今もなお諸説あり、はっきりと定まっては

   いないようである。

   ただ、国産の本格ウイスキー誕生の歴史は、1923年

   (大正12年)、鳥井信治郎が、京都山崎の地に初めて

   蒸溜所の建設に着手したことにより始まる。

   その後試行錯誤を経て、1929年 「サントリー白札」と

   して発売、国産第一号である。

   その時の広告(キャッチコピー)は、 「・・舶来盲信の

   時代は去れり・・・吾に国産至高の美酒・・」 である。

   後に、山口瞳、開高健に繫がるサントリーの宣伝広告の

   萌芽でもある。

     - - -

   さて、そもそも初めて日本人が「ウイスキー」なるものを

   飲んだ人は・・という逸話が結構面白い。

   1853年(嘉永六年) ペリーの黒船が来航した年だが、

   その船内に「ウイスキー」も持ち込まれており、

   それを飲んだ日本人がいたという。

   当時の浦賀奉行所与力、香山某である。

   この人、種々の事情から折衝役になり、与力ながら

   「浦賀奉行」を名乗り亘りあったという。

   元々、社交的で如才ない性格であったらしく、

   相通じるところがあったのか、「まあ一杯どうだ・・」と

   いうことから、初めて「ウイスキー」なるものを

   口にした・・という次第。

   今も昔も、外交は、酒を飲み交わすような関係作りこそ

   まず第一歩ということなのか。

     - - -

   ウイスキーもピンからキリ。

   我々庶民には 「高嶺の花盛り」の世界でもある。

   そういうなかで、かの開高健がいいことを言って

   頂いている。

     「 山の高さを知るには、峰から峰を歩いたのでは

       解らない。

       裾から一歩一歩攻め登らなけばならないという

       のと似ていて、名酒の名酒ぶりを知りたければ

       日頃は安酒を飲んでいなければならないし、

       ご馳走という例外品の例外ぶりを味得したければ

       日頃は非ご馳走にひたっておかなければ、

       たまさかの有難味がわからなくなる」

   誠に心強いお言葉に、安寧の心地拡がるも

   ふと我にかえる。

   そのたまさかの名酒やご馳走にめぐり合えない人もある。

   嗚呼! 今宵も 我が相応の安酒で 夢の中へ・・・。

一市民の「民主主義論」

   総理の「こういう人たち・・」と言う発言については、

   すでに様々な批判や擁護論が出回っており、

   追随的に触れることは避けるが、

   一連の「騒動」のなかで、一寸気になったことは、

   これに関わる官房長官の「言葉」の方であった。

   即ち、「全く問題ない。 民主主義だから発言は自由」

   というものであった。

   ここで「民主主義」という言葉が出てきたのである。

   勿論、「民主主義→発言の自由」という論理は全く

   その通りであり、間違ったことを言われているわけではない。

   が、なんとなく私には違和感が残ったのである。

   それは、いわゆる政権を担う立場(権力者)側からの

   発言である故での戸惑いということに思い至った。

   「民主主義」というのは、単純、素朴に時々の権力

   にも自由にモノが言える社会、と受け止めていたので、

   改めて政権を担う立場の人から民主主義云々と

   言われて なんとなく「?」と感じた次第である。

   勿論、総理といえども、1私人の立場においては、

   発言の自由はあるが、公人としては・・・・ 果たして

   如何なものであろうか。

   (余計なことながら、「国会審議」での議員の発言に

    ついては、責任を問われないという法律あり)

   今回の政府中枢の発言を機に、「民主主義とは何か・・」

   と少しばかり考えさせられたではありませんか、

   官房長官殿!

 

不可解な局面

    なんだか世の中変である。

    将棋の世界では、素晴らしい天才が出現したが、

    政治の世界は、正に異常局面。

    別段「アンチ・あべ」 というわけではないが、

    流石にこのところの流れはなんだか変である。

    民間企業等においても同様だが、「公平・公正な

    ジャッジメント」は、周りの人達から信頼や信用を

    得られるための大きな要素だが、その肝心な

    ジャッジメントにひずみが生じてきている。

    人は、不公平な取り扱いには、最も敏感に拒絶反応を

    起こすものである。

    例えば今回の防衛大臣の発言とその処置。

    仮に、自衛隊幹部が同じような内容を公けの場で

    発言すれば、即アウト、何らかの処置は不可避で

    あろう。

    その際、大臣は「誠に遺憾、厳重注意」する立場である。

    が、現状本人の場合は、「撤回」・・・で、という処置。

    これら一連の流れを、多くの自衛隊諸君はどう見て

    いるのだろうか。

    今回の件で、従来政治家の常套セリフ「法的には

    問題ない」から一段レベルアップ?して、「撤回」と

    いう対応策が生まれた。

    この事態は、与野党の立場云々というレベルではなく

    「政治家の信義・政治の信頼」の問題である。

 

 

 

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