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2017年11月

京都ミニ・ミステリー

  周知の通り、京都(平安京)は、いわゆる碁盤の目の区画

  設計の都としてその特徴を有する。

  今もなお、住所表示として上ル、下ル、東入ル、西入ル、が

  有効に生きている。

  東西の通りは、北から一条~十条の通り名で、その間には

  如何にも由緒の在りそうな通り名の道が縦横にある。

  さて、その一条~十条通りのうち、四条通りや五条通りは、

  今や京都を代表する基幹道路として、活況を呈する存在だが、

  何故か六条通りの存在が希薄なのはどうしてだろうか。

  京都の古老にでも聞けば、すぐ教えてくれるのだろうが、

  (もしかして、在住の人達は誰でも知っている事なのかな?)

  そこは、ミステリー仕立て、すぐに答えが解ったのでは

  面白くない。

  手前勝手に推理でもしてみよう。

  手始めに、現在の六条通りの実態を検証するために、

  主要道路のバス停(名)を見てみると次の通りである。

  東大路通り  :  五条   →  馬町  →   七條

  河原町通り  :  五条   →  正面  →   七條

  烏丸通地下鉄:  五条       →       七條京都駅

  西洞院通り  :  五条  → 「六条」 → 正面 → 七條

  堀川通り   :  五条  →  西本願寺前 →  七條 

  大宮通り   :  五条    →  島原口 →   七條

  西大路通り  :  五条   →  花屋町 →    七條

  見事なまでに、六条の存在が希薄な事は一目瞭然である。

  五条と七條の間に六条という名のバス停があるのは

  西洞院通りに確認できるだけである。

    (それなりの理由があったのであるが・・・)

  本来なら、五条の次に六条があって然るべきだが、

  これほどまでに、排除されているのはどうしてだろうか?

    (いよいよ ミステリーは中盤からクライマックスへ)

    - - -

  京都に生まれ育って、20余年を過ごしていたのであるが、

  恥ずかしながら、「六条通り」は 河原町通りから堀川通り

  までに僅かに残っているだけ、ということをつい最近に

  なって知ったという次第である。

  なるほど 上のバス停からも読み取れる話である。

  それでは何故、六条通りは、極く一部にしか残りえなかった

  のであろうか。

  ドラマ風に言うと、「消えた六条通り」 あるいは

  「消された六条通り」の真因は・・・。

  私の勝手に作る推理では、 犯人?「二人説」である。

  その1つは、「正面」というバス停(名)がヒント。

  ズバリ 「秀吉」である。

  丁度六条通り延長線上の東山に秀吉が建立の

  「方広寺」がある。

  言い伝えによると、奈良の大仏にも引けを取らない大仏が

  鎮座していた由。

  今も、例の家康にいちゃもんを付けられた「国家安康」の

  鐘楼をみることが出来る。

  恐らく、秀吉の事である、自ら建立の寺前門前通りが

  「六条通り」では気にいらず、新たな命名を命じたのか、

  それとも取り巻きが「忖度」して「正面通り」とでも

  付けさせたのか、 まあどちらかであろう。

  あと1つの理由は 東西本願寺の存在である。

  これは通り(町衆)の方が、遠慮したのかもしれない。

  まあこれらの理由が相まって「六条通り」はいつの間にか

  一部の区間で残るだけの存在になった・・・・。

  というのが、自作推理ストーリーのエンデング。

  事実と違うところがあれば平にご容赦。

     - - -

  ミステリーはこれで終わりだが、

  都の大路関連で、思いつくままに「ひと口話」を「ふた口」ほど。

     小さい頃、五条通りにほぼ隣接する小学校に

     通っていた。

     当時の五条通りは道幅こそ今同様広かったが、

     車なんてほとんど通ることもなく、道端には

     ところどころ雑草が生えていた程である。

     西に向かって暫く行くと、田園風景であった。

     それが今や両サイド、ビルやマンションが立ち並ぶ

     有数の基幹道路。道路にも歴史ありである。

        - -

     これも幼い日々の話であるが、

     近くの公園で毎日のように遊んでいたものである。

     その公園の周りは、新しい建物等で、すっかり

     景観は変わってしまったが、公園そのものは、

     今も昔のままに残っている。

     後年、何気にその小さな公園の脇を通りかかって、

     そこに「朱雀大路跡」の碑をみて些か驚いた。

     世が世なら、朱雀大路で、ボール遊びなんかを

     していたことになる。

     京のみやこは、時間軸という地層を掘り下げると、

     あらゆる場所で、おもいもよらないものに出くわす。

     古都の魅力であり、魔界の魔力でもあるのだろう。

                                  以上

 

 

 

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猪口(ちょこ)っと自慢

   酒は、風通しのいい人間と呑みたいものである。

   絡み酒や乱れ酒は論外で、なんとなく空気がどんよりする

   陰気な酒や、終始自慢話や独演会調というのも

   できれば御免被りたいものである。

   やはり、酒は飲むほどに陽気に、程よい酔いのなかで

   心身に隙間ができ、そこにここちよい風が通る、

   そんな風通しのいい人間が最高である。

     - - -

   偉そうなことを「ほざいて」しまったが、さて自分はと顧みると

   こころもとないが、まあ有難いことに今も多くの呑み仲間に

   恵まれていることで、なんとか及第点を頂けるのであろうか。

     ー - -

   酒人生もいろいろだが、我が半生を振り返ると、

   なんとか人並みに酒の味が解り、酒が飲めることによる

   プラス面は圧倒的・・という気がする。

   酒を知らない(飲めない)人生であれば、そのレベル云々と

   いうことではなく、全く違った人生を歩んでいるような気が

   するのである。

   さて、そんな酒と同道の道すがら、時々に気に入った

   お猪口を買い求めているうちに、いつのまにか

   幾ほどかの数になっていた。

   今宵はどの盃でやるか・・というのも酒飲みの小さな

   愉しみ。

   以下は、これらのなかから選んだ数盃。

   文字通りの「猪口っと自慢」にてご容赦。

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                               以上








































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HOTEI

          なんの脈略もないが、

      HOTELから横棒1つ消すと HOTEI

     さて HOTEIとは?

     なんの事はない、漢字で書くと 「布袋」と明快。

     といっても、今井美樹の旦那様ではなく、

     七福神のほうの 「布袋様」

     この布袋様、随一 実在の仏僧だとは

     知らなかった。

     中国唐代末期の仏僧で、後に弥勒菩薩の化身とか

     言われた人らしい・・・。

       - - -

     この布袋に触れるのは他でもない。

     七福神、個々の神社は多々有るが、偶々

     都内沼袋の氷川神社で 七福神そろい踏みを拝見。

     七福神それぞれのお顔は皆魅力的だが、

     その中でも「布袋様」の笑顔は理屈抜きに面白い。

     おもわず1枚アップを撮り、ブログに添付という次第。

       ただそれだけの事だが・・・。

     Dsc00968

     Dsc00969

                                以上




 

 

 

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秋日和の或る日

   いつの間にか70代半ば近くのご隠居。

   日々の過ごし方といっても、たかがしれている というもの。

   それでも、何某かの変化変幻が人生の妙味というもの。

   時には無為の日を過ごし、静かに酒・・という日もあれば、

   気分のままに駆け巡って歩数計2万歩という日もある。

   以下は、そんな秋日和のある日 日記風のメモ語りである。

     - - -

   澄み切った秋空の午後、久し振りに六本木の

   東京ミッドタウンへ。

   昼間の六本木もそれなりにある種の都会的風格がある。

   同じ東京でも中央線沿線とは、ひと味違う感覚。

   勿論、どちらがいいとか悪いとかではない。

   都会の顔はそれぞれでいい。

   目的は、某夫人出品の写真展鑑賞。

   暫し、担当者の作品説明に耳を傾ける。

   御主人は大先輩だが、長年の呑み仲間。

   ご本人も絵を描かれ、毎年個展を開かれている、いわば

   芸術ご夫婦。

   鑑賞後 ミッドタウンを気侭に散策。

     - - -

   さて、ミッドタウンから歩いて10分程で国立新美術館。

   「日展」を鑑賞する。

   素人の勝手な感想だが、「日本画」はモチーフが

   出し尽くされているのか、なんだか斬新さに欠け、

   どこかで見たように思う作品が多く、1つ1つ

   丁寧に観て廻る根気を無くしたというのが正直なところ。

   その点、「洋画」のほうが、色彩も華やかで、単純に

   見て楽しい・・と私には感じられた。

   「書」 ・・ 昨今の書道は、何故我々一般人が

   読めないような字ばかり? と素朴な疑問。

   小学生でも読めるような字体では、芸術性で「軽い」

   ということなのだろうか、と小学生のような感想。

     - - -

   さて暫く休憩した後、なんと美術館から信濃町を

   目指して歩いたのである。

   目的は1つ・・・外苑のイチョウ並木である。

   青山墓地横から青山1丁目経由神宮外苑というコース

   である。

   毎年、この季節になると、機会をとらえてこの界隈を

   散策するのが私なりの流儀。

   目の醒めるような黄金色には、少し早過ぎたが、

   それでも十分満喫、暫しベンチで休みながら風情を楽しむ。

Dsc00967    

    余計な事ながら、前を通る人たち、なんと東洋系

    外国人の多いことよ・・・。

      - - -

    程よい夕刻。 信濃町からJRで新宿へ。

    定例の会(呑み会)に出席。 当夜は10名程の参加。

    好き勝手な事を話題に大いに飲みかつ食べる楽しい会。

    私も日本酒(熱燗)をしっかり頂く。

    が、翌朝はいつものように早く起きて

    散歩約5千歩。 天気は晴朗である。    

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罰金ゲーム

   トランプ来日で、「おもてなし外交」 総理の思惑通り

   進行したようで、ご同慶の至り、としておく。

   ただ、政治は結果だと よく口に出されている言葉、

   外交の成果・結果はこれからである。

   果たしてどういう「形」ででてくるのだろうか。

   果実の為の投資(イバンカ基金・武器購入)面は具体化。

   国際環境を鑑みるに、手放しで喜んでもいられない、

   というのが正直な感想である。

     - - -

   一方、国内でも殺伐とした事件等で、なんだか今1つ

   スッキリした空気に恵まれない様相だが、

   こういう時こそ、気分を変えて「笑い」の世界でも・・・。

   と言っても、昨今巷に溢れる類の「お笑い」も、それこそ

   今1つ。

   笑いにもピリリと風刺の利いた笑いが欲しいところ。

   そこで、不遜ながら私も以下に少々。

      - - -

   あくまでジョークだが、

   政界で、楽しく面白いゲームを流行らせてみる、というのは

   どうだろうか。

   たとえば、公けの場で、特定の単語や語句を使うと

   罰金というのはどうだろうか。

   罰金対象の禁句例としては

     誠に遺憾   ・・ 如何にも便利な言葉だが

                それで一件落着は困ります。

                だからどうするの?そこを聞きたい。

     真摯に受け止める  ・・ (本音)いつもは適当に

                聞き流しております、はい。

     丁寧に説明する ・・丁寧なペーパーを作るよう

                官僚によく言い聞かせておきます。

     承知していません ・・ なら すぐ担当者に聞いてよ!

     記憶にありません ・・お互い記憶力が弱っていることは

                認めるが、だったらしっかり「記録」を

                出してよ!

     排除 さらさら  ・・  即 アウト!

   他愛のないゲームだが、結構浄化作用は見込めますぜ。

   さらに国会開催中でも、結構な罰金が溜まるという

   一鳥二石!!  一石二鳥!(笑)。

 

 

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ある感慨

   例年通り、今月1日より「年賀はがき」が売リ出された。

   日々気侭に過ごしている身ながら、今年も早や11月かと

   人並みに慌ただしさを感じるものである。

   何気に郵便局の前を通って、その年賀状売り出しの

   ポスターにおもわず目が止まった。

   「そうか! 平成30年か 」 というキャッチコピーであった。

   何という事もなさそうに、見過ごしてしまいそうだが、

   私には、結構考えさせられる深いコピーに感じたのである。

      - - -

   平成もいつのまにか30年

   あっという間の30年でもあった。

   その平成も来年で終わる。

   ・・・ 様々な「想い」が触発されて浮かび出てくる。

   昭和から平成・・なんてほんの少し前という感覚で

   あったが、

   文字通り、 「そうか 平成も もう30年か」

   と いうわけである。

     - - -

   平成の時代、我はどう生きたか?

   なんて事は抜きにしよう。

   骨身に残っているのは、少なくとも この間

   少なからず 身内・友人・知人の誰それを

   見送ったことであろう

   これもまた時の流れである。 

   果たして、後世の歴史家は、平成の時代をどのように

   位置づけるのだろうか。

   自分なりにこの30年をじっくりと振り返り 感慨に

   耽るのもまた一興というものか。

   動かし難い現実は・・・

   いよいよ 「昭和も遠くなりにけり」ということであろう。

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