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京都ミニ・ミステリー

  周知の通り、京都(平安京)は、いわゆる碁盤の目の区画

  設計の都としてその特徴を有する。

  今もなお、住所表示として上ル、下ル、東入ル、西入ル、が

  有効に生きている。

  東西の通りは、北から一条~十条の通り名で、その間には

  如何にも由緒の在りそうな通り名の道が縦横にある。

  さて、その一条~十条通りのうち、四条通りや五条通りは、

  今や京都を代表する基幹道路として、活況を呈する存在だが、

  何故か六条通りの存在が希薄なのはどうしてだろうか。

  京都の古老にでも聞けば、すぐ教えてくれるのだろうが、

  (もしかして、在住の人達は誰でも知っている事なのかな?)

  そこは、ミステリー仕立て、すぐに答えが解ったのでは

  面白くない。

  手前勝手に推理でもしてみよう。

  手始めに、現在の六条通りの実態を検証するために、

  主要道路のバス停(名)を見てみると次の通りである。

  東大路通り  :  五条   →  馬町  →   七條

  河原町通り  :  五条   →  正面  →   七條

  烏丸通地下鉄:  五条       →       七條京都駅

  西洞院通り  :  五条  → 「六条」 → 正面 → 七條

  堀川通り   :  五条  →  西本願寺前 →  七條 

  大宮通り   :  五条    →  島原口 →   七條

  西大路通り  :  五条   →  花屋町 →    七條

  見事なまでに、六条の存在が希薄な事は一目瞭然である。

  五条と七條の間に六条という名のバス停があるのは

  西洞院通りに確認できるだけである。

    (それなりの理由があったのであるが・・・)

  本来なら、五条の次に六条があって然るべきだが、

  これほどまでに、排除されているのはどうしてだろうか?

    (いよいよ ミステリーは中盤からクライマックスへ)

    - - -

  京都に生まれ育って、20余年を過ごしていたのであるが、

  恥ずかしながら、「六条通り」は 河原町通りから堀川通り

  までに僅かに残っているだけ、ということをつい最近に

  なって知ったという次第である。

  なるほど 上のバス停からも読み取れる話である。

  それでは何故、六条通りは、極く一部にしか残りえなかった

  のであろうか。

  ドラマ風に言うと、「消えた六条通り」 あるいは

  「消された六条通り」の真因は・・・。

  私の勝手に作る推理では、 犯人?「二人説」である。

  その1つは、「正面」というバス停(名)がヒント。

  ズバリ 「秀吉」である。

  丁度六条通り延長線上の東山に秀吉が建立の

  「方広寺」がある。

  言い伝えによると、奈良の大仏にも引けを取らない大仏が

  鎮座していた由。

  今も、例の家康にいちゃもんを付けられた「国家安康」の

  鐘楼をみることが出来る。

  恐らく、秀吉の事である、自ら建立の寺前門前通りが

  「六条通り」では気にいらず、新たな命名を命じたのか、

  それとも取り巻きが「忖度」して「正面通り」とでも

  付けさせたのか、 まあどちらかであろう。

  あと1つの理由は 東西本願寺の存在である。

  これは通り(町衆)の方が、遠慮したのかもしれない。

  まあこれらの理由が相まって「六条通り」はいつの間にか

  一部の区間で残るだけの存在になった・・・・。

  というのが、自作推理ストーリーのエンデング。

  事実と違うところがあれば平にご容赦。

     - - -

  ミステリーはこれで終わりだが、

  都の大路関連で、思いつくままに「ひと口話」を「ふた口」ほど。

     小さい頃、五条通りにほぼ隣接する小学校に

     通っていた。

     当時の五条通りは道幅こそ今同様広かったが、

     車なんてほとんど通ることもなく、道端には

     ところどころ雑草が生えていた程である。

     西に向かって暫く行くと、田園風景であった。

     それが今や両サイド、ビルやマンションが立ち並ぶ

     有数の基幹道路。道路にも歴史ありである。

        - -

     これも幼い日々の話であるが、

     近くの公園で毎日のように遊んでいたものである。

     その公園の周りは、新しい建物等で、すっかり

     景観は変わってしまったが、公園そのものは、

     今も昔のままに残っている。

     後年、何気にその小さな公園の脇を通りかかって、

     そこに「朱雀大路跡」の碑をみて些か驚いた。

     世が世なら、朱雀大路で、ボール遊びなんかを

     していたことになる。

     京のみやこは、時間軸という地層を掘り下げると、

     あらゆる場所で、おもいもよらないものに出くわす。

     古都の魅力であり、魔界の魔力でもあるのだろう。

                                  以上

 

 

 

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