日記・コラム・つぶやき

図書館の効用

   図書館の効用?

   今更何?・・ と思われるのがオチだが、

   最近改めて感じたことを あえて記す。

     - - -

   私も時折図書館に行くことがある。

   そこでまず私が目を通すのが新聞。

   全国紙を4~5紙 適当に流し読みする。

     (深い意味はないが、図書館でスポーツ新聞は

      読まない主義)

   通常、一般家庭では、新聞を採っていても精々1紙が

   普通である。

   昨今、スマホ等で間に合うためか、その1紙の購読を

   止める家庭が増えていると聞く。

   確かに、私も大概の情報、ニュースは、テレビやネットで

   間に合うと言えばいえるのであるが、根が活字(印刷物)

   人間、長年の惰性もあって、某新聞を購読中。

     - - -

   さて、本題だが、図書館で、新聞を数紙読んでいて、

   改めて感じるのが、各新聞の記事の取り上げ基準、

   論調、スタンス、方向性等の違いである。

   当然といえば当然のことであり、巷間すでに常に

   言われていることでもあり、別段新たな発見でもない事は

   承知しているが、自らそれを「体感」「納得」させてくれるのが

   図書館での「新聞各紙流し読み」なのである。

   さらに付言すると、昨今の世情不安、政治混迷の時代、

   特定の1紙だけを読んでいたのでは、そもそもの情報や

   捉え方に意図せざる偏りが進むのではないかと危惧

   するのである。

   悪くいえば、ある種の「洗脳」の危惧といったら、言い過ぎ

   だろうか。

   勿論、どの新聞も意図的に間違った記事や事実をわざと

   歪めて流しているわけではない。

   ただ、長年同じ新聞だけを読み続け、そこから得た情報を

   ベースに自己の論理形成をしているのは・・・如何なものか

   と思うのである。

   様々な立場、角度からの情報や論説を読み合わせてこそ

   バランスに優れた大局的な考え方が構築されるのでは

   と思うのだが、如何なものだろうか。

   そういう意味からも図書館での「新聞各紙読み流し」

   お勧めである。

     - - -

   幸いにも、我が家から歩いて・・の処に、

   東京都立多摩図書館が今年新設オープン。

    (流石、 文化と歴史の街、我が国分寺! と地元PR)

   先日も出掛け,何時もの通り 「新聞各紙流し読み」

   ついでに読んだのが、偶然?にも

   村上春樹 「図書館奇譚」(短編)。 

 

 

東京港運航

   2020年 東京オリンピック

   あと3年なのか もう3年なのか

   いずれにしても、1都民としてもなんとか政治的?にも

   1本にまとまって無事成功を祈るばかりである。

   今回のオリンピック、スペース的に東京港(湾)の

   比重が結構高いことに改めて気付く。

   まずメインのプレスセンター(国際放送センター)が

   有明の東京ビッグサイトに、選手村が晴海ふ頭にという

   具合である。

   さらに、競技種目も、トライアスロン、ビーチバレー、

   ボート・カヌー、馬術が、 お台場海浜公園等々に

   予定されている。

     - - -

   ということから(といっても直接関係ないが)

   過日、 視察船 新東京丸(東京都所有)にて

   東京湾を視察!する機会を得た。

   改めて東京の海の玄関東京港(因みに空の玄関

   羽田空港も隣接)について、その役割と重要性に

   ついてそれなりに理解を深めることが出来た。

   ここでは、詳細は略すが、とりあえず当日の写真を

   添付することにしておく。

Dsc00935        視察船新東京丸 全長32m 197トン

    Dsc00936         海上からのレインボーブリッジ

   Dsc00937        ブリッジ下通過  後方はフジテレビ

   Dsc00938        港→湾近く  天気晴朗なれど波高し

   Dsc00941       海の森水上競技場入口付近(ボート・カヌー)

     Dsc00942_2        羽田空港からの飛行機 方向転回地点にて

                                     以上





 







 

 

初秋に想う

     余計な事ながら、初秋というのは暦の上では

     立秋(8月7日)~ということのようだが、8月半ばの

     猛暑日に秋でもなかろうと、やはり常識的な感性では

     9月に入ってようやくといったところであろう。

     そこで初秋に想うことなどを以下に少々。(9月1日)

        - - -

   どの分野においても、新人の「第一声」というのは

   意味深いものである。

   作家の長い著述人生も、結局「処女作」にその作家の

   エッセンスが凝縮されている、という説もある。

   政治の世界においても、大物政治家達の新人の頃の

   発言や行動を振り返ってみると結構興味深いものがある。

   現総理の場合はどうであろうか。

   ややニュアンスを異にするが、手短なところで、

   第一次安倍内閣(2006・9~2007・8)でのスローガンを

   見てみると誠に興味深い。

   総理の人間性というか、政治家としての原点が垣間見える。

     当時のスローガンは次の通りである。

       美しい国づくり内閣

       創りあげたい日本がある。美しい国 日本

       地域に活力 成長で活力 暮らしに届く改革

       成長を実感 改革を貫き美しい国へ

       戦後レジームからの脱却

       改革実行力

   なんとも「美しい」言葉が並んだものである。

   独断だが、このスローガンからも、育ちの良さがうかがえる。

   恐らく幼少から周りの愛情をいっぱい得ていたに違いない。

   斜に構えて育った者なら、一寸恥ずかしくて公言を躊躇する

   ような華やかさである。

   当時の、このスローガンこそ総理の政治家としての

   原点なのであろう。

   第一次内閣は、本人の健康問題等云々で、退陣を与儀なく

   されたが、その後見事に返り咲き、長期政権下にあることは

   ご同慶の至り。

   一強を背景に その後もアベノミクスから 地方創生、

   さらには女性活躍、 国民総活躍社会 と進み とうとう

   「人づくり革命」にまで至る勢いである。

    (果たしてどのような人づくりを目指すのか

     興味深々。「こんな人達」には負けない力強く

     頼もしい人・・・という陰の声もあるやいなや)

   さて、 夜空に次々と打ち上げられる美しい花火も

   絢爛で素敵だが、時は初秋、 政治の世界も

   じっくりと現実を見つめ、謙虚に 地に足を付けて

   1つ1つ着実な運営を・・・というのが 一市民の

   ささやかな願いである。

 

密やかな果実のつぶやき

   「未完」 我が人生を集約する一言

         いまにみておれと胸の奥で叫び続け

         ふと気がつけば 70余年。

     - -

   「書き」綴る この手紙、出すかそれとも思い留まるか

         そんなことに思い悩んだあの頃が懐かし

         夏の日の午後。

     - -

   「なし」 のつぶてに 落胆の境地

         せめてその理由をと思い続ける

         人生には 1度 2度とある苦い思い出。

     - -

   「隣国(りんごく)」は つかず離れずが肝要と

         知りつつも癪の種

         つい 力に頼るは愚の骨頂

         一目(いちもく)置かせる大人になって泰然。

     - -

   「桃色」吐息のママ、 青色吐息のパパ 世間様の話

         我は 今宵も悠然と 独り酒 手酌酒 人生達観

     - -

   「くり返し」 繰り返し また繰り返し

         その繰り返しが大切と

         頭の中だけで 繰り返す 凡人の習性

         じっと手を見る。

     ー -

   「一期(いちご)」の生をなんとせん 

         なんともならんのもこの世の習い

         生老病死 如何にせん

         せめて今日一日を花に酔う。

                                合掌

 

 

 

 

本田語録(メモ)

   サッカーの本田ではない。

   「本田宗一郎」の方である。

   以下は、一寸興味深い氏の寸言をメモしたもの(抜粋)である。

    日本は老人を敬う国だが、マッカーサーの「オールド・

    パージ」で老人が一掃、結果的に若さが牽引して、

    その後の繁栄に繋がったところがある。

    今の政治家は年配過ぎやしないか・・・。

    赤道を超えると太陽は西から昇り、東に沈む。

    赤道を超えて戦争をやって、ことごとくやられた

    一因である。(人間の習性が作戦、指令、行動に出る)

    知ったかぶりをしてなんでもやりたがる人間は潰れる。

    オレは自分の分を承知して、金のことは藤沢に任せた。

    そうでないとホンダは潰れていた。

    頭を下げて聞けば、たいていのことは教えてくれる。

    ただ、そのためには自分の「もの」を持っていなければ

    ならない。

    自分は出さずに、人から貰うのは虫がよすぎる。

    官僚は必ずしも嫌いじゃない。

    なかにはすばらしく話のわかる人もいる。

    ただ、そのわかる人がわりあい出世していない。

        (通産官僚との激しいバトルが背景にある)

    好きな道というのは、ついいつまでもやり過ぎる。

    辞めるタイミングを失いやすい。

    いくら好きな道でも、時々は後ろをみる。

    振り返って、若い人達がどのくらい育っているのかを

    みるのが先輩の役目。

    頭っていうものは面白い。 空白があればあるほど

    たくさん入るんだよ。

    いっぱい詰まっていれば、新しいものは入らない。

    空っぽだから新しいものを入れることができる。

    若い人はまだ知恵が足りないが、入る余地が一杯

    あると解釈すれば、見る目も違ってくるものだ。

                                  etc

 

 

ウイスキーこぼれ話

   ウイスキーがいつ頃作られたのか、あるいはその発祥の

   地については、今もなお諸説あり、はっきりと定まっては

   いないようである。

   ただ、国産の本格ウイスキー誕生の歴史は、1923年

   (大正12年)、鳥井信治郎が、京都山崎の地に初めて

   蒸溜所の建設に着手したことにより始まる。

   その後試行錯誤を経て、1929年 「サントリー白札」と

   して発売、国産第一号である。

   その時の広告(キャッチコピー)は、 「・・舶来盲信の

   時代は去れり・・・吾に国産至高の美酒・・」 である。

   後に、山口瞳、開高健に繫がるサントリーの宣伝広告の

   萌芽でもある。

     - - -

   さて、そもそも初めて日本人が「ウイスキー」なるものを

   飲んだ人は・・という逸話が結構面白い。

   1853年(嘉永六年) ペリーの黒船が来航した年だが、

   その船内に「ウイスキー」も持ち込まれており、

   それを飲んだ日本人がいたという。

   当時の浦賀奉行所与力、香山某である。

   この人、種々の事情から折衝役になり、与力ながら

   「浦賀奉行」を名乗り亘りあったという。

   元々、社交的で如才ない性格であったらしく、

   相通じるところがあったのか、「まあ一杯どうだ・・」と

   いうことから、初めて「ウイスキー」なるものを

   口にした・・という次第。

   今も昔も、外交は、酒を飲み交わすような関係作りこそ

   まず第一歩ということなのか。

     - - -

   ウイスキーもピンからキリ。

   我々庶民には 「高嶺の花盛り」の世界でもある。

   そういうなかで、かの開高健がいいことを言って

   頂いている。

     「 山の高さを知るには、峰から峰を歩いたのでは

       解らない。

       裾から一歩一歩攻め登らなけばならないという

       のと似ていて、名酒の名酒ぶりを知りたければ

       日頃は安酒を飲んでいなければならないし、

       ご馳走という例外品の例外ぶりを味得したければ

       日頃は非ご馳走にひたっておかなければ、

       たまさかの有難味がわからなくなる」

   誠に心強いお言葉に、安寧の心地拡がるも

   ふと我にかえる。

   そのたまさかの名酒やご馳走にめぐり合えない人もある。

   嗚呼! 今宵も 我が相応の安酒で 夢の中へ・・・。

八甲田山に眠る兵士

   今から30年程も前になるが、青森の六か所村核燃料

   再処理工場を見学したことがあり、その帰路、八甲田山

   にも立ち寄った。当然東北大震災の前である。

   今改めて思うに、なんとも「心的に」ハードな行程であった。

   その八甲田山では、珍しい体験を余儀なくされた。

   ケーブルカーで登ったのだが、山頂は全くの霧(雲?)の中。

   それこそ1メートル先も見えない、「視界ゼロ」の世界。

   やむなくそのままケーブルカーでUターンという次第。

   ただ、7~8合目位まで、下りてくると、一転澄み切った

   紅葉の秋景色が目の前に拡がる。

   誠に山の天候の不思議さを体感することになった。

   「平和」な時代のひとコマであった。

     - - -

   さて、その八甲田山に関連して・・・

   過日、確か新聞だったと思うが、岡野弘彦氏(歌人)が

   書かれていた記述が、こころに残った。

   次のような内容であった。

     「 明治35年冬の八甲田山雪中行軍の遭難事故の

       跡を訪ね、その死を弔う墓地を見た時の

       心の違和感・・・・ 軍の階級差に従って

       次々に墓石の小さくなってゆく あの違和感は

       背筋の冷え冷えとする感じで・・・」

   八甲田山遭難事故については、映画にもなり、

   周知の通りだが、墓地については未知であった。

   雪中の軍事教練で、約200人の兵士たちが

   亡くなり、その記念館脇の墓地に眠っている。

   その人達の墓地についての、岡野氏の感慨が

   なんとも切ない。

   亡くなってからも 軍の階級が持続・・・・。

   階級に準じて墓石の大きさが定められ、兵士たちは

   亡くなったあとも、整然と列を組んでいるように

   見えたのであろう。

   私にも、なんだか考えさせられる一文であった。

 

 

巨人方式は不滅か

   好き嫌いは別にして、日本のプロ野球を牽引してきたのは

   言うまでもなく巨人であり、今もなおその地位は不動である。

   巨人あってのプロ野球といっても過言ではない。

   だからこそ、「叩きがい」もある、というものである。

      - - -

   その巨人が今期低迷しており、なんと13連敗の記録との

   ことである。

   世代交替が未だ進まず、今もなおベテラン頼み、あるいは

   監督の采配云々と、その低迷原因について、世間でも

   あれこれ騒がしいが、専門的なことは野球通に任せると

   して、巨人軍の悪しき伝統的構造論を、「企業経営」に

   照らし合わせて、私なりに2~3挙げておきたい。

    1. チーム組成の基本方針

        「常勝巨人」という足枷に自らの首を絞めて

        いる如く、長期的視点構想が欠如。

        時間の掛かる選手育成よりも、(FA)大型補強や

        トレード依存構造が顕著。

        これが悪しき伝統の最たるものである。

        今期も12球団のなかでも最大の大型補強を

        やったと言われているが、現状このテイタラク。

        これは、若手育成選手の戦意、伸び悩みに

        繋がりかねないだけに、無視できない問題。

        今の処、強力なブランドで、巨人を目指す有能

        選手も多いが、一方で、期待されながら力を

        発揮する前に消えていく選手も多い。

    2.  長期的投資戦略

        潤沢な資金に恵まれているためか、緻密な

        投資戦略に欠けており、無駄な投資が多い。

        あるデータによると、

        今期巨人支配下選手の平均年俸は6043万円

        (大型補強によるところも大きいのであろう)

        で、リーグ最高。因みに現在リーグ首位の広島は

        2767万円である。

        この差は歴然、年俸と成績の関連で見る限り、

        如何に巨人の投資効率が悪いか、明白である。

    3.  ダブル・キャスト問題

        上記1.2.に関連して生じる事柄であるが、

        ダブル・キャストとは、 たとえば、 折角正位置を

        確保してやる気になっている若手と同じポジションに

        他球団から大物を補強するようなことを平気で

        やってしまう風潮。過去多くの事例が思い浮かぶに

        違いない。

        チーム内で競争・切磋琢磨させ全体としての

        戦力を高めるという意味合いもあるにはあるが、

        従来マイナス効果の方が多い気がする。

        巨人の場合、「補強」の意味合いが少々異なって

        いるのかもしれない。

         - ー -

   これらの構造的悪しき伝統を有しながらも、勝てば官軍、

   で、なんとか今日までそのブランドを保持してきているのは

   流石巨人軍の底力・・であろうか。

   ただ、 負ければ 監督の責任・解任・・・の歴史。

     ー - -

   これらの巨人を、親愛の心を持ちながらも、冷静に

   見続けているひとりの男がいる。 松井秀喜である。

     - - -

   以下はある時、ある席で聞いた興味深い話である。

   (あくまで聞いた話)

   元大リーガー 松井秀喜は、1993年 ドラフト1位で

   巨人に入団。

   元々阪神フアンで、同球団を希望していたが、当時の

   巨人長島監督の熱烈コールもあり、入団を決意した。

   が、なんと同じ年にヤクルトにいた長島一茂がトレードで

   巨人に入団したのである。

   松井は、長島監督から、外野手へのコンバートを命じられ

   (高校時代はサード) 開幕は2軍スタート。

   一方、一茂は一時的にしろ、「4番サード長島」のコールで

   球場を沸かせていた。

   監督は、純粋に松井の将来性等を考慮してコンバートを

   命じたのかもしれないが、若い松井には屈辱そのもの。

   後年、松井はあの時の屈辱は一生忘れられない、と

   話をしたことがある由。またそれをバネにして大リーガー

   への道を歩んだともいえよう。

   彼は、利口なので、巨人時代は、一切その素振りも見せず

   「親巨人」を見事に貫き、 後年奇しくも 長島監督と

   同時国民栄誉賞に輝いた折も、立派に球界の大先輩を

   立てていた・・・という話である。

   果たして将来、松井は巨人の監督になるのだろうか。

   今も 米国に在住のまま・・・というのが少し気掛かり。

   というのがその時の話の結論であった。

 

 

 

 

 

紫陽花の季節

  「モリ」だ「カケ」だと、一体政治の世界はどうなっている

  のだろうか。

  それも、政府高官、高級官僚、教育機関の学長等と、 一応

  社会的には、それなりの見識と信頼を評価されるべき人達が、

  なんともお粗末な「泥試合」を演じている。

  真実は1つ、誰彼の見解が、「虚偽」か「間違い」なのであろう。

      - - -

  推測の論評は差し控えるが、一般論として以下に少々。

  そもそも政治家の本性として、新人議員からベテランの

  大臣級議員まで、地元選挙民、支持者等からの陳情や

  要望に対し、無関心、無神経な議員は1人もいないであろう。

  然るべく「対応」し「努力」するのが、仕事のようなものである。

  勿論、全てが応じられ、うまくいくようなものではないだろうが、

  なんとか「頑張った」という姿勢をみせるのが、政治家の

  腕でもある。

  ただ、政治家もそれなりの地位に就けば就くほど、「自ら」

  動くようなことをする筈もなく、また、明らかに自らの政治

  生命に疵がつくようなことをするようでは、政治家として

  大成は覚束ない。

  たとえば有能な政治家は、精々タイミングを計って一緒に

  ゴルフをする程度である。

  勿論、なんら法律に触れる行為ではない。

  が、それが「シグナル」になるのが霞が関の世界。

  このシグナルを受け止められない官僚なら、元々出世

  なんかしていない。

  なんとも興味深々の政治の世界。勿論一般論の話である。

    - - -

  さて、もやもやした政治の話はさておき、

  今年も早や6月。

  我が家の紫陽花も花開く。

  その写真でも掲げて、気分一新とする。

Dsc00917
                                   以上

 

悠遊の5月

    デジタルカメラをポケットに、ふらりと出歩くには

    程よい季節である。

Dsc00906

         5月は薔薇の季節。

         某競馬場の薔薇も見頃。

         馬の駆けっこ(賭けっこ)は門外漢

         散歩の途中でふらっと競馬場に入るのも

         大人の風流。

Dsc00907       「どうだ!まいったか」 と言わんばかりの

       ひなげし(=虞美人草)の乱舞。

       都会にだってこの程度の風景は結構あるものです。

       じっと観ていると、1輪、1輪がしっかり自己主張

       しています。

       遠くからみている地球上の人間と同じかも

       知れませんね。

Dsc00915       花の5月。 蜻蛉にだって夢や希望があります。

       蜻蛉の寿命は成虫になってから4~5ヶ月とのこと。

       ほぼ1シーズンの命ですが、蜻蛉なりの喜怒哀楽が

       詰まっているのでしょう。

       地球は人間だけのものではないことに気付きます。

Dsc00912       妙に技巧にはしった枝ぶりの盆栽は、

       年月とともに飽きがきます。

       凡庸のようだが、ただそこに在る、だけで気分が

       安らぐ。そんな盆栽が好ましい。

       人間だって、結局そういうものではないでしょうか。

       凡才が選んだ盆栽です。    

                                   以上

 

       

 

       

 

 

 

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