日記・コラム・つぶやき

八甲田山に眠る兵士

   今から30年程も前になるが、青森の六か所村核燃料

   再処理工場を見学したことがあり、その帰路、八甲田山

   にも立ち寄った。当然東北大震災の前である。

   今改めて思うに、なんとも「心的に」ハードな行程であった。

   その八甲田山では、珍しい体験を余儀なくされた。

   ケーブルカーで登ったのだが、山頂は全くの霧(雲?)の中。

   それこそ1メートル先も見えない、「視界ゼロ」の世界。

   やむなくそのままケーブルカーでUターンという次第。

   ただ、7~8合目位まで、下りてくると、一転澄み切った

   紅葉の秋景色が目の前に拡がる。

   誠に山の天候の不思議さを体感することになった。

   「平和」な時代のひとコマであった。

     - - -

   さて、その八甲田山に関連して・・・

   過日、確か新聞だったと思うが、岡野弘彦氏(歌人)が

   書かれていた記述が、こころに残った。

   次のような内容であった。

     「 明治35年冬の八甲田山雪中行軍の遭難事故の

       跡を訪ね、その死を弔う墓地を見た時の

       心の違和感・・・・ 軍の階級差に従って

       次々に墓石の小さくなってゆく あの違和感は

       背筋の冷え冷えとする感じで・・・」

   八甲田山遭難事故については、映画にもなり、

   周知の通りだが、墓地については未知であった。

   雪中の軍事教練で、約200人の兵士たちが

   亡くなり、その記念館脇の墓地に眠っている。

   その人達の墓地についての、岡野氏の感慨が

   なんとも切ない。

   亡くなってからも 軍の階級が持続・・・・。

   階級に準じて墓石の大きさが定められ、兵士たちは

   亡くなったあとも、整然と列を組んでいるように

   見えたのであろう。

   私にも、なんだか考えさせられる一文であった。

 

 

巨人方式は不滅か

   好き嫌いは別にして、日本のプロ野球を牽引してきたのは

   言うまでもなく巨人であり、今もなおその地位は不動である。

   巨人あってのプロ野球といっても過言ではない。

   だからこそ、「叩きがい」もある、というものである。

      - - -

   その巨人が今期低迷しており、なんと13連敗の記録との

   ことである。

   世代交替が未だ進まず、今もなおベテラン頼み、あるいは

   監督の采配云々と、その低迷原因について、世間でも

   あれこれ騒がしいが、専門的なことは野球通に任せると

   して、巨人軍の悪しき伝統的構造論を、「企業経営」に

   照らし合わせて、私なりに2~3挙げておきたい。

    1. チーム組成の基本方針

        「常勝巨人」という足枷に自らの首を絞めて

        いる如く、長期的視点構想が欠如。

        時間の掛かる選手育成よりも、(FA)大型補強や

        トレード依存構造が顕著。

        これが悪しき伝統の最たるものである。

        今期も12球団のなかでも最大の大型補強を

        やったと言われているが、現状このテイタラク。

        これは、若手育成選手の戦意、伸び悩みに

        繋がりかねないだけに、無視できない問題。

        今の処、強力なブランドで、巨人を目指す有能

        選手も多いが、一方で、期待されながら力を

        発揮する前に消えていく選手も多い。

    2.  長期的投資戦略

        潤沢な資金に恵まれているためか、緻密な

        投資戦略に欠けており、無駄な投資が多い。

        あるデータによると、

        今期巨人支配下選手の平均年俸は6043万円

        (大型補強によるところも大きいのであろう)

        で、リーグ最高。因みに現在リーグ首位の広島は

        2767万円である。

        この差は歴然、年俸と成績の関連で見る限り、

        如何に巨人の投資効率が悪いか、明白である。

    3.  ダブル・キャスト問題

        上記1.2.に関連して生じる事柄であるが、

        ダブル・キャストとは、 たとえば、 折角正位置を

        確保してやる気になっている若手と同じポジションに

        他球団から大物を補強するようなことを平気で

        やってしまう風潮。過去多くの事例が思い浮かぶに

        違いない。

        チーム内で競争・切磋琢磨させ全体としての

        戦力を高めるという意味合いもあるにはあるが、

        従来マイナス効果の方が多い気がする。

        巨人の場合、「補強」の意味合いが少々異なって

        いるのかもしれない。

         - ー -

   これらの構造的悪しき伝統を有しながらも、勝てば官軍、

   で、なんとか今日までそのブランドを保持してきているのは

   流石巨人軍の底力・・であろうか。

   ただ、 負ければ 監督の責任・解任・・・の歴史。

     ー - -

   これらの巨人を、親愛の心を持ちながらも、冷静に

   見続けているひとりの男がいる。 松井秀喜である。

     - - -

   以下はある時、ある席で聞いた興味深い話である。

   (あくまで聞いた話)

   元大リーガー 松井秀喜は、1993年 ドラフト1位で

   巨人に入団。

   元々阪神フアンで、同球団を希望していたが、当時の

   巨人長島監督の熱烈コールもあり、入団を決意した。

   が、なんと同じ年にヤクルトにいた長島一茂がトレードで

   巨人に入団したのである。

   松井は、長島監督から、外野手へのコンバートを命じられ

   (高校時代はサード) 開幕は2軍スタート。

   一方、一茂は一時的にしろ、「4番サード長島」のコールで

   球場を沸かせていた。

   監督は、純粋に松井の将来性等を考慮してコンバートを

   命じたのかもしれないが、若い松井には屈辱そのもの。

   後年、松井はあの時の屈辱は一生忘れられない、と

   話をしたことがある由。またそれをバネにして大リーガー

   への道を歩んだともいえよう。

   彼は、利口なので、巨人時代は、一切その素振りも見せず

   「親巨人」を見事に貫き、 後年奇しくも 長島監督と

   同時国民栄誉賞に輝いた折も、立派に球界の大先輩を

   立てていた・・・という話である。

   果たして将来、松井は巨人の監督になるのだろうか。

   今も 米国に在住のまま・・・というのが少し気掛かり。

   というのがその時の話の結論であった。

 

 

 

 

 

紫陽花の季節

  「モリ」だ「カケ」だと、一体政治の世界はどうなっている

  のだろうか。

  それも、政府高官、高級官僚、教育機関の学長等と、 一応

  社会的には、それなりの見識と信頼を評価されるべき人達が、

  なんともお粗末な「泥試合」を演じている。

  真実は1つ、誰彼の見解が、「虚偽」か「間違い」なのであろう。

      - - -

  推測の論評は差し控えるが、一般論として以下に少々。

  そもそも政治家の本性として、新人議員からベテランの

  大臣級議員まで、地元選挙民、支持者等からの陳情や

  要望に対し、無関心、無神経な議員は1人もいないであろう。

  然るべく「対応」し「努力」するのが、仕事のようなものである。

  勿論、全てが応じられ、うまくいくようなものではないだろうが、

  なんとか「頑張った」という姿勢をみせるのが、政治家の

  腕でもある。

  ただ、政治家もそれなりの地位に就けば就くほど、「自ら」

  動くようなことをする筈もなく、また、明らかに自らの政治

  生命に疵がつくようなことをするようでは、政治家として

  大成は覚束ない。

  たとえば有能な政治家は、精々タイミングを計って一緒に

  ゴルフをする程度である。

  勿論、なんら法律に触れる行為ではない。

  が、それが「シグナル」になるのが霞が関の世界。

  このシグナルを受け止められない官僚なら、元々出世

  なんかしていない。

  なんとも興味深々の政治の世界。勿論一般論の話である。

    - - -

  さて、もやもやした政治の話はさておき、

  今年も早や6月。

  我が家の紫陽花も花開く。

  その写真でも掲げて、気分一新とする。

Dsc00917
                                   以上

 

悠遊の5月

    デジタルカメラをポケットに、ふらりと出歩くには

    程よい季節である。

Dsc00906

         5月は薔薇の季節。

         某競馬場の薔薇も見頃。

         馬の駆けっこ(賭けっこ)は門外漢

         散歩の途中でふらっと競馬場に入るのも

         大人の風流。

Dsc00907       「どうだ!まいったか」 と言わんばかりの

       ひなげし(=虞美人草)の乱舞。

       都会にだってこの程度の風景は結構あるものです。

       じっと観ていると、1輪、1輪がしっかり自己主張

       しています。

       遠くからみている地球上の人間と同じかも

       知れませんね。

Dsc00915       花の5月。 蜻蛉にだって夢や希望があります。

       蜻蛉の寿命は成虫になってから4~5ヶ月とのこと。

       ほぼ1シーズンの命ですが、蜻蛉なりの喜怒哀楽が

       詰まっているのでしょう。

       地球は人間だけのものではないことに気付きます。

Dsc00912       妙に技巧にはしった枝ぶりの盆栽は、

       年月とともに飽きがきます。

       凡庸のようだが、ただそこに在る、だけで気分が

       安らぐ。そんな盆栽が好ましい。

       人間だって、結局そういうものではないでしょうか。

       凡才が選んだ盆栽です。    

                                   以上

 

       

 

       

 

 

 

ほん(本)の一行

    読書の愉しみは、人それぞれであろうが、

    1つは、なんとなく気になる語句・言い回しや、

    1行に邂逅することではないだろうか。

    なんということもなく、読み流してしまうような

    文面のなかに、ふと気になりだして、改めて

    読み直す、と結構深い意味合いに驚く、という

    ことがある。

    とりあえずその1行をメモしておく、という具合である。

    先日もおもわずメモした1行は・・・

      「 およそ (歴史) には (作者) がいる 」

    たったこれだけの短い1行だが、 何度も読み返し、

    歴史というものの本質を見事に貫通して痛快にすら

    感じた次第である。

    別途、ここから 歴史は勝者によって造られる

    (書かれる)という云い様が生まれる。

    現代(史)においても、その出来事の多くは、

    テレビや新聞等の作り手という「作者」から

    情報を得ている。

    当然、1つの政治・経済・社会の出来事も

    作者によってその捉え方が違ってくる。

    新聞を数紙読み比べれば如実である。

    まして況や、大昔の「歴史」など・・と 細やかながらも

    思考は次々に拡がっていく。

    これこそ読書の愉しみの1つではないだろうか。

                       ある日の読書メモより

 

コモンセンス

    非常識な立ち振る舞いには、寛容になれない方である。

    自らも、常識を弁えることに神経質、と自負している。

    だからこそと言うべきか、時には「常識」そのものを

    疑ってみる、ということも必要かなと思うのである。

       - - -

    日本人の常識として、

    「自分のことを棚に上げて、偉そうな口をきくな!」 と

    いうのがある。

    誰もが、その通りと認める「常識」である。

    だがこの常識も、改めてじっくり考察すると、結構意味深い

    話へと拡がるところがある。

    例えばということで・・・・

    野球場や国技館での観客の「野次」。

    大概、自分のことを棚に上げないと、発せられない

    ものである。

    「じゃあ お前 土俵に上がってこい!」 

    なんて言われてもね・・・。

    斯様に世の中を眺めてみても、 常識として解っていても

    如何に「自分のことを棚に上げた」発言・会話が、充満

    しているかに気付くのである。

    棚に上げないと、窮屈で会話にならない、ともいえる。

      - - -

    逆に言えば・・・

    万人が、自分の度量、器(うつわ)、技量の範囲内でしか

    モノを言わない、 そのような世の中なんて案外つまらない

    のかもしれない。

    常識を破る、常識を超える、といったことで、人間は

    試行錯誤し、歴史を作ってきたのではないか・・・と

    思ったりするのである。

    常識に捉われない柔軟性も時には必要。

    人よ、時には、自分のことを棚に上げて大いに

    偉そうな口をきこうではありませんか。

      - - -

   ( 「自分のことは棚に上げて偉そうな口をきく」

    我がブログの正当性を担保する、深慮な「しこみ」

    でもあることはここだけの話である。 ご隠居 )

 

 

 

 

 

 

「辞任」あれこれ

   以下は、少々物事を茶化して記すので、あしからず。

   経産政務官が、不祥事で責任をとり辞任するとの由。

   最早びっくりするほどのニュースでもないし、これを

   あれこれ取り上げて論じるほどの趣味はない。

   が、このニュースを聞いて思わず哄笑してしまったことは、

   「政務官」というのは、議員が責任をとって辞任するほどの

   大きなポジションなのかどうかということ。

   まあ、選挙の時には多少プラスに働くとしても、

   本人が思っているほど、我々国民はそう思っちゃいない、で

   おもわず笑ってしまったという次第。

   大臣や議員、を辞めて責任をとるというのなら、立派な

   ものだが、たかが「政務官」である。

   勿論政務官の職務をある程度理解した上での話であるが、

   大臣に何かが生じた場合、副大臣は代行可能だが、

   政務官はその権限を有しない。その程度のものである。

   辞任と同時にすぐ後任が決まり、恐らく省内では一部を

   除いて何事もなかったように日常の業務が進められて

   いるに違いない。

   余人をもって代えがたい仕事をされていたのであれば、

   国民としても誠に残念なことではあるが、遺憾ながら

   どのような「特定の政策」に関わっておられたのか、

   承知していない。

     流石、大臣ポストくらいになると、しがみ付き

     居座る人も多いが、政務官くらいだと、

     (次の選挙最優先)辞任即決ということだろう。

     政治の世界にあって、解り易い方の話である。

 

三猿

   三猿といえば、日光東照宮のそれが有名であるが、

   一寸変わった、面白い「見ざる 言わざる 聞かざる」を

   京都六角堂で拝見したので、写真に撮らせて頂いた。

   次の写真である。

Dsc00904

   三猿の由来は諸説あるらしく、主だったものでは

   やはり、孔子の「四猿」からということのようである。

    礼節に背くことに注目してはいけない  ・ 見ざる

    礼節に背くことに耳を傾けてはいけない ・ 聞かざる

    礼節に背くことを言ってはならない    ・ 言わざる

    礼節に背くことを行ってはならない    ・ せざる

      - - -

   三猿の意味するところは、それはそれで解らないでも

   ないが、人間、時には柔軟に物事を直視し、

   よく耳を傾け、言いたいことを言う、ということもあって

   いいのではないか、 と凡人には思えてしまうのだが、

   はたしてどうだろうか・・・。

   上の写真ともよく対話でもしてみることにしよう。

 

野球選手の年俸

  ある新聞に大リーグの高額年俸について書かれた記事が

  あり、興味をもって読んだ。

  現在大リーガーの最高年俸は約33億円とのことである。

  (決して生涯年俸の間違いでなく、1年間の年俸である)

  この33億円をどう受け止め、どう考えるかは人それぞれで

  あり、第三者がアレコレ言うことでもないが、私も以前より

  違和感を持っていたことは確かである。

  決して野球選手の「仕事」を軽く見ているわけでもなく、

  大リーグで活躍している人たちは、それこそ60億の地球人の

  なかでも、極く限られた技能・才能を有した人達である、と

  理解しているつもりである。

  だが、しかし・・・という意味での違和感である。

  また、野球選手も生身の人間である。高額の年俸を得て

  いても、時には不振の結果でシーズンを終わることもある。

  実際、10勝そこそこで、30億近い年俸の投手もいるらしい。

  日本野球界でも、昨今いつの間にか、中堅クラスでも

  億単位の年俸をもらう時代になってきている。

  ひとりの選手に対して、30億払ってもペイすると考える

  球団経営者がいるわけだから、そのような時代・世界と

  割り切る見方もあるが、上記の新聞記事では、それらを

  踏まえた上で、大リーグ(日本においても)も、社会

  (フアンや地域社会)に還元を考える時期にきているのでは

  ないかと、提言している。

  全く賛成である。

  競争原理が強く働く世界だけに、1球団で実施することは

  難しいが、たとえば、1選手に対する年俸を10億程度に

  抑えて、残りの20億を球界として、社会的な事業や

  支援に還元するようになれば素晴らしいと思う・・・。

  新聞を読んでの感想である。

    - - -

  余計な事ながら野球つながりで一言。

  球史に名を残すであろう、現在も大リーグで活躍中の

  I選手についてである。

  野球選手として、完璧ともいえる魅力的な選手であり、

  現在も頑張り続けている姿に敬意を表するものである。

  それを踏まえた上での話だが、たとえば昨年1年間

  (昨シーズン)少なくとも彼のプレーをテレビで見たことは

  ほとんどない。

  常に見かけるのは、テレビ(地上波)コマーシャルでの

  彼である。

  国内では、すでにコマーシャルタレントとしての彼しか

  見掛けないのはなんとも惜しいというか寂しい気がする。

  勿論スポンサーからみると価値ある「タレント」なので

  あろうが、正直に言うと、彼の 今や手慣れた「こ芝居」

  なんか見たくない。

  やはり彼のスピード感溢れる野球選手としてのプレーを

  見たいのである(BSで・・とかいう問題ではなく)

  テレビに映る彼を見る度そう感じるのである。

  これもまた第三者がアレコレ言うことでもないが、

  私なりの率直な感想である。 あしからず。

 

 

維新史跡を巡る

  「明治維新」というのは、どうもよく解らないところがある。

  勿論、教科書レベルの表面的な知識程度は、持ち合わせて

  いるつもりだが、さて、なにが真実か・・となると どうも

  すっきりしないのである。

  様々な出来事も、例えば「廃藩置県」1つ取り上げても

  教科書では、ほんの数行の説明で事足り、かつそれで

  大体の内容は掴めるので、解ったつもりになるが、

  その時代に生きる関係者等の心情や、政策実施に至る

  労力や困難さ、手順・事後処理等を思うと、今日の時代から

  見ても想像を絶する壁にぶつかるのである。

    - - -

  あれやこれやで、まあ老後の暇潰しに恰好と、素人の

  歴史探訪で、過日も京都に行った折に、明治維新に

  因んだ史跡等を訪れてきた。

  壬生寺、 島原・角屋(もてなしの文化美術館)

  幕末維新ミュージアム(霊山歴史館)

  護国神社(維新の道・坂本龍馬等の墳墓)

    (個人的な余談

      今回角屋では、館長にもお会いして、兄上とは

      幼き日に某所で一緒だったことが確認できた)

    - - -

  今回は、以下に護国神社で収めた龍馬等の墓の写真を

  掲げておくことにしたい。

Dsc00894            坂本龍馬 中岡慎太郎の墓

Dsc00900            木戸孝允(桂小五郎)の墓

Dsc00902             高杉晋作の墓

Dsc00903Dsc00897            護国神社より市内展望

                                   以上


                   



より以前の記事一覧

その他のカテゴリー