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2017年12月

沙羅双樹の花の色

 

    Dsc01079

   「一寸パリに行ってきました」 と 大法螺吹いて恰好を

   付ける歳でもなし。

   写真は、都内「新宿御苑(フランス庭園)」  

   我が気に入りのベンチからの景観です。

   12月も後半になり、世間では大半の国民が、慌ただしく

   駆けずり回っている季節だが、一休止の休日、

   大勢の人達が犇めくあうような人気スポットを避け、

   静かな佇まいに身を置くことを選ぶのはいつもの流儀。

   (本当の処は、加齢による心身の億劫さ?)

   ということで、東宮御所(勿論内ではなく堀の外側)から

   新宿御苑に出向く。

   幸いにマフラーもいらない陽光の昼下がり、ほとんど

   人影もまばらの、広い青空の下で、暫し思索に耽る。

   (時折過るは、今宵の酒のつまみは何?という一大事。)

   それでも、ご隠居にとっては誠にもって、至福の

   時間・空間でございました。

    (写真からも想像いただけるのではと存じます)

    さて、さらに興味深いモノにめぐり合った話・・・。

   その新宿御苑内にある温室に、仏教3大聖樹わけても

   「サラソウジュ」をみられたこと。

    Dsc01078

    (因みに3大聖樹は 無憂樹 菩提樹 沙羅樹)

   サラソウジュ(学名shorea robusta)は、中国経由日本

   にて我々日本人は「沙羅双樹」として馴染みがある。

   特に、周知の通り 平家物語の「沙羅双樹の花の色

   盛者必滅の・・・」が思い出される。

   沙羅樹2本の樹の下で釈迦入滅の伝えにより、「沙羅双樹」

   と呼ばれるに至ったという説がある。

   なんとなく樹の名前は、いつの間にか知るようになっていたが

   今回じっくりと見るのは初めてであった。

   これもまた至福なり。

   クリスマスの時期に「沙羅双樹」の話、

   この「コラボ」もまた何かのご縁(導き)としておこう。

 

   

 

   

薄れていた記憶

   ある本を読んでいて、突然遠い記憶にあった名前に

   出くわした。

   「新井将敬」である。

   今では 知っている人も少ないであろう。

   私も、そういえば・・・という程度の認識の人である。

   が、 なんとなく気になったというか、好奇心に駆られて

   改めて新井将敬をネットで調べてみた。

   彼の経歴は、概略次のようであった。

      1948年生れ 在日 16歳の時日本国籍(帰化)

      大阪北野高校から東大卒。 新日鉄から大蔵省、

      渡辺美智雄の秘書を経て国会議員4期

      1998年 利益供与の疑いで 自殺(50歳)。

   少しづつ記憶が蘇ってきた。

   確か、母親が、息子に対する疑いに対して

   「何故息子だけが・・・政治家として誰でもやっている事

   何故?・・・」と訴えていたことをうっすら覚えている。

   (その背景に 在日 ということがあったのであろうか)

   自殺そのものにも、当時からなにかと疑惑の声があり、

   今も、自殺は疑問とする立場の人もいるようである。

   彼の政治家としての思想・信条について、よく知っている

   わけではないが、大蔵官僚から渡辺大蔵大臣(当時)の

   秘書官というコースを見る限り、ある程度、立ち位置が

   想像できる。

   が、彼の特質は、しっかりと自分なりの意見を持ち、

   党内にあっても言いたいことは言うというイメージが強い。

   そういった事から、若手政治家のなかでは論客として

   テレビ等にもよく出ては、メリハリのある発言をしていた

   ように思う。

   在日という当時のハンデある立場ながら、東大から大蔵省

   国会議員のコースを見る限り、相当の努力と有能さが

   覗われる。

   政治的立場はさて置き、50歳の若さで自らの命を絶った

   有能な政治家がいたということを改めて思い起こす事も

   無駄ではないような気がしてきた。

   特に、昨今の若手政治家の相対的劣化を思う時、

   果たして今、自分なりの意見を自分の言葉で、解り易く

   世間に訴える政治家は何人いるだろうか。

   精々、小泉進次郎を思い浮かべる程度ではないか。

   そんな事を、薄れつつある記憶のなかで考えさせられた

   事であった。

 

 

陶淵明の境地

   半藤一利さんのエッセイに次のような一文があった。

   陶淵明に触れた話の続きとして、陶淵明の境地を

   短い文章に明解に綴られたものである。

   そのまま記させて頂く。

     「 権勢に媚びることを嫌って官職を辞し、

       帰郷して田園生活を楽しみ、貧を恐れず

       酒を愛し、大自然に没入して、恬淡高雅な

       境地を詩にうたった」

   誰もが、1つの理想の生き方としてふと、こころに思い描く

   境地ではないだろうか。

   ただ、現実の社会では、これらの生き方を人生の敗者

   あるいは負け犬と証するのも一面の真実であろう。

     - - -

   一方で、必ずしもその境地を是とせず、現実の社会に

   立ち向かう人達がいることも、この世の面白さである。

   その辺の人達について、やや滑稽な姿をデフォルメし、

   上記半藤さんの妙文のカケラもなく、我流にて以下に。

      「 権勢に媚びへつらい、 なんとかものにした

        ポストにしがみ付き、永田町・霞が関界隈で

        毎夜無粋な酒に酔い、塵芥の世界に没入して 

        傲慢無礼な姿勢を貫く 」

   単なる「パロディ」だが、なんとなく それらしい人物像が

   浮かび上がってくるから不思議です。

   恐らく、都心の一等地にある高級マンションなんかに住み、

   口を開けば偉そうに上から目線の下品なセレブ・・・。

   これらの人達に、現代社会では人生の成功者と証するのも

   また一面の真実なのでしょう。

      - - -

   さて、組織論のある説に、1:8:1 あるいは 2:6:2 の

   原理というのがあるらしい。

   大抵の組織をなんらかのモノサシで分類すると、このような

   構成比に収斂するというものである。

   代表的な例として、中流階級意識論(富裕層・貧困層は

   精々夫々1割以下 その他大勢が中流意識)がある。

   この説を踏まえれば、上記の 「陶淵明風」 「セレブ風」は

   まあ精々1割以下がいい処であろう。

   他はどちらにも属さないその他大勢!。

   勿論、我は といえばその他大勢の平均的日本人の

   末席でうろうろしているご隠居という処。

   まあそれでも、「人の生き方なんて 人の数ほど多種多様」

   という名言?があるように 人それぞれ!

   まあ、そんなことはさておき・・・

   読書の愉しみの1つは、思いもかけないヒントや刺激を

   得られることではないだろうか。

   今回も、半藤さんのエッセイから刺激され陶淵明の本でも

   手に取ってみようかと思っているところでございます。

 

 

 

 

 

余韻の妙

       柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺

                 - 正岡 子規 -

   ご存知、最も有名な正岡子規の句である。

   一見単純な句に見えるが、短い17文字のなかに

   状況 場所 風景 季節 作者の情感まで感じさせる

   流石に凄いものである。

   ただ、中学生の頃だったと思うが、初めてこの句に接して

   お寺の鐘も「鳴る」というのか・・・と当たり前の事を

   なんだか変と感じてしまったことがあった。

   鐘が鳴るといえば・・・キンコンカン。

   その辺からなんだかややこしく深く考えてしまったのか。

   西洋の鐘なら 「鳴らす」→「鳴る」→「キンコンカン」 で

   違和感がないが、

   お寺の鐘は 「つく」 →「鳴る?」 →「ゴォーン」

   鳴るなら「鳴らす」じゃないか じゃあ何かい、お寺の

   坊さんは毎朝定刻に鐘を「鳴らして」いるの?  と

   変なことに引っかかるいやな(それとも繊細、あるいは

   哲学的思考?)中学生だったものである。

      - - -

   さて、前説に続き、さらに前説の第二弾。

   好きな食べ物は最初に食べるか、それとも最後に

   残しておいて食べるか という設問がよくある。

   私の場合は、どちらかと言えば最初に食べる方である。

   が、時と場合に応じてほんのひと口分を残しておいて

   最後に食べることがある。

   別に「せこい」というわけではない。

   私なりのある考え、想いによるものである。

   それは、食事も酒(席)も後味を大切にしたいという

   思いからである。

   その為に最も好きなものを最後に少し食べて終わりにする。

   後味の悪い食事はしたくないし、酒席でも、今日も楽し

   かったねと言い合ってお開きにしたいという思いである。

   文字通り「余韻」を大切にしたいのである。

   と、 ようやくここで表題の「余韻」に辿り着いた。

      - - -

   過日、京都のある名刹の本格的な鐘をつく機会を得た。

   小さな鐘なら今迄もついたことはあったと思うのだが、

   立派な梵鐘をつくのは初めての体験であった。

   自らついた鐘の音が遠くまで響き渡っているのかと思うと

   なんだか身の引き締まる気分になるものである。

   それよりもなによりも、鐘の音というものは、想像して

   いた以上に、余韻が長く続くということを体感した。

   余韻が続いている間に、なんとなくこころが静まっていく

   ように感じたのは不思議な感覚であった。

   これが「お寺の鐘」の所以なのであろうか。

   「鐘の音は、余韻まで含めて鐘の音」ということを

   改めて実感できたことは、流れの速い現代社会への

   なんらかの示唆、と思ったことであった。

 

 

 

 

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