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ウイスキーこぼれ話

   ウイスキーがいつ頃作られたのか、あるいはその発祥の

   地については、今もなお諸説あり、はっきりと定まっては

   いないようである。

   ただ、国産の本格ウイスキー誕生の歴史は、1923年

   (大正12年)、鳥井信治郎が、京都山崎の地に初めて

   蒸溜所の建設に着手したことにより始まる。

   その後試行錯誤を経て、1929年 「サントリー白札」と

   して発売、国産第一号である。

   その時の広告(キャッチコピー)は、 「・・舶来盲信の

   時代は去れり・・・吾に国産至高の美酒・・」 である。

   後に、山口瞳、開高健に繫がるサントリーの宣伝広告の

   萌芽でもある。

     - - -

   さて、そもそも初めて日本人が「ウイスキー」なるものを

   飲んだ人は・・という逸話が結構面白い。

   1853年(嘉永六年) ペリーの黒船が来航した年だが、

   その船内に「ウイスキー」も持ち込まれており、

   それを飲んだ日本人がいたという。

   当時の浦賀奉行所与力、香山某である。

   この人、種々の事情から折衝役になり、与力ながら

   「浦賀奉行」を名乗り亘りあったという。

   元々、社交的で如才ない性格であったらしく、

   相通じるところがあったのか、「まあ一杯どうだ・・」と

   いうことから、初めて「ウイスキー」なるものを

   口にした・・という次第。

   今も昔も、外交は、酒を飲み交わすような関係作りこそ

   まず第一歩ということなのか。

     - - -

   ウイスキーもピンからキリ。

   我々庶民には 「高嶺の花盛り」の世界でもある。

   そういうなかで、かの開高健がいいことを言って

   頂いている。

     「 山の高さを知るには、峰から峰を歩いたのでは

       解らない。

       裾から一歩一歩攻め登らなけばならないという

       のと似ていて、名酒の名酒ぶりを知りたければ

       日頃は安酒を飲んでいなければならないし、

       ご馳走という例外品の例外ぶりを味得したければ

       日頃は非ご馳走にひたっておかなければ、

       たまさかの有難味がわからなくなる」

   誠に心強いお言葉に、安寧の心地拡がるも

   ふと我にかえる。

   そのたまさかの名酒やご馳走にめぐり合えない人もある。

   嗚呼! 今宵も 我が相応の安酒で 夢の中へ・・・。

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