« 朝の風景 | トップページ | 平成31年元旦 »

マイナーな思い出

   歳の瀬にしては如何にも「華」に欠ける話だが・・・

   ふと何気に何の脈略もない遠い昔の出来事が思い出される

   事がある。

   そんな中で、プロ野球に纏わる思い出話などを・・・。

      - - -

  1. プロ野球のナイターを初めて体験したのは、小学3~4年の

     頃だったと思う。

     経緯は定かでないが、ある同級生と一緒にその親父さんに

     連れられて観に行った。

     当時の阪急ブレーブス本拠地「西宮球場」であった。

     相手チームやどちらが勝ったのか等々全く記憶にないが。

     煌々と輝く球場の光と、なんだか知らないが、親父さんに

     買ってもらったジュースのことだけはよく覚えている。

     そう言えば、当時「バルボン」という黒人選手もいましたね。

  2. 我々世代の子供時代は、ほとんどが「野球少年」であった。

     京都(西京極球場)に、年に何度か、プロ野球の公式戦が

     あると、子供だけで連れだって、観に行ったものである。

     試合後(毎回の試合内容はほとんど記憶がない)、子供達は

     ベンチ裏に待機し、選手のサインをねだるのがお決り。

     ある時、私も仲間に連れだってその場所に行ってみると、

     選手達はすでに足早に去った後。 のこのこと出てこられた

     のは、当時有名だった解説の「小西得郎」氏。

     子供心に、この人でも「まあいいか」と、サインを貰った。

     その後今日に至るまで、有名人等から、「サイン」なるものを

     貰ったことは皆無である。

     その生涯唯1つのサインは、あたかも書類の署名欄に

     記入されたような漢字4文字。これもまた遠い昔の思い出。

  3. 大阪勤務時代、30歳前後の頃である。

     当時はまだ週休2日制でなく、土曜は午前のみ(いわゆる

     半どん)の時代であった。

     ある日の土曜日、丁度その日はプロ野球開幕の日で、

     まっすぐ帰るのも野暮というもの、日生森ノ宮球場(当時は

     近鉄パールス・バッファローズの本拠地)に開幕試合を

     観に行った。

     開幕セレモニーでは、球場上空に舞うヘリコプターから

     当時の近鉄グループオーナーの佐伯氏が登場という演出

     だったと記憶している。

     近鉄の先発はエース「鈴木啓示」だったと思うのだが・・・。

     其の球団も今やそのままの形としては消えている。

  4. その他・・・

     東京ドームがまだ出来ていない、後楽園球場時代。

     ある年の日本シリーズを観に行ったことがある。

     自分でチケットを買ったのではなく、恐らくどこからかで

     頂いたものであろう。

     チームは巨人と・・・? その程度の記憶である。

     覚えているのは、試合途中で抜け出し、その日予定していた

     呉文二氏の講演会に駆けつけた事。

     日本シリーズまで抜け出して・・・当時は(も)、真面目な

     企業人?だった、の面目躍如。

     また、1988年に引退した「山田久志」の公式戦最終登板を

     西武球場で観戦した。

     投げ終わった後、球場全体が暖かい大声援に包まれた事を

     覚えている。

     番外として・・・

     往年のミスタータイガース 「藤村冨美男」と大阪梅田で 

     すれ違ったことがあった。

     背は私位の高さだが、肩幅は流石の元スラッガ―。年老いて

     いたが、トレンチコートがよく似合っていた。

     また、澁谷駅前の歩道橋で元巨人エース「別所毅彦」を見た。

     流石に一流投手は「ガタイ」が凄いのひと事。

     後年、「杉下茂」の講演を聴いたこともある。

     と・・・・キリがないのでとりあえずこの辺で。

 

 

 

 

 

 

 

 

« 朝の風景 | トップページ | 平成31年元旦 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1211385/74828020

この記事へのトラックバック一覧です: マイナーな思い出:

« 朝の風景 | トップページ | 平成31年元旦 »